シニア人材への「忖度」は必要か?
たとえば、シニア人材が新しいシステムやITツールを使うのを苦手にしているからといって、「では、ITに詳しい若手をアシスタントにつけますね」などと簡単に言ってはなりません。
「おお、ありがとう。助かるよ」と素直に受け取ってくれる人も少なくありませんが、私たちの経験した事例でいえば、「年寄り扱いされた」、「見くびるな、ITくらい使いこなせる」などと、怒り出す人もいるのです。また、怒り出さないまでも、照れ隠しからか御礼も言わず「アシスタントなんて必要ないのに」、「どうせなら女性アシスタントにしてよ」などと、文句をつけてくる人もいます。こうなると正直、管理職世代が「面倒臭い」と思ってしまうのも無理はありません。
このような摩擦が起きるのは、生きてきた時代と環境の違いからくる、前提常識の差異のせいです。
率直に申し上げると、本人たちもほとんど意識しないレベルで、「男尊女卑」の感覚が男女問わずにすりこまれているシニア世代は多いです。シニア世代に女性管理職が少ないのは、会社の男性役員が女性を管理職に登用したがらないことと、女性自身が管理職になりたがらないことという二つの理由があります。
男女ともに「外で働き一家を養い、いざというときには命を張って女性を守る男性」と「三歩下がって男性のあとをついていき、内助の功で夫を支える女性」を良きものと考えています。そこから「寡黙で弱音を吐かない男性」とか「出しゃばらずに万事に控えめな女性」というロールモデルも導き出されます。
そうなると、たとえばシニア男性が「アシスタントをつけます」と言われたとしても、「そんな弱みのある自分は受け入れられない」と感じて、つい「アシスタントなんか必要ない」と強がってしまうのです。あるいは、年下の男性からものを教わることを屈辱的に感じて「女性アシスタントなら受け入れてもいい」と、条件をつけてしまうのです。それらの言葉は、シニア世代にしてみればごく当たり前の、誰もがしてしまう常識的な反応なのですが、若い世代から見るとそうではありません。
「人から厚意を受けたときには、たとえ相手が自分の部下であろうと、あるいは自分の意に沿わないものだったとしても、まずは感謝の言葉があってしかるべき」と考える世代からすると、「年下が年上に気を遣うのは当たり前」と考えるシニア世代の態度は、「傲慢」に見えることもあるのです。
このようなことがあっても、管理職には、シニア世代の内面を「忖度」し、彼らの生きてきた時代や環境への理解を示し、笑って受け流す度量が求められます。「アシスタントなんか必要ない」という彼らの言葉が本心ではなく「本当はありがたいけれども、素直に受け取れない」のだと汲んで、「そう言わずに、若手社員の教育にもなりますから、ぜひアシスタントとして使ってあげてください」とお願いしてみてください。年下の人間からの指示命令であっても、それが「お願い」であれば受け入れてもらえる可能性が高くなります。
「そんなにお願いするのなら、アシスタントを使ってもいいよ」と言われると、場合によっては鼻について腹が立つかもしれませんが、それを口にするシニア人材にはまったく悪気がありません。彼らの世代では、多くの人がそのようなコミュニケーションを取っているのですから、ある意味では常識的な対応なのです。
最新のビジネス・コミュニケーションを学ぶのは厳しい
このように、口では「アシスタントが必要」とは決して言わないけれども、「本当はアシスタントを必要としている」という本音を読み取って、なおかつ「アシスタントが必要」と認めるのも恥ずかしいだろうから、こちらから強いてお願いするかたちをとる……これが、シニア世代向けの高度なハイコンテクスト・コミュニケーションです。シニア世代の特に男性の多くは、弱音や本音を出してはならないと思っていますから、それを周囲の人間が忖度して、上げ膳据え膳で対応してあげることが必要です。
全世界的なグローバル化の流れと、それに伴うローコンテクスト・コミュニケーションの流行の中で、シニア世代が慣れ親しんできたハイコンテクストなコミュニケーションは、何となく評判が悪くなった感があります。しかし、日本人が慣れ親しんできた無口の美学や、他人の気持ちを察する文化は、いちがいに否定されるべきものでもないと私は考えています。
私自身、現在は50代で、どちらかといえばシニア世代に近いので、「愛してる」なんてぺらぺら言える男性は信用できないとか、自分の意思をいつもはっきり言うのではなく我慢できるおしとやかな女性がかわいいとか、そういった感覚はあります。仕事上ではできるだけ分かりやすく、誰にでも通じるローコンテクストのコミュニケーションを心がけていますが、プライベートでは「いちいち言わなくても分かってほしい」と思うこともあります。
ビジネスの新しい流行であるローコンテクストのコミュニケーションを、あと何年かで会社を去るシニア人材に、一から身につけてほしいといっても無理があります。そのため私たちのほうで、彼らのハイコンテクスト・コミュニケーションに合わせていく必要があります。
シニア人材とは、これまで会社のために長年働いてきてくれた人々です。たとえ、年を取って無理が利かなくなったとしても、時代からずれてしまったとしても、その人たちへの感謝の気持ちと尊敬の念を忘れてはならないと思うのです。