貧困の解消、人口減少都市の出現
都市化は中国で長年推進されてきたが、以下のような点から、現在その意味が変わりつつあるのではないかと思われる。
①都市化と貧困撲滅
中国の都市化推進は、もともと、農村地域の貧困を撲滅するための重要な政策手段という位置付けが強い。そうであるからこそ、そうした貧困地域から都市に出てきた農民工の「市民化」をいかに進めるかが重要課題となってきた。2019年全人代での政府工作(活動)報告は、18年農村の貧困人口が1386万人減少したとし、19年もさらに1000万人以上減少させることを重要任務の1つとして掲げている。
中国は一般的な国際基準より低い独自の貧困基準を設定している。年純収入が2011年不変価格で2300人民元、16年時点では3000人民元だ注1。
注1 1米ドル=6.8人民元で計算すると、中国の貧困基準は1日当たり収入1.2米ドル。他方、世界銀行は2015年、貧困基準を1日当たり生活支出1.25米ドルから1.9米ドルに引き上げた。
これを基に国家統計局が発表している数値によると、貧困人口は改革開放が始まった1978年7.7億人だったが、18年末1660万人にまで減少した(基準は何度か引き上げられてきており、人数はその時々の基準に依る)。40年間で7.5億人、年平均1900万人弱の速度(過去5年間は年平均1400万人弱)で貧困人口が減少し、貧困発生率(貧困人口/総人口)も同期間、97.5%から1.2%にまで低下した。
19年さらに1000万人以上減少させるとの目標を達成すると、中国自身の貧困基準を前提にする限り、貧困はほぼ完全に解消される計算になる。そのためには、まさに今回の戸籍制限大幅緩和を通じて「市民化」が順調に進むことが必須だが、後述するように、全般的な人口増加のスピードが急速に鈍化し、また農村の土地改革が進む中で、そもそも都市に流入する農民工の増加も以前ほどではなくなりつつある。
国家統計局が4月発表した「2018年農民工監測調査報告」によると、18年農民工総数は2.88億人強、前年比184万人、0.6%増で、17年の481万人、1.7%増から大きく鈍化、伸び率が過去10年間で初めて1%を切った。少なくとも貧困解消という観点からは、今後、農村から都市への人口流入を通じて都市化をさらに進めていく状況ではなくなりつつある(『高成長によって貧困削減を実現した中国の成果とは?』)。
②地方省都間の競争激化
「重点任務」を受け、今後、地方都市で戸籍制限が撤廃ないし大幅緩和される一方、超大・特大都市ではなお厳しい戸籍制限が続く可能性が高いと見られている。しかし元来、都市化は全都市一律に進めるべきものではない。北京や上海などでは、すでに人口過剰で住宅価格高騰、環境汚染、交通渋滞などのいわゆる「大都市病」が発生している。北京や上海のみならず、広州や深圳でも戸籍取得要件は基本的には厳しくなる方向だという見方が多いのは、戸籍人数が現状すでに各市当局が必要(あるいは望ましい)と考える水準に達していると思われているためだろう。
他方で、中小都市には人材を吸引する力がない状況下、「各省の省都を中心とする新1線・2線級都市が都市化の面で黄金期を迎えつつあり、戸籍改革を通じ人材を誘致し、人口流入を促進していくことが、その省全体の経済発展に繋がる」「今回措置で最も大きく変わるのは人口300万~500万都市で、その多くは省都」との指摘が出ている(4月10日付経済参考報、4月9日付中国寧波網)。今後、大都市と中小都市の2極化に加え、こうした省都クラスの都市間での人材誘致競争が注目されてくることになろう。
③人口流出都市への対応が課題に
「重点任務」は政府文書としては初めて「収縮型中小城市」との概念を提起し、そうした都市は都市化を進める過程で、これまでのような単に規模を大きくしていくという惰性的な発想を転換し、「痩せてはいるが強靭な身体を目指す」必要があるとした。これまでは人口が流出しても出生人口でカバーされていたが、近年、出生人口の減少傾向が顕著になる中で(全国ベースで2016年1786万人、17年1723万人、18年1523万人)、人口が増加する都市があるということは、その反面で人口が減少する都市が出てくることを意味している。
収縮型都市の具体的定義はなく、「重点任務」もその都市リストを提示していないが、アカデミクスは以前から一定の仮定の下で収縮型都市の実態に注目してきた。古くは上海財経大学区域経済センターが第5次(2000年)と第6次(2010年)の人口普査(センサス)を基に337の地級・副省級行政単位(省クラスと県クラスの中間、一部省都も含まれる)を分析し、26.71%の都市が人口減少を抱える収縮型都市で、甘粛、貴州、重慶、湖北、安徽、福建、江蘇、遼寧、黒龍江北部、内蒙古の北部と中部、四川東部を含む東北部、長江経済地帯に集中していると結論付けた。
