経験がない分野に関わるときは、誰しも不安…
◆「不安」と「心配」の違いがわかれば一気に目標に向けて行動できる
自分がこれまで経験したことのない分野のプロジェクトや事業に関わるときは、とても不安に感じることがあると思います。過去にその成功事例が見当たらない場合はなおさらです。
入社してから8年目に、初めて日本国内の楽天市場の部署から、国際部へ異動になりました。そしてその初日に、ノルウェー企業とのモバイルオークションの合弁会社をつくるプロジェクトのリードを任せられました。
それまで、楽天市場のカニやケーキを扱う店舗さんの売上をどうやって上げていくかを考えていたインターネットを使った流通目線での事業責任者から、急に海外企業との合弁会社設立のスキームを考えろ、と言われてもすぐにできないほうが今思えば普通です。
私は最初に何をすればいいかさっぱりわからず、途方に暮れていました。それは、ある種まったく異なるスポーツ競技をやれ、と言われているようなものでした。
「不安と心配の違いがわかりますか?」
きっと私が、どこから手をつけていいものか、迷っていたのが顔に出ていたのでしょう。当時の上司でもあり、今でもとても尊敬している恩師に、「小林君、初めてのプロジェクト大変だと思うけど、とても期待しています。ところで不安と心配の違いがわかりますか?」と唐突に質問をされました。
「不安」と「心配」は確かに似ている言葉です。ただ即座に何が違うか、言葉ですぐに説明できませんでした。考え込んでいた私を見て、彼の回答は次の内容でした。
「『不安』というのは、見えない恐怖を感じている状態のこと。例でいうと、暗闇の中、近くでカサカサ音がしているけど、それが何なのかわからずびびっている状況が不安。
一方、『心配』は、何にびびっているかはわかっている状況。さっきの暗闇の例でいうと、ライトを照らしてそのカサカサが蛇なのか熊なのかは、わかっている。ただ彼らをどうやって退治すればいいかがわかっていないのが、心配。
つまり『不安』なときは、何が不安なのかを明確にしてあげれば『心配』に換わり、心配はその対策を考えて実行すれば、解決するということです。先ほどの例でいくと、そのカサカサが蛇だった場合は、棒を振り回わして驚かす、それが熊だったら死んだふりをする、それがカタツムリだった場合、何もしなくてよいし」
この説明に、私は非常に納得感がありました。私も、国際部に異動していきなり、ノルウェーの企業と合弁会社をつくるようにと言われて、何をすればいいかがわからない状態、つまり、不安だったわけです。
「不安」に感じていることを「心配」に換える
私は、早速いただいたアドバイスをもとに、まずは不安を心配に換えるべく、日本において外国企業と合弁会社を設立するためには何をすべきか、手順やスケジュールを具体的に落とし込み、何をやらなければいけないかを書き出し、明確にしました。
結局、やるべきタスクが30とわかり、その時点で不安は消え去りました。
次は30のタスクをそれぞれどうやって時間内にやりきるか、という心配に切り換えることができました。ここまでくれば、それぞれをどうやってやるかという対策の話になります。
私は恩師からこのアドバイスをいただいて以来、不安に感じるときは、何が不安に思っているかを考えて、心配に換えるようにしました。そうすることで、不必要なことで悩むことはなくなりました。結果として、目標に向かって最短距離でアクションが取れるようになりました。
よく、不安がある場合は、その不安に思っていることを箇条書きにして書き出しましょう、という考えを聞きます。
これは不安を心配に換えるという意味で理にかなっているのだと思います。
そして対策というアクションにまで落ちれば、あとはそのアクションの進捗管理の話になります。それはチェックリストでも、ガントチャートでも、進捗管理タスクリストでも、やり方やツールは皆さんに合うものであれば何でもよいと思います。
◆楽天で学んだ達成力+α
物事を「可視化」すること、ノウハウを「形式知化」すること、にも同じような効果がある。
ECコンサルタント時代、250店舗担当していた筆者
◆クライアントとの距離を一気に近づける方法
楽天市場のECコンサルタントに異動になったとき、最初はグルメジャンルに配属になりました。
今の楽天市場は人材もサポート体制も充実していると思いますが、当時は出店社の数がものすごい勢いで増えていたので、ECコンサルタントは250以上の店舗を担当していました。
250店舗も担当していると、最初の1か月は正直なところ担当店舗名とその担当者の方の名前もなかなか一致しません。
