現代医療の盲点といっても過言ではない「低血糖」
私が低血糖に関心を持ったのは、ある患者さんがきっかけでした。カンさんは84歳。その年齢とは思えないほどしっかりしています。しかし、どうもこの頃、物忘れが増え、食後に眠くてたまらないことがあるといいます。また、体調が悪い。身体の痛みや疲労感に始まり、頭痛、食欲低下、手の震え、パニック発作、寝汗、悪夢などが続いていました。
身長は150cm、体重42kgの小柄な女性です。やせぎすで、太ったことはありません。夫と二人暮らしで仲のよい夫婦です。カンさんは一生懸命、夫の世話をしています。子どもは二人おり、別に所帯を持っています。大きなストレスはありません。
検査では、年齢の割には血圧が低い。98/78mmHgでした(横になった状態で測定)。さらに、血圧の中身(血行動態)を測定すると、心臓の収縮力(ポンプ機能)が弱いことがわかりました。しかし、心電図やエコー検査では問題がありません。
どうしてなのかと思いながら、心臓のポンプ機能を昂進させるクスリ(強心剤)をいろいろ使ってみました。けれど、ある程度よくなっても、カンさんが満足するほどには改善しません。ますます首をひねりました。単純に高齢のせいかとも思いましたが、それを言うとカンさんは怒ります。彼女に年齢のことを言うのは、禁句です。
カンさんの検査結果をていねいにじっくりと見てみました。すると、正常な人なら80〜140mg/dlある血糖値が、なんと68mg/dlと低く、さらに、中性脂肪は正常値50〜149mg/dlくらいのところが、彼女は38mg/dlという低値を示していました。
一般的に、血糖値が高ければ「糖尿病」、中性脂肪が高ければ「高脂血症」と診断されて健康上の問題とされますが、低値はあまり省みられることはありません(インスリンを使用している糖尿病患者さんの低血糖発作は除きます)。
カンさんには糖尿病はありません。もちろん、インスリンも使っていません。血糖値や中性脂肪を下げるクスリも使用していません。
「なぜ、カンさんは血糖値や中性脂肪の値がこんなに低いのだろう? ここに気づかなかったことに、何か落とし穴があったのではないだろうか?」と考え、カンさんに糖負荷試験を受けてもらうことにしました。
糖負荷試験とはブドウ糖の入ったサイダーを飲んでもらい、3時間にわたって30分おきに、血糖値とインスリン値を測定する方法です。インスリンとは、血糖値を下げるホルモンです。
その結果、カンさんはとんでもない血糖値反応を示しました。インスリンが健常人の2倍も出ていて、著しい低血糖でした。もしかしてこの低血糖は、カンさんの血圧が低いことと関係があるのではないだろうか。ふと疑問が湧きました。
私と低血糖の出会いはこのようにして始まりました。約7年前、2013年の出来事です。それから私は世界中の低血糖に関する文献を漁り、治療法を模索しました。
低血糖が糖化や酸化と関連することもわかってきました。糖化とは、血糖が生体の細胞を「コゲ」させてしまうことです。酸化とは、身体に入った酸素が活性酸素になり、細胞を「サビ」させてしまうことです。糖化も酸化も、身体をつくるタンパク質やDNAを変性させてしまうことを意味します。
知れば知るほど低血糖の世界は深く広いことがわかってきました。また、私が長年、研究してきた痛みや疲労や低血圧とも深い関係があることが明瞭になってきました。しかも、従来の医学の常識とは大きくかけ離れていることもわかりました。
研究するなかで、安全で確実に効果を発揮する抗糖化剤の発見もできました。特別な食事療法に加え、抗糖化剤の使用、運動療法などを総合的に続けることで、低血糖はコントロールできます。“特別な食事療法”と書きましたが、これは高血糖(糖尿病)や他の疾患の方にもすすめられる“健康創成食事療法”です。
先述のカンさんは、これらの治療に熱心に取り組んだ結果、すっかり元気になり、今も一生懸命、夫の世話を焼いています。まだ当分、お迎えは来そうにありません。
治るはずの病気が治らず、病態が悪化…「誤診」の悲劇
私たちは、低血糖や低血圧を「見えない病気」と呼んでいます。医師も患者さんも、低血糖・低血圧は「病気ではない」と思っているフシがあります。というより、低血糖や低血圧が、うつ病、双極性障害、てんかん、統合失調症、適応障害、認知症に間違われることも少なくありません。こうした患者さんに、向精神薬(抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬など)が処方されることも多いのです。そうなると大変です。向精神薬には、さまざまな副作用があります。末梢血管の拡張、血圧の低下、さらに、使い続けると脳が萎縮してしまうことすらあります。
低血糖・低血圧は治る病気です。それには、きちんとした診断がもっとも重要です。心の病と誤診されて向精神薬を処方されては、治療など望めません。
永田 勝太郎
千代田国際クリニック 院長
医学博士