注目のビジネスキーワード「デジタルツイン」とは?
最近のビジネスキーワードのひとつ「デジタルツイン」。「ツイン」とは「双子」の意味だ。そのため、「デジタルな双子」と訳されることが多い。「デジタルツイン」とは、センサーやIoT機器、カメラなどで現実世界の情報を大量に収集し、現実世界と同じ状況をインターネット空間に再現することを指す造語だ。
再現されたインターネット空間で、さまざまなシミュレーションを行うことができる。そこから得られた結果を参考に、現実世界のビジネスや生活に役立てていく。例えば、ある新製品を設計する場合、将来起こり得る故障は気がかりだ。
「デジタルツイン」の環境で、使い続けて数年後に起こりやすい故障を予測し、事前に設計に反映することができる。別の例では、街の交通情報や天候情報から週末の渋滞エリアを予測し、3パターンの対応方法の中で、どれが一番有効であるかをパソコン画面で事前に検討できる。これまでであれば、「起こってからしかわからなかったこと」が事前に予測でき、対策が取れる。
ハリウッドの大スターであるトム・クルーズが主演し、2002年に放映され大ヒットした映画『マイノリティレポート』。何度かテレビで再放送されているので、ご覧になられた読者の皆様も多いだろう。映画では2054年の世界が描かれている。自動運転の車、完全オートメーションの工場、瞳でのドアの開閉認証、人を乗せて空を飛ぶドローンなどのシーンが印象的だ。主人公は、犯罪予防局に勤務している。犯罪を未然に防ぐための組織だ。
さまざまなテクノロジーによって、未来に発生する殺人犯罪が予測され、犯行の発生前に犯罪予備群(犯罪を起こす予定だった人)を逮捕するのがミッションだ。私たちが迎える未来は、この映画に似ていく。人々は、「再現された世界」の未来の出来事を信用し、「現実世界」を変えていく。いつのまにか「現実世界」よりもインターネット上に「再現された世界」のほうを重要視するようになる。
「現実世界」で起こった結果から情報を集めて人が何か判断するだけでなく、「再現された世界」から機械が常に人の行動を予測し、先周りする時代になる。私たちは、好むとも好まざるとも機械に将来を予測される「予測の時代」を生きることになる。
情報が持つ「3つの経済特性」
情報の担い手に機械が加わり、質と量が変わるということは、もちろんビジネスにも大きな影響をもたらす。ビジネスモデルを変えるほどのインパクトがある。この変化に目を背(そむ)けず、むしろチャンスと捉え、自社のビジネスに活かしていくことが大切だ。既に、いち早くこの変化の兆しに気付いた企業は、これまで分散されていたIT部や事業開発部などの部署を統合し、デジタルを中心に据(す)えた事業部を立ち上げ始めている。今まさに、デジタルを起点に全産業でビジネスモデルが再構築されるようなタイミングといえるだろう。
ビジネスチャンスを見定めていくには、まず「情報」についての理解を深める必要がある。そもそも情報は、「どのような特性があるのか?」、「ビジネス面で活用していくには、どこに注意を払う必要があるのだろうか?」。
ここで、モノやサービスとは異なる「情報固有の特性」について確認してみよう。一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏が1970年代に発表した著書『情報の経済論』、カール・シュピロ、ハル・ヴァリアンの両氏が1990年代後半に執筆した『情報経済の鉄則』がとても参考になる。野口氏は、インターネットやブロックチェーンのビジネス領域での可能性をいち早く予測した経済学者だ。1970年というパソコンもインターネットも存在しない時代に「情報の経済価値」について深く考察し、書籍にまとめている。
情報の特性として次の3つを紹介する。
①限界費用ゼロ(コストをかけずに、いくらでも複製が可能)
情報の特性として、まず挙げられるのは、無尽蔵に「複製が可能」という点だ。例えば、行列ができるほどおいしいラーメンの、秘伝のレシピの考案者がいたとしよう。彼は、ラーメン屋を開業したいAさんに対価をもらってレシピを教えたのちに、複製した情報を使ってBさん、Cさん、Dさんからも同じように対価をもらい、レシピを教えることができる。これに対して、モノやサービスは提供すると同時に消費される。もう一度、他の人に同じモノやサービスを提供する場合は、製造したりサービス提供に時間を使ったりしなくてはいけない。秘伝のレシピの完成までは、時間と労力が必要だが、一度出来上がった価値ある情報の複製は容易だ。複製にかかる費用は限りなくゼロに近い。
②不可逆性(一度伝えた情報は、忘れてもらうことが難しい)
2つ目の特性として、情報は、一度相手に提供すると以前の状況に戻すことができない「不可逆性」が挙げられる。先ほどの例でいえば、一度教えた秘伝のレシピを「忘れてください!」と言っても難しい。洋服や自動車などのモノであれば返してもらえるし、散髪などのサービスであれば、いずれ髪が伸びるので来店してくれる。しかし、情報は相手が記憶してしまうと、タイムマシンでも使わない限りは、提供する前の状態に戻すことは非常に難しい。
③高い柔軟性(多様な商品設計が可能)
3つ目の特性は、情報の「高い柔軟性」だ。情報は、活用時にあらゆる形への変換が可能だ。先ほどのラーメンの例でいえば、秘伝のレシピは、レシピをAさん、Bさん、Cさんに販売することで、レシピ情報収益を何度も上げられる。レシピの提供の仕方も全部を提供することも一部を提供することもできる。それ以外にも、レシピをベースに自らラーメン屋を開いてお金を稼ぐこともできるし、コンビニとコラボ商品をつくることも可能だ。情報の高い柔軟性を活用して、複数の形でのビジネスを行うことができる。
