社会の変化のスピードに比べて、なかなか変わらないと揶揄される「教育現場」。一方で、「自分たちが子供のころとはずいぶんと変わった」などと、その変化の大きさに驚かされる時もある。いま、教育の現場では何が起こっているのか。本連載では現役の小学校教師として活躍する中村歩氏が、教育現場のリアルな実情を語る。今回は「教師の労働環境について」である。

息つく暇もない「教師の勤務形態」の実情

先日、ある芸能人の発言がニュースになりました。教師の働き方改革の一環として夕方6時以降の電話に応対しないという案に納得できない、と反対するものでした。数年前には「息子の入学式に参加するため」と、自分の勤務する高校の入学式を欠席した女性教師が非難される報道もあったと記憶しています。この女性が批判されたのは、新入生の担任だったから、という理由も多分にあるのだとは思いますが……。

 

では、教師の服務規定はどうなっているのでしょうか。信用失墜行為の禁止、政治的行為の制限、個人情報の遵守など、守らねばならないきまりはたくさんあります。もちろん、公務員なのでそれらを犯してしまった時の処分も大変重いものとなっていますが、社会人として常識的に勤務していれば、気にする必要のないものばかりです。一介の教師が実際に関係する服務規定といえば勤務時間や休暇に関するものぐらいでしょうか。

 

教師の勤務は、表向きは8時15分から16時45分の7時間45分勤務です。小学校の場合、昼は児童の給食指導や清掃指導、(児童たちの)休み時間も安全管理があるため、教師の休憩時間は15時45分から16時30分の45分間という不思議な時間設定となっています。

 

「なんだ、一般企業より楽じゃないか」というと、そうではありません。関連する服務規定はゆるいものの、実際の業務は多忙を極めます。

 

早い児童は8時前から登校を始めます。高学年の児童になると居残り作業で下校が16時を超えることもあります。「日々の業務」の例としては、宿題の丸付け、テストの採点、ノートや作品の評価に加え、次の日の授業も考えなくてはいけません。学期末になると成績作業も加わります。

 

その他、教務部会、生活指導部会など、学校全体の仕事である「校務」というものも割り振られています。イメージしやすいのは、中学校や高校の部活指導でしょうか。定時に出勤したら間に合うわけもなく、定時に退勤できるわけもありません。平成29年、文部科学省は調査の結果、小学校教師の1週間の平均勤務時間は約57時間であったと公表しています。

保護者が教師を追い詰め、精神をむしばむ

このような勤務状況のなか、最近よくニュースになる保護者からのクレームや過度な要求は、「教師を心的に追い詰め、結果、自分たち(保護者の方やその子供)の首をしめる」と考えています。「首をしめる」などと過激な表現となってしまいましたが、なぜそのようなことがいえるのか、順を追って説明します。

 

現在、東京都の小学校では、うつ病などの精神疾患で休業中の教師がたくさんいます。一番の原因は、保護者対応等による心的ストレスといわれています。文部科学省の調査によると東京都の全教員78,598人中、精神疾患での病休の取得者数は560人を数えます。2番目に病休取得者の多い大阪府は、全教員64,918人中、272人。東京都の数値は、全教員数が大阪より1万人程度多いことを考慮しても2倍以上と驚くべき高い数値です。

 

休職などで教師に欠員が出た場合、学校は教師の補充を行わなければなりません。しかし、補充する教師が圧倒的に足りていません。こちらも様々な理由がありますが、教師への負のイメージによって希望者が激減しているのも原因の一つです。結果、欠員のいる状況で学校運営をしなくてはいけなくなります。副校長が担任を兼務することは、最近では珍しい光景ではありません。

 

少ない人数で学校運営をするということは、教員一人がより多くの子供を担当することにもつながるのです。中学校では理科や英語の授業を行うことができず、代わりの教師が見つかるまでの一定期間、別の教科に振り替えて授業を行ったという報告も上がっているほどです。

 

※NHKの調査によると、2017年4月の始業式時点で、定数に対して、全国で少なくとも717人もの教員が不足していたことがわかっています。

 

また、上述した通り教師志望者が激減し、現在、東京都の採用試験の倍率は2倍を切っています。世間一般に選抜試験などにおいて倍率が2倍を切ると、採用者の質をキープできなくなるといわれています。結果、教育の質が低下し、子供たちの学力が低下する、というわけです。

 

※昨年度の採用試験で倍率2倍を切った都道府県は、新潟県・北海道の1.2倍、福岡県の1.3倍、東京都の1.8倍の4地域です。採用試験は都道府県と政令指定都市単位で行われています。

 

保護者からの意見は学校や担任にとって自分たちの現状を見つめ直し、成長へとつなげることのできる大変貴重なものです。しかし明らかに自分本位な苦情や過度な要望は、結局巡り巡って一番大切に思っている子供に不利益を与える形で返ってくる可能性を秘めているのではないでしょうか。

「教師=聖職」という世間のイメージに疲弊

さて、冒頭で述べたニュースの内容に戻りましょう。なぜ教師のみ、このようなことが報道されるのでしょうか。それはいまだに根強く残る「教職は聖職であるという世間的イメージ」が原因の1つだと考えます。教師もまた、そのイメージと同じものを倫理感や責任感として持ってしまっているのが現状です。教師はこうあるべき、いわゆる「べき思考」と呼ばれるものです。

 

――勤務時間後でも、担任の先生は児童に責任をもつべき

 

――40人もの子供を放っておいて休みをとるなんて

 

冒頭のニュースでは、そのような意見が述べられていました。保護者のいうこともわかります。これらの発言は「自身の大切な家族を思い、大切な家族のために」を思ってのことでしょう。教師としても「対応してあげたい」「対応するべき」というのが本音です。

 

一方で、教師も同じように大切な家族がいます。それでも常に「子供たちのためにやってあげたい(やってあげるべき)、でも……」と、その両極で葛藤し、苦しんでいます。

 

このようななかでも特に頑張っているのが、小さな子供を持つ母親の教師です。団塊の世代が大量に退職した後に採用された女性教師の多くは、今まさに子育てに奮闘しています。

 

我が子のお迎えのある日は最低限の仕事を終わらせ、残れる日は夜遅くまで教室にこもって先々の仕事までして帰る。土日や休日に出勤している姿もよく見かけます。無理をして仕事をしているその姿は、ひいき目抜きに「すごい」のひと言です。

 

「教師は聖職である」ことを前提とした報道が出続けていては、教師たちは「休みをもらいたい」とはいえなくなってしまいます。また、教師の働き方改革(文部科学省は1週間の勤務45時間を目標に掲げています)も頓挫してしまうのではないでしょうか。

 

弱音を吐けず、休みも取れず。その結果、心を病んでしまう教師がさらに増え、ひいては大切な子供たちにも影響を与えてしまうのではないかと危惧しています。

 

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