少子高齢化による人材不足、経営環境の変化など様々な問題の影響により、会社の事業承継で頭を抱える経営者が増えています。一方、事業承継の方法として年々増加傾向にあるのが、M&Aです。本連載では、事業承継を控える経営者に向けて、M&Aの基本を紹介していきます。

7割近い企業が「後継者問題」を抱えている

帝国データバンクが2018年に実施した「後継者問題に関する企業の実態調査」によると、日本企業の後継者不在率は、なんと全体の66.4%も占めており、7割近い企業には後継者がいないという深刻な状態になっています。そこで事業承継の方法を紹介していきます。まず、日本における事業承継の現況について把握しておきましょう。

 

(1)経営者が若いほど後継者がいない

調査によると、2016年10月〜2018年10月の間で詳細な実態が判明した約27万6000社のうち、66.4%にあたる約18万社の会社は後継者がいない状況でした。経営者の年齢が若ければ若いほど、後継者不在率が高く、事業承継に対して意識をしている年齢層によって異なることがわかります。

 

[図表1]社長年代別 後継者不在率(出所:帝国データバンク「全国後継者不在企業動向調査」2018年)
[図表1]社長年代別 後継者不在率(出所:帝国データバンク「全国後継者不在企業動向調査」2018年)

 

(2)後継者がいないことによって倒産する会社も多い

後継者がいない、後継者となる社長の育成がうまくいかず、経営破たんした会社も多いことが分かります。

 

[図表2]後継者難倒産の推移(出所:帝国データバンク「全国後継者不在企業動向調査」2018年)
[図表2]後継者難倒産の推移(出所:帝国データバンク「全国後継者不在企業動向調査」2018年)

 

日本政策金融公庫の「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」によると、経営者が70歳以上の会社で廃業予定企業は「56%」も占めています。なお、廃業を検討されている企業の規模は「1〜4人」と「個人企業」が多いことが分かります。

 

[図表3]中小企業の事業承継の実態(出所:日本政策金融公庫の「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」2016年)
[図表3]中小企業の事業承継の実態(出所:日本政策金融公庫「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」2016年)

 

また、廃業予定企業は、金融機関からの借入残高が無いと回答した割合が高いことがわかります。

 

[図表4]中小企業の金融機関からの借入れ残高の有無(出所:日本政策金融公庫「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」2016年)
[図表4]中小企業の金融機関からの借入れ残高の有無(出所:日本政策金融公庫「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」2016年)

 

(3)後継者は身内から非同族が増えている

経営者の年齢が高ければ高いほど、子どもによる承継が多いですが、全国の平均データで見ると、M&Aなど「非同族」の割合がどんどん増えていることがわかります。つまり近年、自分の子どもや親族に会社を継いでもらうより、経営経験や現場経験が豊富な方を「内部昇格」、もしくは「外部招聘」して、後継者にするという選択をした会社が増えました。

 

[図表5]社長の年齢別 後継者候補の属性(出所:帝国データバンク「全国後継者不在企業動向調査」2018年)
[図表5]社長の年齢別 後継者候補の属性(出所:帝国データバンク「全国後継者不在企業動向調査」2018年)

 

[図表6]就任経緯別 後継者候補の属性(出所:帝国データバンク「全国後継者不在企業動向調査」2018年)
[図表6]就任経緯別 後継者候補の属性(出所:帝国データバンク「全国後継者不在企業動向調査」2018年)

承継先は「親族」か「社員」か「外部」か

続いて、具体的に事業承継する選択肢を紹介していきます。

 

(1)子どもなど「親族」に承継してもらう

事業承継する際に、やはり最も多いのは子どもなどの親族に承継してもらいたいと考えている経営者が多いです。親族に事業承継してもらう時に、以下のような課題が挙げられます。これらの課題を認識し、将来性のある事業を後継者と一緒に作っていくことが大切といえます。

 

