拡大する15兆円市場を獲得するには
日本の国内市場は、さまざまな分野で今後頭打ちになるだろうと予測されています。人口が減り、少子高齢化が進んで、国内ではものやサービスが売れなくなるでしょう。また、日本企業のほとんどは生き残りをかけて海外進出を活発化しており、国内市場の空洞化はさらに進むはずです。
こうした中、日本では「観光立国」に向けた取り組みを急ピッチで進めています。2007年に「観光立国推進基本法」が施行され、観光は日本において重要な政策の柱だと認められました。そして2016年には、「明日の日本を支える観光ビジョン」が策定。そこでは、「観光資源の魅力を極め、地方創生の礎に」「観光産業を革新し、国際競争力を高め、我が国の基幹産業に」「全ての旅行者が、ストレスなく快適に観光を満喫できる環境に」の3つの視点が示されています。
こうした方針のもと、政府は外国人旅行者をさらに増やす計画を立てています。2015年の訪日外国人数は1974万人でしたが、東京オリンピックが開催される2020年には4000万人、2030年には6000万人まで増やそうとしています。また、2015年に3兆4771億円だった外国人旅行者の消費額を、2020年に8兆円、2030年に15兆円まで伸ばす計画です。
2015年現在における化学製品の輸出額は7.8兆円、自動車の輸出額は12兆円。観光事業は近い将来、化学製品や自動車を抜くほどの業界規模になるかもしれないのです。
可能性を秘めた知名度の低い国内観光地
日本の観光資源は、世界的に高く評価されています。
たとえば、アメリカの大手旅行雑誌『Travel+Leisure(トラベル+レジャー)』が発表した読者投票ランキングによると、世界の魅力的な都市ランキングで京都が2年連続1位に輝きました。
また、アジア地区に限れば、京都だけでなく東京もランクインしています。世界最古の木造建築物といわれる法隆寺金堂と五重塔、世界文化遺産にも選ばれた姫路城に代表されるように、日本には世界に誇れる歴史的建造物がいくつもあります。
また、食の分野でも他国にひけをとりません。かの『ミシュランガイド』で星を獲得した飲食店の数では、東京がパリなどの都市を抑えて世界一位の座を占めています(書籍『外国人リピーターを確実に増やす インバウンドコミュニケーション成功の秘訣』刊行当時)。ところが、日本の観光業界は十分な実力を発揮できているとはいえません。国連世界観光機関(UNWTO)によると、2014年の「国際旅行者到着数」はフランスが年に8000万人以上の旅行者を集めているのに対し、日本を訪れる外国人旅行者は2000万人弱にすぎません。日本には豊かな観光資源があるのに、それを生かし切れていないのです。
ただし、だからこそ情報を発信し、外国人に知らしめるだけでインバウンド需要をさらに伸ばす余地があるということです。
広域連携や官民共同プロジェクトで外国人消費を喚起
地域観光に携わる人の中には、近隣の地域を「競合」と考えているケースがあるかもしれません。たとえば名古屋の人なら、岐阜や三重をライバル視しているのです。しかし、こうした考え方は時代遅れだといえるでしょう。
海外から日本を訪れようとする人は、名古屋と岐阜、三重を比較したりしません。名古屋のライバルは、東京や京都、大阪といったほかの大都市圏、あるいは、ソウルや上海、香港、台北、ハノイ、マニラといった海外の都市なのです。岐阜や三重は、同じ地域を一緒に盛り上げる仲間にほかなりません。
このように、広い地域同士が連携して外国人旅行客を呼び寄せようとする動きは、すでに現実のものとなっています。その代表格が「昇龍道(ドラゴンルート)プロジェクト」でしょう。昇龍道プロジェクトには、中部・北陸地方の9県(愛知、岐阜、三重、静岡、長野、石川、富山、福井、滋賀)の地方自治体、観光関係団体、観光事業者などが参加しています。能登半島を龍の頭、三重県を龍の尾に見立て、「龍の体が中部9県をくまなくカバーしながら天に昇っていくイメージ」で名付けられました。
昇龍道には、5つのモデルルートが設定されています。
○ルート1……「幸」縁起街道
愛知県の熱田神宮から金華山(岐阜城天守閣)、石川県の曹洞宗大本山總持寺祖院などを経て、能登半島最北端の禄剛埼(狼煙の灯台)に至る。古きよき日本の風景と、パワースポットが楽しめるルート。
○ルート2……「優」昇龍古道
中部国際空港から愛知県半田市の赤レンガ建物、岐阜県飛騨高山の古い街並み、石川県金沢市の兼六園などを経て石川県輪島市の朝市に至る。交通網が整備されたルートを使って、人々との触れ合いと風光明媚な景色が楽しめる。
○ルート3……「健」豊潤街道
愛知県蒲郡市のラグナマリーナクルージングから立山黒部アルペンルートを通り、石川県加賀市の加賀フルーツランドに到着。その後は、北陸地方のホテルで過ごすルート。豊かな自然に囲まれながらリフレッシュできるのが売り物。
○ルート4……「贅」秀麗街道
岐阜県土岐市の土岐プレミアム・アウトレットから、岐阜市の長良川うかいミュージアム、飛騨高山美術館、加賀友禅伝統産業会館などを通るルート。美術・芸術品に触れつつ、豊かな食を楽しむこともできる。
○ルート5……「楽」遊楽街道
愛知県常滑市のINAXライブミュージアム、散策やサイクリングが楽しめる岐阜県郡上市のひるがの高原、金沢市の金沢21世紀美術館、石川県七尾市ののとじま水族館などを通るルート。中部・北陸地方のさまざまな伝統工芸品、名産品が楽しめる。
5つのモデルルートでは、それぞれ10〜16か所の観光スポット、宿泊施設が紹介されています。そして、それぞれが「点」ではなく「線」としてつながることで、地域全体の魅力を高めようとしているのです。この昇龍道プロジェクトで注目したいのは、実に多彩な組織・企業が参加していることです。
「協議会」の会員名簿には、中部運輸局や北陸信越運輸局といった国の機関、愛知県や名古屋市などの地方自治体、中部経済連合会などの経済団体、日本観光振興協会中部支部などの観光団体、銀行、ホテル、旅行会社、航空会社、空港、鉄道会社、バス会社、タクシー会社、百貨店、飲食店、レジャー施設、報道機関などがズラリと並んでいます。そして、それぞれの得意分野を生かし、知恵とパワーを出し合っています。
私の会社は名古屋にあり、そのため必然的に本記事では名古屋エリアでの事例を紹介しました。しかし、実は名古屋は広域連携が進んでおり、名古屋市、愛知県、東海エリアという枠にとどまらないプロジェクトが進んでいる地域でもあります。
こうした取り組みは、これからインバウンド戦略を強化していきたいと考えているあらゆる地域でも実践できるものです。さらに、首都圏でも同様のことがいえます。2015年の北陸新幹線、2016年の北海道新幹線、そして2027年のリニア中央新幹線の開業など、東京を中心とした二次交通はこれからますます広がり、旅行者は全国に広がっていきます。
首都圏と各地方都市が広域連携し、旅行者に有効な情報を効果的に発信していくことができれば、ますます外国人旅行者は増えます。さらに「次は東京と北海道に行こう」「箱根と加賀、温泉巡りをしよう」など、何度も日本に足を運ぶリピーターが、確実に増えていくはずです。