ポイント
●ピクテの新興国通貨のスコアカードは、経済成長率や外部的ショックに対する耐久性という、重要な要素に基づいて新興国の10通貨をランク付けしています。
●米中の貿易摩擦の高まりや、米連邦準備制度理事会(FRB)のハト派的スタンスといった状況は、新興国通貨それぞれに対して異なる影響を与えています。全体として、グローバル経済の成長率が鈍化しつつある状況下、新興国通貨全てがアウトパフォームするといったことは考えにくいと見ています。
●新興国通貨のスコアカードによると、今後12ヵ月においてブラジルレアルだけが魅力的であることを示しています。もう少し詳細に見ると、インドルピーとインドネシアルピアも、現段階の環境下においてアウトパフォームする可能性があります。
この新興国通貨のスコアカードは、2018年2月に最初に公開されました。今後12ヵ月における新興国通貨の投資の魅力について、規則に基づいた方法を用いて計算しています。現段階における最新のスコアカードによると、今後12ヵ月において、ブラジルレアルだけが魅力的な新興国通貨であることを示しています。
新興国通貨に対して、より厳しい環境に
ここ数ヵ月において、新興国通貨を取り巻く環境は厳しさを増しています。例えば、中国の輸出品に対して、新しい関税率が9月と12月に課せられる公算が強まっています。このような厳しい状況おいて、中国は人民元を安定化させる意欲が低下するかもしれません。最近では、対米ドルの人民元のレートが、みんなが注視していた水準である1米ドル=7人民元を割り込んでいます。中央銀行である中国人民銀行が、人民元レートの切り下げを図るとは考えていませんが、1米ドル=7人民元といった安定した為替レートは、新興国通貨全体のリスクを抑えていたことは事実です。現在、このような基準となる為替レートが通用しなくなり、中国外貨取引センター(CFETS)における人民元指数が新安値を付けたことは、人民元の為替レートを不安定にし、米中の緊張を一層高める恐れがあります。
貿易摩擦は、世界の経済成長の重しとなり、特に中国やドイツの景気が悪化する要因となります。昨年、米中間の貿易摩擦に対する論争が激化した時には、資源価格も下落しました。このような状況は、新興国経済にとって決して良くないことであり、相対的にリスクの高い新興国の資産への投資を鈍らせることとなります。
希望的な側面を見ると、世界的な利回りの低下は、新興国の中央銀行が低インフレの状況において、政策金利を引き下げる余地が増えるということがあります。さらに、ハト派的なFRBのスタンスによる、金利差縮小によって米ドル安となる可能性があります。
全体として、米国と中国の貿易摩擦の解決策が見えてこない状況において、新興国通貨の目先のパフォーマンスは限定的と見ています。新興国通貨のトータル・リターンのうち、キャリー取引がパフォーマンスの源泉と考えます。
新興国通貨の見通しを簡潔に言うと
先進国通貨の中では、ピクテは日本円やスイスフランといったディフェンシブな通貨を選好します。新興国通貨に対しても、考え方は同様です。
新興国の通貨の中で、例えば経常収支の黒字や巨額の外貨準備といった、対外的な強みを持った国をディフェンシブな通貨と位置付けています。この中には、ロシアルーブル、イスラエルシェケル、韓国ウォン、中国人民元等が含まれます。
しかしながら、現在の貿易摩擦は今後数ヵ月は継続し、また原油価格も下落するといった慎重な見方に基づくと、ロシアルーブル、韓国ウォンおよび中国人民元はリスクが高いとみています。ルーブルは、米国の新たな経済制裁のリスクに直面しています。しかしながら、ルーブルの高いキャリー取引のリターンと、ロシアの巨額の経常収支の黒字、ならびに海外からの直接投資が限定されていることなどが、経済制裁のリスクの一部を相殺しています。
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今後12ヵ月において、1米ドル=7.1人民元になるといった見通しは、人民元にとって追い風となります。しかしながら、人民元に対するメリットは、これ以上貿易摩擦が悪化しないことが前提条件となります。直近の貿易摩擦の動向を検証すると、中国が人民元安を放置すると、追加の関税の恐れがあることを示しています。このように、米国との貿易摩擦の協議次第では、人民元のディフェンシブ性が一部相殺される可能性があります。
