ピクテ投信投資顧問株式会社が、日々のマーケット情報を分析・解説します。※本連載は、ピクテ投信投資顧問株式会社が提供するマーケット情報を転載したものです。

 

ポイント

世界の中央銀行は、鈍化しつつある経済成長率とインフレ率を支えようとしています。現段階で重要なのは、中央銀行の金融政策のやり方とその目的が、これまでどのように変わってきたか、そして将来的にどのように展開していくかについて、しっかりと把握することです。

 

ポピュリズム、人口動態、気候変動、ならびに技術革新といった構造的な変化によって、世界経済は大きく影響を受けてきました。また、これまでの政策が、あまり効果を発揮しなかったことから、現段階で構造変化による影響を受けている金融政策の中身を把握することが重要です。

 

1980年以降、金融政策は5つの異なる段階を経てきました。

1.インフレとの戦い(1980年~2008年)

疑いも無く最も長い期間であり、米連邦準備制度理事会(FRB)はポール・ボルカー議長の下で、フェデラル・ファンド金利(FF金利)を大幅かつ迅速に引き上げました。インフレ退治という目的では、この政策は成功をおさめました。米国のインフレ率は、1980年春の15%程度から1980年代半ばには4%~5%程度まで低下しました。1990年に、ニュージーランド中央銀行が、世界ではじめて「インフレ目標」を導入して、その後米国をはじめとした他の中央銀行も追随しました。

2.量的金融緩和政策(2008年~2015年)

2008年のグローバル金融危機がデフレを招き、主要な中央銀行は大規模な資産購入プログラム(量的金融緩和政策、QE)を導入しました。中央銀行の目標は、経済成長とインフレ率を維持するといった2つのものでした。大規模なQEと公共投資の組み合わせという、新しい政策の「手法」によって、世界は不景気に陥らずにすみました。

3.金融政策の正常化への試み(2016年~2018年)

6年にわたる景気拡大後の2015年において、FRBは金融政策の正常化に取り組みました。具体的には、政策金利を引き上げるとともに、QEの縮小を図りました。その後、欧州中央銀行(ECB)も、非常に慎重なスタンスで、同様の金融政策を導入しました。何年にもわたる政策金利の引き下げの後、中央銀行の政策目標は、まだぜい弱な景気回復に悪影響を及ぼすことなく、再び利下げを可能とする金融政策の選択肢を増やすことでした。

4.否定(2019年第1四半期)

0.25%ずつの政策金利の引上げを実施した後、FRBの金融政策は「自動操縦」(定期的かつ同率の政策金利の引き上げを実施すること)となりました。ただし、FRBが最後に利上げした2018年12月の段階で、まだ何度かの利上げが予想されていたにもかかわらず、FRBは利上げの停止を示唆するとともに、わずか6週間後にはバランスシートの縮小も中止しました。要するに、米国と中国の貿易戦争によるグローバル経済の減速が、金融危機を招くとの懸念からFRBは金融正常化を停止しました。他の要因としては、あまりにも低いインフレ率とインフレ期待が、FRBの政策変更を後押ししたようです。

5.刷新された量的金融緩和(2019年第2四半期~2020年前半)

2019年6月に、主要な中央銀行は再び景気刺激とインフレ率上昇のために、かつての金融政策を復活させました。FRBは、短期ゾーンの金利を引下げ、ECBのマリオ・ドラギ総裁は、経済成長とインフレ率の改善がないまま、更なる景気刺激策を模索しています。ピクテでは、FRBは2019年7月から9月の間に、0.25%づつ2回の政策金利の引き下げを実施すると見ています。同様にECBは、9月に政策金利を引き下げ、ならびに年末までにはQEを再開すると見られています。

 

[図表1]新しい金融政策への過程 出所:ピクテ・グループ
[図表1]新しい金融政策への過程
出所:ピクテ・グループ

金融政策の新しい姿

金融政策の終了とやり方については、答えが見出せないまま長年議論されてきました。中央銀行の政策については書き直しの必要があるかもしれません。過去の金融政策の行き過ぎや、経済及び財務上の危機を避けるためには、もっと強気の姿勢が必要かもしれません。しかし中央銀行は、将来的な経済や金融の危機を回避するために、今から金融政策に取り組んでいることを見せる必要があります。中央銀行は、自分たちの役割と目標を設定し直すことが、より重要なポイントとなっています。

 