住建部「2017年城郷建設統計年鑑」を基にした最近の調査では、全国661都市のうち17年常住人口が14年比減少した都市は127、うち毎年継続的に減少している都市が23、その内訳は東北部17(遼寧、吉林が各5、黒龍江7)、東部2、中部1、西部3で、大半は資源依存型都市、また10都市では人口密度低下率が人口流出の速度以上に大きく、人口減少にもかかわらず、なお都市用地が拡大しているという誤った資源配分が発生している(5月21日付21世紀経済報道)。
2018年人口変動状況を31省市区政府の統計で見ると(したがって、北京等直轄市は周辺農村も含む人口)、統計の信頼性に疑問が残るものの、北京、黒龍江、吉林、遼寧が各々17万人、16万人、13万人、10万人減少しており、東北部の人口減少傾向が続いている(図表1)。
収縮型都市は大都市周辺でいわゆるストロー(虹吸)効果の影響を受けている都市、産業構造転換に失敗している都市、そもそも地理的に辺境に位置している都市などが多い注2。
注2 首都経済貿易大学は2007~16年の間、3年以上連続して人口減少した80都市を分析し、これらを構造的リスク型、大都市周辺型、発展欠乏型、辺境型、数量調整型の5つに区分。如是金融研究院は294の地級市を対象に調査、うち26都市が2015から3年連続して人口減少したとし(黒龍江8市、吉林7市、遼寧6市と大半が東北部都市)、これらを資源枯渇型、産業変遷型、地理的辺境型、大都市周辺ストロー効果型の4つに分類(4月30日付界面新聞他)。
これに対し人口増加が著しい非収縮型都市は長江デルタ、珠江デルタ、京津冀(北京、天津、河北)、及び中部の一部地域に集中している。収縮型都市は非収縮型都市に比べ、①拡張的財政政策と人口減少の間に矛盾が生じ財政収支が悪化、②第2次産業(製造業)と第3次産業(サービス業)の比率が低い、③教育水準や賃金水準が低く、高齢化が進展しているなど、財政、産業構造、社会のいずれの面でも問題を抱えている。
最近の各種機関の中国人口予測を見ると、2025年前後にピークを迎え、その後減少するとの見方で概ね一致しており注3、非収縮型都市への対応を真剣に考える段階に来ている。
注3 人口がピークを迎える時期について、中国国務院傘下の社会科学院人口労働経済研究所は2028年(14.42億人)と予測(1月発表の人口労働緑書)。また、南京大学社会学院は2025年(4月27日付人口与未来)、世界各国の人口動態予測をしているGlobal DemographicsがシンクタンクComplete Intelligenceと共同で行った最近の予測では2023年と予測(5月2日付ロイター香港)。
具体的には、①「重点任務」も指摘しているように、「都市の規模は大きくならなければならない、あるいは、なっていくことが必然」という発想を転換すること、②人口流出が生じている社会経済要因を分析すること、③「重点任務」の中でも、都市化の発展パターンを高度化する形態の1つとして、「特色を持つ小鎮の秩序ある発展を支持」すると再度言及された「中国特色小鎮」注4の問題点を改めて点検した上で、かかるイニシアチブをさらに検討していくこと、④すでに都市の収縮、過疎化の問題を抱える諸外国の経験を研究することが有効だろう。
注4 2016年7月、住建部、発改委、財政部が共同で提唱。20年までに全国に約1000、観光、商業、製造、教育、伝統文化などの面で、各地域の特色を生かした小規模城鎮建設を推進する政策。住建部によると、18年2月時点、すでに国家級試験地が403、地方省政府級が2000を超え、大半は官民パートナーシップによるもの。マクロ経済面でも、経済の下押し圧力が強まる中で、新たな投資機会として期待されている(2月22日付中国企業報)。ただ、特色ある産業が育成されず、開発のため政府債務が累積し不動産企業が過度に参入するだけになっている場合が多く(社会科学院旅遊緑皮書2018-19年)、発改委は5月、427の‘問題小鎮’を淘汰・整理改革したと発表している(5月17日付各誌)。
分かれる住宅市場への影響評価
④不動産市場への影響
「重点任務」が発表された後の人々の大きな関心の1つは不動産市場への影響だ。不動産市場を規定する要因は短期的に金融(レバレッジ)、中期的に土地(供給側要因)、長期的には人口(需要側要因)と言われる(中国不動産企業である恒大集団の主任エコノミスト)。
一般的に、戸籍制限緩和で人口流入が促進され住宅への需要が増加するが、それに加え、多くの都市で住宅価格の高騰を抑えるために実施している住宅購入抑制策は、都市戸籍を持たない者が住宅購入する際に、少なくとも6~60カ月間(都市によって異なる)社会保険料または所得税を納めている証明書を提出することなどの要件を課している。このため、戸籍制限緩和で都市部住宅への実需が増加するとともに、潜在需要が顕在化することで住宅価格に上昇圧力がかかる。