そのためお電話をいただいて名前をお聞きしても、どうもどうも、と言いながら、相手が誰なのかさっぱりわからずに20分ほど話し続ける、というコンサルタントとしては失格な状況が多々ありました。
どうやったら相手との距離を縮められるのか…
楽天では、店舗さんの売上状況や主要KPI(Key Performance Indicatorの略。ビジネスのキーとなる主要指標のこと)がわかるシステムはすでに導入されていたので、慣れてくるとそれらを見ながら現状の売上状況やアクセス人数、転換率などをチェックして、それをもとに話をすることができました。
ただ、私が担当しているカテゴリーがグルメジャンルであることもあり、農家の方、漁師の方や、職人の方が多い状況でした。そのため、彼らにいきなりサイトの転換率が何%です、とか新規顧客コストがいくらです、といった数字の話をしてもご理解いただけず、なかなか会話が進まないことがありました。
それゆえに具体的な売上アップの施策を色々と提案してもまったく興味を持っていただけませんでした。
確かに向こうから見たら、私たちのことを「若い、ビジネスのことをわかってないITに詳しいヤツ」程度に思っていたことでしょう。
一方で成果を上げているECコンサルタントの共通点は、当たり前かもしれませんが、店舗さんとの良い関係ができていることでした。時間をかければ担当店舗さんとの距離感は縮まり、関係性はじっくり醸成できます。
しかしながら、担当になった当月から高い売上目標を求められる楽天では、そんなに待ってもらえません。もっと早く成果を出す必要性があります。そのため、どうやって最初の電話で店長さんと距離感を縮めるかはとても重要で、必死に考えました。
そこで、ある日一つのことに気づいたのです。
注目したのは「メールマガジンの編集後記」
楽天の店長さんは、当時売上アップのためのマーケティング手法として、楽天市場内のお店で購入していただいた顧客に対してメールマガジンをお送りしていました。担当ECコンサルタントは、そのメールをすべて受信していました。しかし、250店舗もあるので、現実的には全部を見ることはできません。
ただ、私はその店長さんのメールの最後尾に注目したのです。
当時、楽天のお店の店長=その店舗のオーナー・社長であることが多く、また自らがメールマガジンを一生懸命書かれている状況でした。そしてほとんどの店長さんは、最後尾に編集後記といったスペースでご自身の商売とは関係のないプライベートなことをつらつらと書かれている方が多かったのです。たとえば、先日ご自身のお子さんの誕生日だったとか、飼っていた子犬が死んでしまったとか、そういうことが書かれています。
私はここにアイスブレークのネタがあることを発見したのです。
それからは、店長さんからお電話をいただいたとき、もしくはこちらからご連絡するときに、まずその店長さんの直近のメールマガジンの最下部の編集後記をチェックすることにしたのです。
そして、「そういえば〇〇さん、先週お子さんがお誕生日だったんですよね、おめでとうございます!」とか、「飼われていた子犬がなくなったのですね、寂しいでしょう。おいくつだったのですか?」と、会話の最初をその編集後記の内容から入ることにしたのです。
ほとんどの店長さんは、このコンサルタントはちゃんと自分のメールマガジンを細部まで見てくれているんだ、と思っていただき、とてもびっくりされました。と同時に自分の中で今一番聞いてもらいたい話について聞かれて嫌な人はいません。電話越しに喜んでくれているのがわかり、そして一気に距離が近づくのもわかりました。
私もその店長様がどういう人かがわかり親近感を持てますし、一石二鳥です。これでアイスブレークは完璧です。その後はどうやってその商品を販促していくか、という議論にスムーズに持っていくことができました。
営業に関して、限られた時間の中で最高のパフォーマンスを出すためには、いかに短時間で相手の懐に飛び込めるか、がとても重要になります。こういうときは得てしてウェットで感情的なアプローチが気持ちに刺さるものです。データに基づいた切れのある分析はとても重要ですが、関係性の構築がまず最初です。もちろん、ロジカルで理系タイプの方には最初から理路整然と数字でアプローチすればよいのです。
このように懐に入り込むことがうまくいくと、クライアントへ提案する内容がたとえ同じであっても、クライアントへ刺さる度合い、そして結果は大きく変わるものです。皆さんの仕事の中でも、目標達成のために一気に懐に入り込む方法をぜひ考えてみてください。
◆楽天で学んだ達成力+α
この手法は、上司、部下、同僚との距離を一気に近づけることにも活用できる。
小林 史生
株式会社鎌倉新書 社長COO