韓国ウォンは、世界の貿易に大きく影響を受ける通貨です。また、ウォンのパフォーマンスは、現在アンダーパフォームしている国内株式市場にも大きく影響されます。このような状況から、ウォンに対しては楽観的な見方をすることは困難です。
イスラエルシェケルは、経常収支の黒字と巨額の海外からの直接投資に支えられて、より魅力的です。ただし、キャリーによる収益は非常に低く、基本的に割高なバリュエーションであることから、インフレ率を勘案すると中央銀行であるイスラエル銀行は、これ以上のシェケル高は望まないと見ています。
全体として新興国のディフェンシブ通貨は、ピクテのスコアカードにおける相対的に強いマイナス要因によって、非常に魅力的とは言いがたいと考えます。
ディフェンシブ通貨以外では、対外的な弱みを持つトルコリラや南アフリカランドは引き続き避けています。実際、経済情勢が悪化した時に、これらの通貨は貿易赤字を埋めるために対外借入に頼らざるを得ないため、通貨はアンダーパフォームとなります。ここ数週間は、トルコリラは経済情勢の悪化に対して、ある程度の抵抗力を示していることを確認しています。しかしながら、この抵抗力は主として、インフレ率の低下と景気刺激のための金融政策のおかげだと見ています。今後、トルコ政府がどこまで中央銀行に経済成長を託することが出来るかにかかっています。トルコは、かつてインフレ目標を大きく上回るインフレになったことを経験しています。
対外的な強みという観点ではスコアとしては高くありませんが、インドルピーとインドネシアルピアは魅力的と見ています。実際、インドとインドネシアの経常収支の赤字は、主として原油の輸入によるものであり、また輸出と輸入の合計を国内生産で割ることによって判断すると、これらの国々はあまり解放された経済体制となっていません。そのため、他の新興国と比較して貿易摩擦の影響を受けにくく、原油価格の下落の恩恵を受けることができます。インドルピーはインドネシアルピアと比較すると、最近の地政学上のリスクの高まりによって、相対的に魅力が低いと見ています。
新興国のスコアカードの他の国を見てみると、原油価格の影響を受けやすいコロンビアペソは、ロシアルーブルと比較するとあまり魅力があるとは見ていません。特に高いキャリーの収益があるわけではなく、また巨額の経常収支の赤字があるためです。
メキシコペソは、キャリーによる収益が比較的高く、対外的な強みもあることから、割安とみています。ただし、経済成長率の見通しが低下しつつあり、相対的に高いインフレ率によって中央銀行であるメキシコ銀行は政策金利の引き下げが困難となり、メキシコの信用格付に対する懸念もあります。
ブラジルレアルは、高いキャリーの収益、対外的な強みがあり、割安であることから魅力的と考えます。また、ブラジル経済は相対的に閉鎖的であり、世界的な貿易摩擦の影響を受けにくいと見ています。さらに、レアルは議会を通過した、抜本的な年金制度改革にも支えられると考えます。このような前向きな要因によって、今後12ヵ月の動向を示唆するピクテのスコアが改善しています。
まとめると、貿易摩擦が劇的に改善しない限り、新興国通貨の全般的かつ持続可能な上昇は考えにくいと見ています。戦術としては、新興国通貨でパフォーマンスを狙うのは、あまり得策とは言えないかもしれません。変わりやすい経済情勢の下で、高いキャリー収益が見込める通貨を持つ対外的な強みがある国は、グローバルな貿易体制から限定的な影響しか受けない国であると言えます。
この観点から、ピクテは、スコアカードで裏付けられたブラジルレアルを選好します。レアルと同様なスコアではありませんが、インドルピーとインドネシアルピアは、ピクテがスコアを付けている新興国通貨の中でアウトパフォームする可能性があると見ています。最後に、最近の通貨安を勘案すると、ディフェンシブ通貨であるロシアルーブルの魅力が高まりつつあると考えます。
※将来の市場環境の変動等により、当資料記載の内容が変更される場合があります。
当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『ブラジルレアルが良さそう』を参照)。
(2019年8月29日)
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