なぜ「病院・クリニックのM&A」は増えているのか?
医師、看護師の人材不足、診療報酬改定など医療制度の見直しなどの影響を受け、事業を継続していくうえで欠かせない人材の確保ができず、更に収益減少により赤字経営、廃業まで追い込まれた病院、クリニックがどんどん増えています。
そのなかで、M&Aを活用して病院の売却を検討する方もいれば、今の規模を拡大したいと考えていて、新規ではなく厳しい規制を簡単にクリアできる既存の病院、クリニックの購入を検討している方もいるでしょう。
しかし、医療業は規制が非常に厳しい業界です。M&Aを成功させるには、知っておくべき知識や注意しておくべきポイントもたくさんあります。
まずは、病院とクリニックの業界の定義をおさらいしておきましょう。医療法においては、医業を行うには医療施設に限定しています。医療施設は、大きく病院とクリニック(診療所)と2つに分かれています。
病院は20床以上の病床を有するものと言います。一方、クリニック(診療所)は、病床を有さない、又は19床以下の病床を有するものを言います。
ところで、病院・クリニック業界では、なぜM&Aが増加しているのでしょうか。そこには大きく4つの理由がありあmす。
まず、「診療報酬の引き下げによる収益減」。総務省が発表した「我が国おける総人口の長期的推移」(図表2)のグラフを見れば分かりますが、年々増加する高齢人口に対して、若年人口がどんどん減っています。
つまり、高齢者増加により社会保障費の負担が増える一方、税収が減っていくので、国の財政に圧迫し、医療制度改革により診療報酬が切り下げ続けています。病院、クリニックにとって一番大きな収入源となる診療報酬が切り下げすることによって、そのまま収益減に繋がりますので、経営に大きな影響を与えているのです。
2つ目が、「医師不足により優秀な人材確保が難しいこと」です。経済協力開発機構(OECD)が発表した医師数の国際平均と比較では、日本は「2.1人」と平均値の3.1人より大幅に下回っています。つまり、日本は医師不足という深刻な状況になっています。病院は医師がいないと成り立てません。本来必要であるべき人数確保ができないと、サービスの質にも大きく下がることに繋がります。
また、診療報酬の設定で、看護師は1人が7人の患者の看護配置に対して、最も高く報酬を受けることができるという制度となっていて、看護配置で看護師1人が見る患者の数が多くなればなるほど、診療報酬が下がることになります。
したがって、医師、看護師不足のなかで、採用競争がどんどん厳しくなっていて、人材確保も大きな課題になっています。
3つ目は、「耐震問題による修繕や設備投資の資金難」です。築年数が古い病院など、耐震問題により大規模修繕が必要になったり、新しい設備投資が必要になったりと、多額の資金が必要になります。
診療報酬の切り下げにより収益減している中で、多額の資金投入は病院、クリニックの経営においてかなり大きな負担と言えます。
4つ目は、「事業承継による後継者問題」です。他の業界と同じように、病院、クリニックの経営者が高齢により、後継者問題が出てきています。病院、クリニックの跡継ぎとなると、やはり同じく医者であることが前提条件となりますので、子ども、親族に跡継ぎしてもらうには更にハードルが高くなると言えるでしょう。
M&Aを活用する買手、売手、それぞれのメリット
今の病院、クリニック業界における様々な課題があるなかで、自分が持っている課題を解決するためにM&Aを検討する方もいれば、M&Aを活用して病院、クリニックを売却したいと考えている方もいます。買手、売手、それぞれのメリットを整理しましょう。
【買手のメリット①】地域参入障壁など規制を回避することができる
医療業は制限が非常に多い業界です。病院を新しく開設、増床するには、その病院を開設予定、既にある地域の都道府県知事などの許可が必要になります。
なお、その地域の医療計画で定めている基準病床数を超えた場合、新規開設、増床は認められないケースもあります。つまり、この基準病床数は、新規参入、病院拡大の壁とも言えます。この場合、M&Aを活用して既にある病院を買収することができれば、規制をクリアすることができます。
【買手のメリット②】設備投資などのコストが安くなる場合がある
病院、クリニックの開設は、テナントの賃貸・土地購入して病院を建てる費用、内装工事費から始め、検査や治療用の設備費用、備品関連費、広告宣伝費まで、実に億単位の高額な費用がかかります。M&Aを活用すれば、完全にゼロからやるよりコストをおさえることができる場合もあります。
【買手のメリット③】医師・看護師などの人材を確保することができる
