「相続」発生時に対象となるのは、「お金」や「不動産」といったプラスの財産だけではなく、借金や未納の税金の支払い義務などの「負の遺産」も含まれます。本記事では、司法書士法人ABC代表で司法書士の椎葉基史氏の著書、『身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本』(ポプラ社)から一部を抜粋し、資産だと信じて相続した「”負”動産」に苦しめられる「不動産相続難民」と呼ばれる人々の実態にせまります。

「負動産」の固定資産税以上に厄介なリスクとは?

相続した不動産が、資産となるどころか、むしろ資産を食いつぶす、「負動産」だった──。それは今や珍しいことではありません。

 

不動産の厄介なところは、目に見える借金と違い、一見それが「資産」であるかのように見えるところです。

 

多くの人が「とりあえず相続しておいて、いざとなったら売ればいい」と安易に考えるのも無理はないかもしれません。けれども実際は、地方の農村部だけでなく、大都市周辺部のかつては“新興住宅地”と呼ばれたような地域でさえ、タダでも売れない=資産的価値のない「負動産」で溢れています。

 

売れないなら、ほうっておけばいいと思うかもしれませんが、そうはいきません。不動産を所有すれば、固定資産税を支払う義務を負うことになります。

 

つまりそういう意味では、負動産を所有することは、一生払い続けなくてはいけない負債を背負うことと状況的には何も変わりません。そして実は「負動産」というのはこの固定資産税以上に厄介なリスクをはらんでいるのです。

 

大阪にお住まいの渡辺修二さん(65歳)は6人兄弟の次男。10年前に亡くなった父親の相続の遺産分割協議がうまくいかず、兄弟の間に深い溝ができたせいで全ての相続が宙ぶらりんの状況になっているのだそうです。

 

長崎にある実家は、名義変更ができないために売却することもできません。年間4万円ほどの固定資産税は、相続人の代表者として渡辺さんが払い続けていたそうです。10年もの間、誰も様子を見に行くことさえせず、完全に放置していたので、実家がそれなりに傷み始めているであろうことは渡辺さんも想像していました。

 

機械的に固定資産税の支払いを続けることには苦々しさを感じていたものの、取り立てて策を講じようとは考えていなかったと言います。ところがある日、実家の隣で会社を営んでいる人の弁護士を名乗る人物からクレームが入ります。

 

「家屋の老朽化が進んでいるせいで、風が吹くたびにガタガタとうるさく、いつこちらの敷地内に倒れてくるかわからない。会社の倉庫を傷つける恐れもあるので、即刻修理をするなり、取り壊すなりしてほしい。もしも、実際に被害を受けた場合は、損害賠償を請求します」。

 

損害賠償というフレーズに驚いた渡辺さんは、すぐに私の事務所に相談にいらっしゃいました。厳密に言えば、渡辺さんはその土地の全てを相続しているわけではないのですが、相続人の代表という立場で固定資産税を払い続けているので、その存在を知らなかったという主張はどう転んでも認められません。

 

ですので、ここからの相続放棄という選択肢はもはやないものとするしかありませんでした。

隣家の願ってもない提案に兄弟が猛反対…

実際その土地に出向いてみると、確かに、丘陵地に立つ渡辺さんのご実家の家屋は今にも倒れそうで、このままでは隣の会社の倉庫を傷つけてしまう危険性は非常に高いだろうと思いました。

 

損害賠償を請求される事態を避けるため、家屋を解体することも検討したのですが、立地条件の厳しさもあり、解体するのに350万円もの費用がかかるとのこと。6人兄弟で平等に負担しあうことはできませんかと持ちかけましたが、ただでさえ折り合いが悪いのに、お金を出し合うなんてとても無理だろうと渡辺さんは及び腰です。

 

そんな折、隣の敷地の会社から思いがけない提案がありました。なんと家屋ごと引き受けてくれるというのです。立地条件を考えても正直その土地に値がつくとは思えないので、今後はいかにして手放すかを考えるべきだと私は感じていました。

