従業員、取引先、金融機関との良好な関係性を保つ
事業承継の後継者には、経営者としての資質や能力のほか、経営を引き継ぐ決意や覚悟が求められます。また、後継者以外の親族の意向、現経営者の個人財産の状況等など財産承継の観点も考慮したうえで、事業承継の方針を設定する必要があります。
また、後継者としての経営ビジョン、経営管理能力など、事業承継を行う前に、後継者が自ら考え、確立させておかなければなりません。リーダーシップを発揮できるように、従業員との人間関係も築いておかなければいけません。具体的に求められる能力を列挙しますと、次のようなものがあります。
第一に、従業員に対するリーダーシップを発揮できることです。経営者は、従業員の意欲向上を図り、動機づけを行うため、強いリーダーシップを発揮する必要があります。経営者交代によって従業員の間に生じる不安は、「自分の生活が維持できるのか」、「新しい経営者の経営手腕はどうか」、「上司としての人間性はどうか」等、多岐にわたります。これらの不安を早期に解消するためには、後継者の強いリーダーシップが要求されます。そのためには、後継者が企業経営に対する熱意と将来を展望できる経営戦略を持ち、将来にわたって従業員の生活を安定させられることを明示しなければなりません。
第二に、取引先との関係を良好に維持する能力です。後継者に対して従業員が感じる不安と同じものを取引先も感じるはずです。後継者はこの点を認識し、事業承継を行う前における取引の状況をよく理解して、良好な取引関係を継続させることが重要です。そのための営業計画や、人間関係を作る社交性が必要になるでしょう。特に、重要な取引先に対しては、後継者候補となる子供が出向して数年間修行させてもらうことも有効な手段となるでしょう。
第三に、金融機関との関係を良好に維持する能力を持っていることです。事業の継続、発展のためには、資金繰りや設備資金の調達が必要となります。長期的な成長を図るためには、金融機関との良好な関係が不可欠です。そのためにも、経営承継を成功させなければいけません。後継者は、その業界での経験等が求められることに加え、金融機関とのコミュニケーション(財務に関する情報開示)や担当者との人間関係作りに尽力しなければなりません。
経営理念、経営ノウハウ、経営管理体制の整備
中小企業では、一般的に経営者が強いカリスマ性を持ち、強いリーダーシップを発揮して経営を行っています。したがって、後継者がこのような状態の企業経営を引き継ぐには、以下のような心構えを持っておく必要があります。
第一に、自ら新しい経営理念を確立することです。これは、現経営者の経営に対する想いや価値観・信条といった経営理念を、後継者がストレートに受け継ぐだけでなく、今後の経営に対する自らの価値観を反映させた新しい経常理念を創り上げる必要があるということです。株式承継によって事業用資産などの有形の経営資源を後継者が引き継いだとしても、経営理念や経営戦略といった経営者に帰属する無形の経営資源を維持することができなければ、真の意味での事業承継とはなりません。現経営者が持っている自社の経営理念を明確にしたうえで、後継者がそれに自らの価値観を付加し、今後の時代を乗り切るための無形の経営資源として確立しなければならないのです。
第二に、現経営者の経営ノウハウを承継することです。中小企業の経営者は、強力なリーダーシップを発揮しながら自社の経営管理を行うとともに、さまざまな利害関係者(従業員、取引先等)と人間関係を有する営業マンです。後継者は、経営者として必要な業務知識や経験、人脈、リーダーシップなどの能力、 経営ノウハウを習得することが求められます。それゆえ、早い時期の後継者教育を通じて、現経営者の経営ノウハウを後継者が承継しなければなりません。
第三に、自社の経営管理体制を整備することです。現経営者の引退の時期においては、現経営者を補佐する幹部社員や古参従業員も高齢化しており、定年退職の時期が近づいているはずです。それゆえ、次世代を通じて経営者を補佐する将来の幹部社員・従業員候補を選抜し、役員や従業員の世代交代を準備しなければいけません。これを後継者が主体となって進めることが必要です。
岸田康雄
島津会計税理士法人東京事務所長
事業承継コンサルティング株式会社代表取締役 国際公認投資アナリスト/公認会計士/税理士/中小企業診断士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士