子どもは言いたくないことを問い詰められると、ウソをつくこともあります。しかし、追い詰めずに逃げ道を残してあげることも大切なのです。本連載では、保育歴60年のベテラン保育士・大川繁子氏の著書『92歳の現役保育士が伝えたい親子で幸せになる子育て』(実務教育出版)より一部を抜粋し、大人も子どもも幸せにする子育てのコツを紹介します。

言いたがらないときは、口をこじあけない

あるお母さんが子どもとお風呂に入ると、背中に噛(か)まれたあとを見つけました。

 

「だれに噛まれたの?」と聞いても、頑(がん)として答えない。しまいには「ぼくが噛んだ」なんてバレバレのウソをつく。

 

「もう! 自分じゃ届かないでしょう。さあ、だれに噛まれたの?」

 

お母さんは怒って問い詰めたんですって。するとその子はモジモジしたあと、「トッチに噛まれた」と言いました。トッチは、園でも有名なあばれん坊です。お母さんもその子の存在は知っていたので納得して、「ああ、トッチに噛まれたのね。それは痛かったわね、かわいそうに」とその話を終わらせました。

 

翌日、お母さんは園の担任に手紙を書いてこられました。

 

「こんなトラブルがあったそうです。もっと子どもたちをちゃんと見てください」

 

ところがね、保育士はそれを読んで困ってしまった。前日、トッチはお休みだったから。じゃあ、なぜその子はそんなウソをついたのでしょうか。

 

…自分が先にだれかに悪いことをして、その反撃として噛まれたからです。

 

相手が叱られたら、自分の「悪事」もバレてしまう。怒られてしまう。それはイヤだなあ、と考えたのでしょう。知恵がありますね。

 

「言いたくないなあ」と思っていることを問い詰められると、子どもはするりとウソをつきます。ですから私は、子どもが言いたくなさそうなこと、のらりくらりとはぐらかすことは、無理に口をあけようとはしません。

 

「きっと、なにかあるんだよね。話したくなったら教えてね」

 

そう伝えて、しばらくそっとしておくのです。

 

ちなみに「トッチ事件」のその後ですが、結局、お母さんにはトッチが前日お休みだったことは伝えず、ただ「今後気をつけます」と謝りました。もし伝えてしまったら「もう、恥をかいたじゃない!」と子どもを怒るだろうと想像できましたから。それがわかっていて、「この子はウソをついていますよ」なんて…とても言えないわね。

 

親には「だまされたフリ」をしてあげる度量も必要

子どもがウソをついているとわかっても、私はあえてだまされてあげることが多いです。

 

うちの園では15時半のおやつの後に「さよなら集会」があります。一日の中で唯一、子どもたちが集まる大切な時間です。その日あったうれしかったことや困ったこと、連絡事項を、担任や5歳児がお話しします。

 

ある日、「さよなら集会」のときに私が聞きました。

 

「今日ね、ユリちゃんの靴が片っぽなくなっちゃった。だれか知りませんか?」

 

するとタッくんが「ぼく、探してきてあげる!」と庭に消え、すぐに「見つけたよ!」と靴を片手に戻ってきた。

 

そう、お察しのとおり、タッくんが隠していたんですね。そのことを、保育士たちもわかっていました。

 

でも、「タッくん、見つけてくれてありがとうね」と言って、ユリちゃんに靴を渡して、終わりにしたのです。

 

だって、タッくんもやましい気持ちがあるから、「ぼくが探す!」と言って飛び出したのでしょう。ユリちゃんの靴、返さなきゃとずっと心にひっかかっていた。もう十分、反省しているのです。

 

それなのに、「あなたがやったんでしょ!」「謝りなさい!」とみんなの前で責めるのは、いい教育とは思えません。そんなふうにつるし上げられたら、次悪いことをしてしまったとき、言い出せない子になってしまうでしょう。

 

子ども相手に、警察も裁判所もいらないの。「せいぜい赤十字だね」って園長といつも言っています。

 

子どもはウソをつくものです。保身でウソをつくなんて、よくあることです。

 

ですから子どもがウソをついても、あまり叱らないで。追い詰めないで。逃げ道を残してあげてください。ふだんから親に詰められていると、子どもはよりいっそうウソをつくようになりますよ。ほら、大人でも、ついちっちゃい過失でも隠したくなるでしょう。

 

思い切ってだまされたフリをしてあげる度量も、親には必要なのですね。子どもを子ども扱いしないこと。

 

仕事相手やパートナーなど、大人と接するように子どもにも対等に接すること。子どもの人格を認め、それをちゃんと知ろうとすること。

 

子どもとのコミュニケーションは、この姿勢を忘れなければきっとうまくいきます。まずは、信頼される大人になりましょう。

 

 

大川 繁子

私立保育園 小俣幼児生活団

主任保育士

 

92歳の現役保育士が伝えたい 親子で幸せになる子育て

92歳の現役保育士が伝えたい 親子で幸せになる子育て

大川 繁子

実務教育出版

ほったらかしでも、しっかり自立!子どもはもっと自由に生きられる。 築170年の古民家の園舎とする小俣幼児生活団。「奇跡の保育園」が実践する、モンテッソーリ教育とアドラー心理学の“いいとこどり”教育。主任保育士を…

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