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中央銀行が、どれだけ自分たちの役割をうまく設定できているかによって、自分たちのルールに基づく独立性がどこまで維持できるかが決まってきます。意見が大きくぶれる有権者に向き合っている政治家とうまくやっていくことが、今後の賢明な生き方かも知れません。フランスの財務大臣であった、クリスチーヌ・ラガルド氏は、政治家との関係において興味深い動きをしています。そうでなければ、中央銀行は政治的に利用されるリスクがあります。例えば、トランプ政権の露骨な圧力で、FRBの理事会のメンバーに自分の息のかかった人物を加えようとする試みのようなことが、中央銀行の将来的な姿になってしまいます。

 

中央銀行の新しい金融政策は、これまで金融危機の時にだけ見られた、政策の協調性と同期性が求められると見られます。しかしながら、このような政策上の協調は、危機当初の市場の乱高下で維持できなくなっています。

 

新しい金融政策への急速な転換は、市場全般に対して、当初は幅広い不透明感をもたらすことになります。通貨の価値が下落し、金や実物資産の魅力が高まります。中央銀行が、投資家の信頼を取り戻すまでに長い時間が必要となり、その間株式市場の変動幅が大きくなっています。全体として、市場参加者は中央銀行に対する見方を変える必要があるでしょう。中央銀行は、もはや政策金利を上げ下げするだけの機関ではなくて、社会や経済の変革を促す存在となっているからです。

 

 

社会や経済の変革のためには、進化したレベルで金融政策と財政政策を整合的に運用する必要があります。QEのような、非効率性を増している金融政策や予算案は、巨額の政府債務によって政策の実行力が弱まり、政治家と金融当局が共通の対応策を模索することになります。そのため、独立性は失わないものの中央銀行が、政府とともに予算案や財政基準を総合的に見て、ただ国債を買うだけではない金融政策を作り上げようとしています、このようなプロセスは、新しい基準を導入することがあります。例えば、柔軟なインフレ目標から名目国内総生産(GDP)目標や資産価値目標などです。中央銀行は、ヘリコプター・マネーをも政策の一つとして検討するかもしれません。言い換えると景気刺激のために、銀行ではなくて直接全国民にお金をばらまくものです。現在脚光を浴びている「現代貨幣理論(MMT)」は、同じような方向性を示しています。つまり、金融政策は不平等を解決する政策のひとつであり、財政支出、税金、および新しい経済政策のスタイルに資する政策を統合するものです。

 

不平等感や雇用に対する不安感の高まり、移民の急増、厳しい環境に対する取組といったことは、「ポピュリズム(大衆迎合主義)」の高まりにつながり、政治の安定性が損なわれる要因となります。政治的な混乱は、経済や財務面での不安定につながることから、このような要因を取り除くことは、中央銀行が主として取り組むべき政策ではないのでしょうか。金融政策の新しい姿においては、中央銀行は単にインフレ率や成長率といった限定された目標に取り組むだけではなくて、例えば不平等の解決と言った、より幅広い目標を採用しているかもしれません。

 

このような環境下、強い国家予算と財務刺激策がない場合は、経済成長率は鈍化し、QEには限界があることから、中央銀行による金融政策はうまく機能しなくなります。もし他に何の政策もなければ、QEの結果であるマイナス金利が、長期間にわたって維持されるとは考えにくいと考えます。現在の複雑かつ相互に関連した諸問題の解決のために、中央銀行が新しい目標を設定するタイミングとなっています。中央銀行の目標に対する議論を通じて、金融政策の新しい姿が、今後10年間のうちに見えてくると考えます。

 

自国内の経済活動だけでは、米国で既に史上最長となっている景気拡大期間を、これ以上延ばすには力不足かもしれません。なぜならば、民間部門も政府部門もこれ以上債務を拡大する余力が限られていることに加えて、実質金利がほとんどゼロ近辺となっていることと経済成長率の鈍化が、景気刺激のための公共投資の障害となっているからです。こういった事例は、特に欧州と日本で深刻な問題となっています。

 

しかしながら、新規のQEが、景気サイクルを伸ばしてインフレ率を上昇させる保証はありません。これまでのQEは、デフレに陥る恐れがあったことから、積極的な財政および予算を通じて一定の成果をあげてきました。ただし、中央銀行は奇妙なことにインフレ目標の2%を達成できず、2009年以降の経済成長率は、以前の景気拡大サイクル時を下回ることとなりました。また、積みあがった政府債務の問題もあります。理論上、現在の状況でも成長は継続するものの、様々な制約が出てきています。国際決済銀行(BIS)によると、2018年第4四半期における米国の民間部門の債務比率は、GDPの72%に達しています。米国の政府債務は、2009年にはGDPの82%でしたが、2017年には105%まで上昇しています。

 

 

※将来の市場環境の変動等により、当資料記載の内容が変更される場合があります。

 

当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『新しい金融政策の挑戦』を参照)。

 

 

(2019年8月26日)

 

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