5月16日、17日と「凪のお暇 #お家でイッキ見SP」が放映された。「空気を読む」ことに疲れ果た主人公・凪の姿に、共感を覚えた視聴者も多いことだろう。脳科学者の中野信子氏は、書籍『毒親 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ』(ポプラ社)にて、同ドラマに登場する凪の母親の「毒親」っぷりを指摘している。 ※第8話のネタバレ有

かつて家族の愛や母子の情は「迷妄」と考えられていた

◆「産む親」と「育てるスペシャリスト」

 

子育て論に限ったことではありませんが、時代によって正しいとされる説は変わります。心理学でも実はしばしば正反対のことが言われます。

 

私たちが子どもだった頃より前の時代では、アメリカでは、子どもはなるべく引き離して育てるべきだという考えが主流でした。日本はどうだったのかは正確にはわかりませんが、抱き癖がつくからあまり抱っこはしないようにという説もあったので、今ほどスキンシップの重要性は説かれていなかったと考えられます。

 

また、子どもの依存心を助長するので、子どもは早めに独立させるべきで、マザリーズもあまり使うべきではないという考え方もあります。マザリーズというのは、「〇ちゃん、かわいいでちゅね」などのいわゆる幼児語で、これまでは、子どもに対して幼児語で語りかけるべきではない、という主張が新しかったのです。家族の愛や母子の情は、いわば迷妄であって、科学的には子は淡々と冷たく扱うべきとされた時代でした。

 

現代ではそういう考え方は、むしろ古いと考えられています。温かな感情とか人と人の結び付きも、きちんと科学の範疇内で分析しましょうというのが今の考え方です。

 

ともあれ、あまりに母の担う役割が大きすぎて、疲弊してしまっている人が多いと感じます。そろそろ、もっと新しいテクノロジーやシステムを大いに活用して、産む母と育てるスペシャリストの分業を戦略的に進め、親の心理的余裕を確保する社会インフラとしていくべきではないかと思います。

 

『凪のお暇』で強烈に表象化された「毒親」の姿

◆母と娘は友達じゃない

 

「友達親子」という言葉があります。わざわざ「友達」とつけるのは、そもそも母と娘は友達ではないからでしょう。母親が友達のふりをして娘をコントロールしていることもあります。毒親の問題がこれほど話題になり、フィクションの話であっても支持を得るということは、多くの人がこれに悩まされているからでしょう。

 

中には、母親と電話するだけで動悸がする、実家に行くと必ず体調が悪くなる、という話を聞くこともあります。母にどことなく似ているママ友や、目上の女性が苦手だという人もいます。

 

漫画を原作としている、TBS系で映像化されたドラマ『凪(なぎ)のお暇(いとま)』にも毒親要素が登場します。このドラマは、毎週のようにSNSでトレンド入りするほどの人気ぶりで、視聴率はさほどでもなかったものの、コアな層の心をがっちりとつかんだ作品でした。

 

黒木華演じる主人公の歳OL・大島凪が、「空気を読む」ことに疲れ果て、何もかも捨てて新しい人生を出発させるというストーリーなのですが、この物語の中に登場する凪の母の毒親ぶりがすごいのです。

 

母は、凪の罪悪感をあおるようなことを間接的にちくちくと口にする術に長け、いつも凪を自分のいいようにコントロールしてしまいます。一方で、外面はよく、いい人のふりをすることが上手です。

 

有名なシーンはこれでしょう。トウモロコシが苦手で食べられなかった子ども時代の凪の目の前で、母は大量のトウモロコシを捨ててしまうのです。そして、母はこう言います。

 

「凪が食べないからトウモロコシが死んじゃった。お母さんやおばあちゃんが大切に育てたトウモロコシなのにね」

 

こんな風に言われて、罪悪感を持たない子どもはいないでしょう。聞いているだけで心が切り裂かれそうな思いがします。

 

また、家が台風被害に遭った、その修理費用を直接請求することはしないのですが、母は凪に見積書をわざと見えるようにするのです。そして、凪は心配しなくていいのよ、と口にした後で、「あちこちに頭を下げてなんとかお金を借りて、一生懸命働いて少しずつ返していくから、大丈夫」とわざわざ言うのです。そして凪は、自分の夢のためにコツコツ貯めていたお金を母に渡してしまうのです。

 

娘の側から見れば、こうした母の姿は重く、苦しく、近くにいると思うだけで息が詰まるような思いのする存在です。ただ、母側にも言い分はあるかもしれません。一生懸命、愛情込めて育てたはずの娘に、それが「毒」だった、と言われる気持ちもまたやりきれないものでしょう。関係性が近いあまりに、健全に互いを尊重し、愛することが難しいのです。

愛情と憎悪がまじりあった「あたたかい泥沼」

しばらく前に「フレネミー」という言葉がはやりました。表面だけは仲がいいけれど、実は仲がいいふりして互いの足を引っ張っている、という関係です。フレネミーと毒親は異なるものですが、関係性が近いあまりに愛情と憎悪がまじりあってしまうところはよく似ているように思います。

 

娘の持ち物を、「お母さんも使っていいでしょう」と言って持ち去ったまま、返さない。娘の友人と親しくし、娘を孤立させようと画策する。娘の恋人を奪う。

 

娘側には「親孝行でいいお嬢さんね」と言われるインセンティブがある。「母親に対して反抗的なことを言うなんておかしいでしょう」という自分自身へのエクスキューズも成立してしまうので、なかなか精神的に独立するにもエネルギーがいります。

 

あたたかい泥沼のような関係を断ち切るには勇気と力が必要でしょう。でも、周囲が無責任に「親孝行ね」などと言っているのは、完全にスルーしてよいのです。自分が嫌だったら母親に対して「何をするのもあなたの自由だけど、それなら私も自由にさせてもらいますね」と言っていいのです。あなたの人生はあなたのもので、人生という時間は有限なのです。

 

また、かえって娘側からそう言われることで救われるお母さんもいるのではないでしょうか。

 

娘との距離を適度に取れず、娘と私は違うんだ、そう思いきれない母である人が、実は多いように感じます。身近にいる同性だから、どうしても比べてしまう。娘のほうが得をしているような気がすると、なんだか苛立ってしまう……。本当は、比べること自体が無意味で、おかしいことなのですが。

 

 

中野 信子
脳科学者

 

 

本記事は、中野 信子著『毒親』(2020年3月25日・ポプラ新書刊)より一部を抜粋・編集したものです。最新の情報には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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