実際、すでに西安、杭州、石家庄など戸籍制限を大幅に緩和している都市ほど住宅価格の上昇が著しいという傾向がある。例えば、西安は2017年から最も戸籍制限を積極的に緩和してきた都市として有名だが、同市の常住人口は2011~16年、年平均4.6万人程度の増加だったが、17、18年の2年間で100万人以上増加(図表2)、また住宅価格は17年2月から19年6月にかけ40%上昇しており、同期間の百都市価格平均上昇率13%を大きく上回る。杭州、石家庄も同期間22~23%の上昇だ(中国指数研究院百都市価格指数統計)。
発改委が「重点任務」発表後、わざわざ「都市戸籍取得制限緩和は不動産市場に対する管理調整を緩めることを意味しない」と発言しているのは(5月6日付中国新聞網)、裏を返せば、住宅価格に大きな影響があり得ることを発改委も気にしているということだろう。
他方で、農村の土地制度改革が進んでおり、農村での土地に対する権利を放棄してまで都市に出て戸籍を取得したいと考える農民は減少傾向にあるため、不動産市場に与える刺激効果を過大評価すべきでないとの見方もある(4月10日付新京報)。
実際、上述の通り、農村から都市に流入する農民工の勢いはここへ来て急速に鈍化している。2019年1号文件は例年同様、農村土地改革に言及、これをさらに深化させるとし、その後5月、中共中央・国務院は「都市部と農村部の融合的な発展体制メカニズムと政策体系の健全化と構築に関する意見」と題する包括的な文書を公表し、農村土地改革の最重要部分と位置付けられている「三権分置」を改善・完了させるなどを改めて表明した注5(なお、この「意見」の中では、戸籍について「特別に超大な都市以外の戸籍を開放・緩和する」とだけ記述されている)。
注5 「1号文件」、「三権分置」等農村土地改革については主要関連拙稿「中国の都市化と土地改革の行方」(外国為替貿易研究会「国際金融」No.1309、2018年6月)18~20ページ参照。
農業農村部は別途、15年以来3回にわたり計3省、50地級市、279県を国家級試点として土地改革を進め、1回目、2回目の試点となった129県の改革は完了したとし、さらに19年、10省、地級市や県の一部に試点を拡大、地方政府にも自主的に試点を拡大するよう奨励し、県級単位の80%を試点範囲にすることを目指すことを発表している(『錯綜する土地関連改革・・・中国「都市化」政策の行方は?』)。
⑤経済と政治の矛盾表面化か
中国内でも、民主派と目される法律専門家からは、そもそも中国公民である以上、憲法上、中国全土どこでも自由に移動・就業し戸籍登記をする自由が保証されているはずであり、1976年に中国国務院・公安部が発出した戸籍制限は憲法違反で、「重点任務」による大幅緩和は小さな一歩にすぎず、憲法違反状態には変わりないとの指摘がある(4月8日付自由亜洲電台)。
しかし、憲法も中国共産党が策定したもので、憲法の上に党があるのは当然という中国指導部の意識からすると、こうした状態はなんら不思議ではない。その是非は別にして、これまでは農民工を「市民化」するために戸籍制限を緩和するという経済政策の方向が、結果的にこうした政治的主張を抑える役割を果たしてきたが、今後、超大・特大都市の戸籍制限は人口流入を抑え、大都市病を是正するため、むしろ維持ないし強化することが経済的には有効となってくる可能性が高い。
その場合、経済政策としての有効性を追求すると、政治面での緊張を高めるという矛盾が表面化してくるおそれがある。
さらに、「重点任務」発表とほぼ同時、中共共青団中央が「農村振興と青年の貢献行動推進に関する意見」を発表し、「2022年までに1千万人を超える学生を農村に送り込む‘三下郷’を志願形式で組織し、農村文化、科技、衛生3分野の建設に参画させる」ことを提唱したことが注目されている。志願形式と言っているが、実際は強制(強迫)になるとの声も多く(4月12日付BBC中文)、都市部の知識青年層を農村に送り込み経験を積ませるという文革時代の‘上山下郷’‘下放’を想起させる政策が、何故このタイミングで突然発表されたのか? 都市化政策とは政策の趣旨が全く別のところにあるということだろうが、経済効果という点では、‘三下郷’は農村から都市への人口流入促進を図る政策と反対方向だ。
都市化推進、「重点任務」は李首相率いる発改委所管、共青団は党理論や党組織を担当する王滬寧政治局常務委員所管で、王常務委員は江沢民、胡錦濤、習近平3代にわたって国家主席を理論面で支えた「3代国師」と称され、中でも最初に自分を登用した江沢民元主席への忠誠が強いと言われている(5月26日付看中国)。
深読みすれば、都市化推進や「重点任務」の実施も、米中貿易戦争の関係で激化していると言われる指導部内の路線対立から何らかの影響を受ける恐れがある。