※本記事は、楽天証券の投資情報メディア「トウシル」で2019年12月3日に公開されたものです。

積立投資は悪くない

「ドルコスト脳」とは、筆者が最近思いついた言葉だが、「売買単価」にこだわって投資の意思決定を考える思考を指す。「それは止めた方がいい」というのが本稿の主旨だ。

 

さて、はじめに断っておくが、筆者は、結果的にドルコスト平均法的な投資となる、定額の積立投資に反対しているわけではない。つみたてNISA(少額投資非課税制度)のような制度は大いに活用するといい。

 

定額での買い付けを定期的に行うことは、計画的な貯蓄行動として優れており実行しやすいし、これを投資に結びつける点でも優れている。本稿の結論として、「その時その時に最適だと思う金額の投資ポジションを持て」と述べるのだが、この結論との関係で言うと、定額でリスク資産を購入した状態が自分にとってのそのリスク資産の新たな最適額なら問題ないということだ。

 

例えば、先月まで毎月3万円の積立投資を続けてきて、先月のリスク資産額(時価評価額)が100万円だったとしよう。今月分の積立額3万円があるとした場合、今月は103万円が最適額なのだと理解して予定通り3万円投資するといい。

 

このケースでは、おそらくもっと大きな額を投資しようと思っているが、当面投資に回すことができるお金が、これまでの100万円と今月分の3万円なのだから、今の最適投資額を103万円でいいと理解するのだ。

 

ただし、103万円が最適な理由は、3万円の購入がドルコスト平均法になっているからではなく、単に無理なく投資できるお金が今月は3万円で、なるべく大きく投資したいと思っているからだと理解するべきだ。

ドルコスト平均法の弊害

ドルコスト平均法の弊害として、筆者がこれまで指摘してきたのは、以下の三点だ。

 

(1)投資できるお金があるのに時期を分けて投資すると機会損失があるから

(2)売買コストや手間が余計に掛かる場合があるから

(3)ドルコスト平均法はリスクの低減効果があると思っていても、すでに買って持っているもののリスクは低下しないので、リスクの過小評価につながりやすいから

 

という理由だ。

 

「ドルコスト平均法は、ゆっくりリスクを取っているだけであり、取ったリスクが縮む効果があるわけではない。せいぜい気休めくらいのメリットしかない」などと言って、ドルコスト平均法信者には嫌な顔をされてきた。

 

今回は、さらに、ドルコスト平均法的な思考を捨てた方がいい理由として、

 

(4)平均売買単価へのこだわりはサンクコストに対する執着を生んで投資の思考を歪めるから

 

という理由を新たに付け加えたい。

過去の買い値は意思決定には無関係

仮に、500円の株式を3千株持っている人がいるとしよう。150万円の評価額だ。税金の問題を除外して考えるとして、この株式について、全部ないし部分的に売るのか、買い増しするのか、あるいはそのまま持つのか、の意思決定は、この株を過去にいくらで買ったのかと無関係に行うべきだ。過去の買い値が100円であっても、50円であっても関係なく、現在500円のものとして扱いを決めるべきだ。

 

将来の見通しや、500円という現在の株価に対する割安・割高の評価、さらには他の保有銘柄との関係などを考えるべきだが、150万円の投資ポジションを、「減らすか・増やすか・そのまま維持するか」を考えたら良いのであって、過去の買い値や、現在の評価損益は「正しい意思決定」には何ら関係ないことは、物事を合理的に考えられる人なら納得できよう。

 

例えば、現在の株価が過去の買い値の平均より高くても安くても、必要があれば(株価の見通しが悪い、お金が要る、他に優れた投資対象がある、など)その株式を売ることが正しい場合があるだろう。

 

自分が過去にその株をいくらで買ったかは、気になるとしても、正しい意思決定を行う上では、意識的に考慮要素から除外すべき問題だ。運用は一銘柄単位の勝ち負けのために行うものではない。

 