レシピを販売するか、ラーメン店を自ら開店するのか、はたまた両方をするかは、状況次第だが、情報自体の管理がとても大切になってくる。同じ情報を複数の人が持っている場合と、自分ひとりで独占している場合では、そこから得られる経済的メリットが大きく変わる。ラーメンのレシピという情報を、自分だけのものにしておくか、たくさんの人に知らせるかによって、ラーメン屋の繁盛ぶりは変わる。柔軟性を考慮し、最適な商品設計をすれば、非常に高い粗利率を出し続けることができる。
情報という財は、限界費用ゼロ、不可逆性、高い柔軟性という3つの経済特性を持つ。この3つを理解したうえでビジネスモデルを設計していくことが重要だ。
Googleを大成功を導いた、情報特性を理解した戦略
今となっては信じられない話だが、Googleは創業当初の1998年から2000年ごろまで、収益源が少なく赤字続きだった。検索エンジンの技術力は非常に高く評価されていたが、会社を運営する資金が尽きて、そのうち潰(つぶ)れてしまうと噂されていたほどだ。事実、同じようなインターネット検索サービス事業者は収益化に苦戦し、市場から次々と退場していった。
しかし、Googleは、「検索エンジン広告」という新しいビジネスモデルを採用し、急成長を遂げる。キーマンとなったのは、先ほど紹介した『情報経済の鉄則』の執筆者のひとりであるハル・ヴァリアン氏だ。同氏は、Googleの収益源となる広告モデルの導入に大きく貢献した。現在もGoogleの300人以上の経済学の専門家を牽引(けんいん)し、年1万件以上の実証実験を先導している。
Googleの、この20年間の大成功は必然だったといえる。なぜなら「情報の経済特性」をしっかりと理解し、ビジネスでの活用方法を熟知しているハル・ヴァリアン氏を仲間に加えていたからだ。Googleの成功と他の検索エンジン会社の衰退から学べることは、「情報」を使ってビジネスを進めていくには、「情報を扱う技術力を磨くこと(検索エンジンの精度を向上させること)」だけでは片手落ちであり、「特性を理解したビジネスモデルを設計すること(検索エンジン広告ビジネスを展開すること)」が大切ということだ。
GAFAの次なる野望…GDPR、情報銀行
最近、新聞やビジネス誌で見かける「GAFA(ガーファ)」という用語。「Google」、「Apple」「Facebook」、「Amazon」の4社がビジネスをどんどん拡大していることへの称賛と予想を超えた力が、この4社に集約されることへの困惑から生まれた造語だ。
インターネット上の情報収集に飽き足らず、GAFAは、「現実世界」からの情報収集に着手し始めている。その先導に立っているもののひとつがAIスピーカーだ。AIスピーカーは既に世界中で5000万台が稼働している。我が家にもGoogle製とAmazon製の2種類のAIスピーカーがあるが、非常に便利だ。一度使いだすと手放せない。なぜなら、話しかけるだけで、お気に入りの音楽を流してくれたり、アラームで時間を教えてくれたり、照明をつけてくれたりと生活が快適になるからだ。筆者がAIスピーカーに話しかけるたびに、筆者の好みや行動情報が収集されている。
AIスピーカーから集めた情報を、これまでに収集した情報(GoogleならカレンダーやGmail、Amazonなら購入履歴など)と掛け合わせて新しいサービスを打ち出してくる日もそう遠くない。
GAFAが、こうして「現実世界」の情報を集めまくっていることに対して、各国政府は警戒している。これから生まれる新しいビジネスマーケットを独占されるわけにはいかないと、各国は自国の強みを活かした方針を立てている。EU(欧州連合)では、これまでのデータ保護指令から2018年に一般データ保護規則GDPR(General Data Protection Regulationの略)を発行。個人データの保護強化と、個人が自らのデータを管理・利活用できることを促進する方向に法律を改正した。日本でも同様に、総務省が情報銀行という取り組みを始めた。個人が自分の情報を預けて、それを自分のために活用できる仕組みだ。
情報ビジネスは再びスタートラインを迎える
「現実世界」の情報収集方法、活用方法、収益化については、未だ成功モデルは確立されていない。各社が模索中であり、一斉にスタートラインに立っている状態といえる。
実は、日本企業にもチャンスがある。普段の生活の中から情報を集めるセンサーテクノロジーやIoT機器は、日本企業の競争力がある分野だからだ。例えば、世界のセンサー種類別の日本企業シェアは非常に大きい。温度、光度、位置などの分野では、世界の40~70%近いシェアを占めるものもある。こうしたIoTデバイスの分野で日本の高いシェアを活かし、市場を拡大していく可能性が見えている。
筆者は、日本のエネルギー業界も非常に大きな役割を担っていると考える。なぜならば、「現実世界」のなかで、エネルギー業界がリーチできる情報は、利用価値の高いもののひとつだからだ。例えば、ある人が電気やガスをどれだけ利用したかという情報もそのひとつだ。人が朝起きてからの行動を取り上げれば、「トイレを使う」、「シャワーを浴びる」、「お湯を沸かしてコーヒーを入れる」といった一連の動作の中に、エネルギー(電気やガス)のスイッチをON・OFFが含まれている。このエネルギーのON・OFFの情報こそ、人の暮らし、行動そのものを表した情報だ。
テクノロジーの進化によって、エネルギー利用情報が自動的にかつ大量にデジタル化される未来で、エネルギー業界は、これまでにないビジネスチャンスを迎えるだろう。
江田 健二
一般社団法人エネルギー情報センター 理事