 

ですから、先方からのこの申し出は、まさに渡りに船だったのです。土地を手放してしまえば、固定資産税の支払いからも解放されるわけですし、損害賠償を請求される心配もない。しかも、家屋ごと引き取ってもらえるなら解体費用を負担する必要もないわけですから、まさに願ったり叶ったりです。

 

渡辺さんもこれで一件落着だとホッと胸をなでおろしていました。

 

ところが、です。

 

この件を相談したところ、他の兄弟は猛反対。不動産をタダで譲るなんてありえない、譲るならそれ相応のお金を払ってもらえ、というのです。不動産は大事な資産だという思い込みが激しかったのでしょう。

 

結局、交渉は決裂しました。隣の敷地の会社にとっても、かなり無理をして決断した提案であったため、まさかの決裂に憤慨されていましたが、それも無理はありません。結局解体費用も捻出できなかった渡辺さんは、実家を危うい状態のままさらに放置するしかありませんでした。

 

そして半年後、恐れていたことが起こります。

 

渡辺さんの実家の家屋の一部が崩壊し、隣の会社の倉庫の屋根を壊してしまったのです。そして、事前に通告されていた通り、渡辺さんはその損害賠償として80万円もの支払いを余儀なくされてしまいました。このまま家を放置すれば、今後同じことを繰り返すだけであることは明らかでした。

 

結局、渡辺さんは兄弟を説得し、350万円をかけて実家を解体しました。そして改めて隣の会社に土地を引き取ってもらいたいと交渉を重ねましたが、当然ながら一度掛け違えたボタンを元に戻すことはできません。

 

結局今もその土地は宙ぶらりんのまま。

 

しかも、更地にしたことで実質2倍になった固定資産税を渡辺さんは今も払い続けているのです。

 

空き家の放置が「大きなリスク」を背負う理由

固定資産税というのは、その不動産の評価額をベースに算出されます。

 

評価額が低ければ、固定資産税もほぼゼロに近くなることがあり、その場合、あまり財布も痛まないので、そのまま放置されるケースは多々ありました。その結果、荒れ放題の空き家が増え、今や全国の空き家率は13%にも上ります。

 

この状況を打破するため、平成27年の5月に完全施行されたのがいわゆる「空家対策特別措置法」です。これは、市町村の空き家対策に法的根拠を与えるために制定されたもので、増え続ける空き家への改善(具体的には修繕や解体など)を促すための法律だと言っても良いでしょう。

 

放置される空き家が増え続けると、老朽化による倒壊などの危険性が高いだけでなく、衛生上の問題、景観上の問題、防犯上の問題など、様々な問題が懸念されます。その中でも特に対策が必要な空き家は「特定空家」に指定され、強制的な対処が可能になりました。

 

その1つが、固定資産税の特例対象からの除外です。

 

固定資産税の特例というのは、「建物が建っていれば、その土地の固定資産税の税額は200㎡まで1/6、200㎡を超える部分については1/3に減額される」という措置のこと。

 

つまり、「特定空家」に指定され、この特例措置が解除されてしまうと、たとえ家屋が建ったままでも、更地と同様の税負担が強いられるというわけです。

 

もちろん、行政からは、助言や指導から勧告→命令→強制対処(行政代執行、略式執行)と段階的な手順が踏まれますので、指定されたからといって即解除というわけではありませんが、「勧告」の対象となった時点で特例対象から除外されます。

 

さらに強制対処の段階まで進めば、強制的に撤去される可能性もあります。

 

その費用は一旦公費でまかなわれますが、結果的には所有者に請求されます。税金は高くなるわ、解体費用は負担させられるわで、まさに弱り目に祟り目ですが、その家屋の所有者(相続人)である以上、そこから逃れることはできません。

 

つまり、使い道がないから、あるいは売れないからと言って、これまでのように相続した不動産をそのまま放置することは、大きなリスクを伴う行為だと言わざるを得ないのです。

 

椎葉基史

司法書士法人ABC代表/司法書士

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