言いたがらないときは、口をこじあけない
あるお母さんが子どもとお風呂に入ると、背中に噛(か)まれたあとを見つけました。
「だれに噛まれたの?」と聞いても、頑(がん)として答えない。しまいには「ぼくが噛んだ」なんてバレバレのウソをつく。
「もう! 自分じゃ届かないでしょう。さあ、だれに噛まれたの?」
お母さんは怒って問い詰めたんですって。するとその子はモジモジしたあと、「トッチに噛まれた」と言いました。トッチは、園でも有名なあばれん坊です。お母さんもその子の存在は知っていたので納得して、「ああ、トッチに噛まれたのね。それは痛かったわね、かわいそうに」とその話を終わらせました。
翌日、お母さんは園の担任に手紙を書いてこられました。
「こんなトラブルがあったそうです。もっと子どもたちをちゃんと見てください」
ところがね、保育士はそれを読んで困ってしまった。前日、トッチはお休みだったから。じゃあ、なぜその子はそんなウソをついたのでしょうか。
…自分が先にだれかに悪いことをして、その反撃として噛まれたからです。
相手が叱られたら、自分の「悪事」もバレてしまう。怒られてしまう。それはイヤだなあ、と考えたのでしょう。知恵がありますね。
「言いたくないなあ」と思っていることを問い詰められると、子どもはするりとウソをつきます。ですから私は、子どもが言いたくなさそうなこと、のらりくらりとはぐらかすことは、無理に口をあけようとはしません。
「きっと、なにかあるんだよね。話したくなったら教えてね」
そう伝えて、しばらくそっとしておくのです。
ちなみに「トッチ事件」のその後ですが、結局、お母さんにはトッチが前日お休みだったことは伝えず、ただ「今後気をつけます」と謝りました。もし伝えてしまったら「もう、恥をかいたじゃない!」と子どもを怒るだろうと想像できましたから。それがわかっていて、「この子はウソをついていますよ」なんて…とても言えないわね。
親には「だまされたフリ」をしてあげる度量も必要
子どもがウソをついているとわかっても、私はあえてだまされてあげることが多いです。
うちの園では15時半のおやつの後に「さよなら集会」があります。一日の中で唯一、子どもたちが集まる大切な時間です。その日あったうれしかったことや困ったこと、連絡事項を、担任や5歳児がお話しします。
ある日、「さよなら集会」のときに私が聞きました。
「今日ね、ユリちゃんの靴が片っぽなくなっちゃった。だれか知りませんか?」
するとタッくんが「ぼく、探してきてあげる!」と庭に消え、すぐに「見つけたよ!」と靴を片手に戻ってきた。
そう、お察しのとおり、タッくんが隠していたんですね。そのことを、保育士たちもわかっていました。
でも、「タッくん、見つけてくれてありがとうね」と言って、ユリちゃんに靴を渡して、終わりにしたのです。
だって、タッくんもやましい気持ちがあるから、「ぼくが探す!」と言って飛び出したのでしょう。ユリちゃんの靴、返さなきゃとずっと心にひっかかっていた。もう十分、反省しているのです。
それなのに、「あなたがやったんでしょ!」「謝りなさい!」とみんなの前で責めるのは、いい教育とは思えません。そんなふうにつるし上げられたら、次悪いことをしてしまったとき、言い出せない子になってしまうでしょう。
子ども相手に、警察も裁判所もいらないの。「せいぜい赤十字だね」って園長といつも言っています。
子どもはウソをつくものです。保身でウソをつくなんて、よくあることです。
ですから子どもがウソをついても、あまり叱らないで。追い詰めないで。逃げ道を残してあげてください。ふだんから親に詰められていると、子どもはよりいっそうウソをつくようになりますよ。ほら、大人でも、ついちっちゃい過失でも隠したくなるでしょう。
思い切ってだまされたフリをしてあげる度量も、親には必要なのですね。子どもを子ども扱いしないこと。
仕事相手やパートナーなど、大人と接するように子どもにも対等に接すること。子どもの人格を認め、それをちゃんと知ろうとすること。
子どもとのコミュニケーションは、この姿勢を忘れなければきっとうまくいきます。まずは、信頼される大人になりましょう。
大川 繁子
私立保育園 小俣幼児生活団
主任保育士