[課題1]子どもが親の事業に興味がない

まず1つ目の課題として挙げられるのは、子どもが親の事業に興味がないことです。親がメディアの会社を経営しているのに、金融業界に行った子どもに継がせるのはなかなか難しいでしょう。

 

[課題2]子どもに経営の素質がない

親の経営力を引き継げたらいいのですが、子どもにはまったく会社経営の素質がないということもあります。その場合、がんばって育てた会社を無理やり子どもに引き継がせるのは、非常に酷な話になります。

 

[課題3]事業が古い

人口減少など様々な問題により、業界の再編が止まりません。数十年前に栄えていた事業のなかには、現在、事業の先行きが不透明で、子どもにこのまま継がせるのが難しい場合もあります。

 

[課題4]創業社長のカリスマ性に勝てない

創業社長のカリスマ性でやってきた会社が、継承してマネジメント経営に切り替えるのはなかなかハードルが高いです。

 

(2)社員(MBO)により承継してもらう

2つ目の選択肢として、社員に会社を承継してもらうケースです。実績は少ないですが、徐々に増えてきています。

 

会社の経営幹部が会社を承継する場合、マネジメント・バイアウト(MBO)といいます。MBOによる事業承継してもらうには、下記のような課題が挙げられます。

 

[課題1]株を買収する資金が多額である

会計事務所などで算出した自社の株評価額は「相続税評価額」となっていて、時価より安く算出されるケースが多くあります。一方、MBOにより会社の株を買い取る場合、取引価額はお互いの合意のもと形成された「時価」によるため、「相続税評価額」より高くなることがあります。

 

一般的には、社員15〜20名の会社の株は、2〜3億円になるのが多く、100〜200名の中堅企業となれば、株価は5〜30億円にも金額が跳ね上がります。経営幹部とはいえ、億単位の買収金額を用意するのはなかなか難しいでしょう。

 

[課題2]連帯保証と担保ができない場合が多い

会社を買うとなると、今ある連帯保証と担保もすべて引き継ぐことになります。たとえM&A資金を用意できたとしても、今の会社に付いている保証と担保まで引き継ぐことができないケースが多いです。

 

上記の課題を解決するには、政府や金融機関からお金を集めて、非上場会社を引き継ぐ幹部社員をサポートする「PEファンド(プライベート・アクイティ・ファンド)」「事業承継ファンド」を活用することが一つの選択肢として挙げられます。

 

■PEファンド(プライベート・アクイティ・ファンド)とは

PEファンドは、メガバンク、政府系金融機関、大手商社などが、ファンド会社を作りたいメンバーと一緒に、ファンド管理会社(GP会社)を設立することです。PEファンドを利用する場合、大きく下記の流れになります。

 

・オーナー社長がファンドに対して、利用する旨の明確な意思表示をする

・ファンドがオーナー社長から株を買い取る

・株主になったファンドが幹部社員を社長に任命する

 

ファンドを利用することによって、幹部社員はまったく資金を出すことなく、会社を引き継ぐことができます。また、ファンドは会社に足りない人材を派遣するなど、会社を成長させ、価値を高めていく役目もしてくれます。

 

■事業承継ファンドとは

事業承継ファンドの場合、ファンドの管理会社が事業承継のニーズがある地方銀行に声掛けして、出資してもらうことです。

 

(3)外部に承継してもらう

上記にも書きましたが、後継者がいても、事業の先行きに不安を感じている会社も多くいます。人口の減少、規制の緩和や強化など外的要因により、経営環境はめまぐるしく変化し、既存のやり方では適応していけなくなります。事業承継のタイミングは、M&Aを活用して新たな戦略を導入し、会社を成長させる絶好の機会ともいえます。

 

①5割以上の会社はM&Aを前向きに考えている

2019年2月19日、衆議院調査局経済産業調査室が全国2万社を対象とした、「最近の企業動向等に関する実態調査」のデータによると、事業承継においてM&Aに対して前向きな姿勢を見せいています。  

 