既にある病院、クリニックを買収すれば、働いている医師、看護師などの人材を確保することができます。なお、経営者が変更となると、優秀な人材が流出してしまうリスクがありますので、引継ぎはくれぐれも注意するようにしましょう。
【買手のメリット④】事業の拡大化ができる
今持っている病院、クリニックとは違う地域に進出したり、今まで対応できなった診療領域が加わったりなど、M&Aによってさらなる事業の拡大化ができるようになります。
【売手のメリット①】創業者利益を取得することができる
M&Aによって病院、クリニックを売却すれば、創業者としてその売却益を得ることができます。その売却益を活用して、老後生活を楽しんだり、新しい事業の資金にしたりなど、様々な活用方法があります。
【売手のメリット②】後継者問題を解決することができる
経営者が高齢になり、後継者がいない問題で悩まれている方も多くいます。M&Aを活用すれば、後継者問題を解決できる上に、売却益を得ることもでき、さらに病院を存続させることもできると様々なメリットをもたらすことができます。
【売手のメリット③】資金流入により設備投資・経営が拡大しやすくなる
M&Aによって大手グループの傘下になるなど、新しい資金流入により設備投資をしたり、大規模修繕をしたりなど様々なメリットをもたらすことができます。設備の導入、病院の修繕により事業の安定性、収益の向上にも繋がります。
【売手のメリット④】連帯保証から解放される
病院、クリニックを売却することによって、経営者の連帯保証となる借入金も全て買手に引き継ぐことになりますので、今までの連帯保証から解放されます。
病院・クリニックの「売却価格を算出する」3つの方法
病院の規模、専門内容によって、売却価格の算出方法は様々ですが、病院、クリニックの売却価格の算出には、大きく3つの方法が挙げられます。
まずM&Aで最も多く使われているのは「時価純資産価額法」です。病院・クリニックをもし今売ったらいくらになるかという「資産」から、もし今支払ったいくらになるかという「負債」を差し引いた「純資産」の時価相当額で評価価格を算定する方法です。
しかし、純資産だけで算出すると、利益が出ていても、赤字が出ていても同じ金額が出てしまうため、将来見込まれる利益を時価に逆算して、純資産に追加して調整します。ここでいう将来見込まれる利益は、「営業権」「のれん代」などと呼ばれ、帳簿に載っていない病院のブランド力、収益力、技術力、優良な顧客などを指します。
なお、営業権は年買法を使って、この先3〜5年は実績の収益力と同じ収益が得られるとして、先取して営業権として買収対象とする考え方をします。たとえば、実績の収益が2,000万円あった場合、営業権は2,000万円×3年で6,000万円とみなします。
2つ目が、DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)です。今の病院、クリニックのキャッシュフローに将来の収益性を加味して、有利子負債などのリスクを差し引くことで価値を算出します。
病院、クリニックの将来性を加味することに重心を置きますので、予測できる範囲内の項目になるため、その前提条件の設定によって、算定価格が左右されます。事業計画がしっかりしていれば、評価価格も高くなる可能性があると言えるでしょう。
3つ目が取引事例法です。売手病院、クリニックで過去にあった株式の取引実績に基づいて評価を行う方法です。この方法を採用する場合、過去の取引価格が妥当かどうか検討する必要があります。
さらに病院、クリニックのM&Aを成功させるには、大きく3つの注意点があります。これらに細心の注意を払い、進めていくことが、M&Aを成功させる第一歩となります。
【注意点①】医療法人開設主体によって手続きが異なる
病院、クリニックの開設主体は様々ですが、大きく、国、都道府県、市町村などの「公的部門」と医療法人、社会福祉法人、公益法人、個人などの「民間部門」に分かれます。その病院の開設主体によって、手続きが異なりますので、間違いのないようちゃんと確認するようにしましょう。
【注意点②】優秀な医師・看護師の人材流出を注意
いい病院は、優秀な医師と看護師がいてから成り立ちます。その医師がいるから、その病院に来ているという患者は結構多くいらっしゃいます。M&Aによって、その医師が転職したら、その医師がいいという患者も他の病院に行ってしまうという大きなリスクがあります。したがって、医師、看護師への通達、待遇などの面のフォローも慎重に行う必要があります。
【注意点③】行政との許認可の引継ぎ手続き
医療法人開設主体によって、お届け出を提出する行政も異なります。経営者が変わるとなれば、それに伴う引継ぎ手続きが発生します。都道府県なのか、市町村なのか、地方独立行政法人なのか、どこの行政が管轄なのかをきちちんと確認した上で、引継ぎ手続きを行うようにしましょう。