もっとも、自分の買い値と現在の株価との関係が気になるのは「自然な感情」であり、その感情がしばしば行動を歪めることは、行動経済学のプロスペクト理論でモデル化されているくらいのものだ。ただし、合理的に意思決定し、行動するためには、この歪みは積極的に肯定すべきものではなく、なるべく排除すべき性質のものなのだ。

 

ドルコスト平均法は、平均買い単価に着目することで、本来なら意識的に無視しなければならないサンクコストに、かえって注意を向けさせてしまう弊害がある。

 

初心者向けの投資の説明などで、例えば、「前月1,000円で買い始めた株が、今月500円になっていたら、今月は2株買うことができて、平均買い単価が約667円になるので、167円以上値上がりすると儲けが出る…」といった説明で定額投資の効果に感心させようとする説明を聞くことがあるのだが、話の馬鹿馬鹿しさと共に、「こういう説明は止めたほうがいいのになあ」とつくづく思わずにはいられない。

 

「株価が下がっても、考えようでは後悔せずに済む」と吹き込むと、初心者は投資を始めやすくなるかもしれないが、株価が下がるには下がるだけの理由があった可能性があるし、今後に株価が下がりにくくなると言える明確な理由はないのなら、この説明は誠実ではない。

 

「その時の状況に応じて適切だと思う投資額を作るといいのだ」と最初から正しい考え方を教えるべきだろう。投資の初心者だからといって、合理的な思考ができない人のように扱うべきではない。「親切」のつもりなのかもしれないが、「不正確」や「失礼」に陥っている初心者向けの投資教育をしばしば見かける。

「ドルコスト脳」を思いついたきっかけ

筆者が、今回、あらためてドルコスト平均法的な思考が問題だと思うようになったのは、ある新聞記事がきっかけだ。

 

老後の資産の取り崩し方について「60歳から年率3%で運用して75歳まで毎年4%資産を取り崩し、75歳で運用を中止して95歳まで定額で取り崩す」という不適切な方法を紹介する記事だったのだが、「投資資産売却も時間分散」、「安値売りリスク回避」と見出しが打たれていたのだ。

 

その時々の資産額に応じて余命の設定に余裕を持って計画的に資産取崩額を決める(例えば毎年決める)ことは悪くないが、60歳で4%も取り崩すのは使い過ぎだろうし、3%の運用利回りを目指していいかどうかはどのくらいのリスクを取ることが適切か個人の事情によるし、現在の金融環境で「3%」(税前には約3.75%必要だし、運用商品には手数料もある)を目指すには相応に大きなリスクが必要だ(株式性の資産を6割から8割くらいは組み入れる必要がある)。

 

将来の運用益をあてにして早い時点から大きな額を取り崩すのは危険だ。また、75歳で運用を中止して一気に現金化するのは本人にとっても相続人にとっても運用機会の放棄でありもったいない。信頼できる子供のサポートなどを受けながら、「普通の運用」を継続することが適切だろう。

 

総合的に見て、支離滅裂で完全にダメな方法なのだが、記事の見出しを見るに、15年間に売却時期を分散すると「安値売り」が回避できることを理由にいい方法だと思っているらしい。高値買いをせずに済むことを理由にドルコスト平均法を良いと思う思考に似ていて、最適な投資額ではなく、売買の単価に着目している点に共通の弊害がある。そこで、こうした考え方に「ドルコスト脳」と名付けてみることにした。

 

これは、買値ではなく、売値に関して余計なこだわりを持っている例だが、時々の局面で適切な額のリスク資産を持ち、適切な額を取り崩すといいのであって、珍妙な方法を「売り単価の平均化」を理由に採用するべきではない。

 

売り買いの平均単価とその勝ち負けにではなく、あくまでも「現時点の最適な投資額」に着目しよう。投資はその方がすっきり分かるし、正しい行動につながりやすい。

 

 

山崎 元

楽天証券経済研究所

 

※本記事は、楽天証券の投資情報メディア「トウシル」で2019年12月3日に公開されたものです。

 

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