・事業承継対策として有効な手段:33.6%

・成長戦略(市場シェア拡大や新事業進出等)として有効な手段:28.0%

・経営基盤の強化策(人材・技術・設備等の獲得等)として有効な手段:22.2%

 

[図表7]M&Aの考え方(出所:衆議院調査局経済産業調査室「最近の企業動向等に関する実態調査」)
[図表7]M&Aの考え方(出所:衆議院調査局経済産業調査室「最近の企業動向等に関する実態調査」)

 

また、中小企業庁の「中小企業白書・小規模企業白書概要」(2018年版)の調査では、事業承継を背景に実際にM&Aを実施した企業の生産性は高いというデータも出ています。

 

[図表8]M&A実施企業と非実施企業の生産性の比較(出所:中小企業庁の「中小企業白書・小規模企業白書概要」2018年版)
[図表8]M&A実施企業と非実施企業の生産性の比較(出所:中小企業庁の「中小企業白書・小規模企業白書概要」2018年版)

 

②M&Aを活用した2つの戦略

M&Aを活用するには、大きく下記2つの戦略が考えられます。

 

1.買収戦略

会社を買うという「買収戦略」です。新しく事業を立ち上げるより、既にある会社を買収することによって、すぐに新しい事業をスタートすることができます。また、シェアの拡大、新しいエリアの進出など業務を拡大することもできます。事業の基盤を固めてから、後継者に引き継ぐことも一つの選択肢です。

 

2.パートナー戦略

会社を拡大するには、パートナー戦略として「誰と組むか」を選ぶことが大切です。

 

大手の傘下になる

買収するには資金が必要ですが、大手の傘下になるのは、自分の会社を売ることになります。大手会社の傘下になれば、優秀な人材、豊富な資金、会社の信用力、販売ネットワークの拡大など様々なメリットが生まれ、相乗効果を最大化に活用することができます。

 

ファンドと組む

ファンドに株の一部を持ってもらうという選択肢もあります。ファンドと組むことに、以下のメリットが挙げられます。

 

・ファンド自身が事業を行うわけではないため、事業の独立性を維持できる

・ファンドに経営のプロが多いため、経営戦略や財務など的確なアドバイスをもらうことができる

・ファンドのネットワークが広いため、事業の拡大を繋がりやすい

・優秀な人材を派遣してもらえる

 

こういう場合は、「PEファンド」、「ベンチャーファンド」、「再生ファンド」、「アクティビストファンド」を利用されるといいでしょう。

 

(4)廃業する

廃業予定企業は「56%」も占めているというデータが出ています。後継者を探すという手間をかけるなら、会社を廃業すれば楽と考えている方も多いようですが、実は廃業はそう簡単にできず、廃業の前に自己破産に追い込まれた方も少なくありません。

 

最も大きな問題は「借入れの返済」です。資産が潤沢であれば、借入を問題なく返済できますが、多くの会社は保有する資産で借入の完済ができないのです。つまり、逆にいえば廃業できる会社はいい会社ともいえます。

 

■事業承継促進のための税制措置

事業承継促進のため、平成27年度に相続税、贈与税の猶予制度が実施されました。こちらの税制措置の対象としては、経済産業大臣の認定を受けた非上場会社の株式などを相続、または贈与により後継者が取得場合になります。猶予制度の詳細は下記となっています。

 

[図表9]相続税、贈与税の猶予制度(出所:経営承継円滑化法申請マニュアル「相続税、贈与税の納税猶予制度の特例」2018年)
[図表9]相続税、贈与税の猶予制度(出所:経営承継円滑化法申請マニュアル「相続税、贈与税の納税猶予制度の特例」2018年)

 

 まとめ 

承継に後継者がいないなど深刻な問題を抱えている会社は多いですが、後継者は身内だけではありません。ぜひ、会社の将来性を考えて、最もいい事業承継の方法を選択するようにしましょう。

本連載は、株式会社エワルエージェントが運営するウェブサイト「M&A INFO」の記事を転載・再編集したものです。今回の転載記事はこちら

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