米中貿易戦争激化の懸念を背景に株安が連鎖するなど、両国の対立が日本を含む周辺国のみならず世界市場に与える影響は極めて大きくなっている。今後どのような事態が起こりうるのであろうか。本連載では、金融情報全般を扱う大手情報配信会社、株式会社フィスコ監修の『FISCO 株・企業報 Vol.7 今、この株を買おう』(実業之日本社)の中から一部を抜粋し、世界経済におけるプレゼンスを高めようとする中国の思惑を、その歴史と精神性を踏まえながら考察する。

AIIBをもっとも利用している「インド」の思惑

AIIB(アジアインフラ投資銀行)加盟国数は、原加盟57カ国から、2019年2月末現在、すでに93カ国・地域に増加しており、67カ国・地域加盟のADB(アジア開発銀行)を超えている。払込資本金は、AIIB960億ドルに対し、ADB1650億ドル。AIIBを通じて実行されたプロジェクトは、規模、数とも多くはない。

 

[図表1]AIIBの参加国(2019年2月末現在)

 

一帯一路の会合などに不参加のインドがAIIBを最も利用しているが、これは中国に協調しているのではなく、透明性を高めざるを得ないAIIBの資金を有効に利用しようとしているとされる。中国はAIIBで世界を巻き込み、行き詰まった経済を立て直すため、他人のお金を自国の有利なように使う腹だろうが、出資する金額はわずかで、他国は中国のお金で、開発が舞い込んでくるのであれば出資しておこうという計算が見てとれる。

 

最大出資国の中国はAIIBの資金を自国へも融資しているが、米シンクタンク・ブルッキングス研究所のデイビット・ドラー博士は、60カ国(2019年1月現在、93カ国)近くの多様な国が加盟しており、中国が他の加盟国を排除して自国の友好国に有利な資金提供をするためにAIIBを使うことは難しくなるだろうと主張している(AIIBが一帯一路案件に融資したのは、わずか17億ドルに過ぎない)。また、AIIBは、世界経済のリバランスを実現するのに十分な融資も実行できていない。

 

[図表2]AIIBによる国別の融資件数と融資額(2016年~2017年)

 

出所:https://www.forbes.com/sites/salvatorebabones/2018/01/16/chinas-aiib-expected-to-lend-10-15b-a-year-but-has-only-managed-4-4b-in-2-years/#245b52c937f1、AIIBウェブサイト
[図表3]32018年のAIIBの主な融資プロジェクト
出所:https://www.forbes.com/sites/salvatorebabones/2018/01/16/chinas-aiib-expected-to-lend-10-15b-a-year-but-has-only-managed-4-4b-in-2-years/#245b52c937f1、AIIBウェブサイト

 

さらに、中国が投融資先として期待する一帯一路は、潜在的規模としても中国の過剰生産解消には不適合であり、そこへの融資は中国金融機関の不良債権を増加させうる。特に人民元が国際化され、国内金融機関が中国主導の開発銀行のために資金提供した場合、中国の国内金融セクターの改革が促される可能性がある。

 

2017年のレポートでムーディーズのアナリストは、中国の政策銀行から実行リスクの高い国への巨額融資は、銀行の資産浸食を招き、偶発債務を増加させると述べている。また、将来の中国経済の減速と、それにともなう経済のリバランスの試みが、中国への主要な輸出品が一次産品や天然資源である一帯一路関係国に複合的効果をもたらしうると警告している。

 

一帯一路のプロジェクトが失敗した場合、中国が数千億ドルの不良債権を負うリスクがある。しかし、中国は国営企業を破たんさせないとしているので、不良債権を抱えた銀行を維持するためのソフトな予算制約を負うことになる。さらに、一帯一路を推し進めると、そのための資金として外貨が流出することも懸念材料とされている。

中国の国内政策は「独裁維持」のため⁉

中国は、共産党の一党独裁を維持するため、国内でも対策を強化している。反日デモを見てもわかるように、中国の国民は何かの際に暴徒化しやすい。大学生の就職難はさらに悪化するはずであり、社会的な閉塞感が中国版「アラブの春」を引き起こす可能性もある。

 

[図表4]反日デモ

 

中国ではそのような反発に備えるべく、至るところにカメラが設置されており、画像識別システムと連動している。犯罪の抑制につながるメリットもあるが、政府による人民への過度な監視につながっているという懸念は現実のものとなりつつある。

 

国民総背番号制によっても、個人のプライバシーは政府に握られている。大手インターネット企業も政府の息がかかっており、どのような家族構成で、どこで働いて、どれくらいの年収があり、どのような消費を行い、どのようなコミュニケーションを行っているかなどは把握されていると考えていい。

 

それを支えるテクノロジーについては投資に余念がない。

 

半導体を筆頭としたハイテク製品キー・パーツの70%の自給自足、量子暗号も絡めた宇宙戦略、それらを支える人材の層および質の向上(海外からの呼び戻し)などが複合的に内包されている「中国製造2025」では、科学および軍事分野において強さを発揮したソ連と同様、全体主義国家の強みを発揮することになるだろう。

 

[図表5]

 

半導体、宇宙開発など多額の資金を必要とする分野では、国家のサポートを欠かさない。極論すれば国家ぐるみでダンピングをしてライバルを追い出したあと、ゆっくりと敵国を料理することもできる。特に半導体では、日本はそのような中韓の戦略に敗れてきた。宇宙分野もソ連とアメリカの競合同様、中国とアメリカの競争激化も必至だろう。アメリカは宇宙で中国の先行を許すことで、同盟国の動揺の広がりを懸念することになる。

中国の経済成長の鈍化を呼び込む要因

国家的な数値合わせの感が否めないものの、現在、発表されている成長率のままであれば、2期目の習近平政権が終わる2023年には、中国がアメリカを追い越し、GDP世界一を達成することは可能だ。中華帝国の復活を引っ提げて、終身政権の礎にしたい習近平は、これは譲れないところだろう。

 

経済が好調であれば、少なくとも共産党による一党独裁体制は維持されることになるが、米中貿易戦争の激化が想定される状況において、このシナリオは可能性が高いとは言いがたい。

 

米中貿易戦争、覇権争いが激化するにつれ、中国はフリーライドによる経済成長が不可能になる。世界金融・経済へのアクセスが徐々に遮断され、元経済圏のみに閉じ込められ、経済的な鎖国を余儀なくされる可能性はある。経済成長の鈍化はさらなる統制の強化につながり、それはイノベーションの阻害につながるだろう。

 

また、人口問題も無視できない。「世界人口予測2015年版」によれば、中国の生産年齢人口は2015年がピークであった可能性が指摘されている。人口学者によれば、中国の人口のピークは2035年。2028年には高齢化社会に突入する。ちなみに、日本の生産年齢人口のピークは1995年、人口のピークは2008年、高齢化社会入りは1995年である。

 

日本でも「ゆとり世代」はきつい仕事を担うことができず、後継者不足が著しいという状況が観測されている(そもそも人が少ないという事情もある)。中国でも一人っ子政策で甘やかされて育ったがゆえに、工場勤めのブルーカラー人口は急減しており、ホワイトカラーよりもブルーカラーの給与が高いという逆転現象が起きている。

 

しかも習近平政権が2010年比で2020年の所得を2倍にする公約を掲げており、年率10%以上の最低賃金上昇が既定路線になっている。これが企業のチャイナプラスワンを誘発し、中所得国の罠に陥る要因になっている。このままだと先進国に到達できないまま高齢化社会を迎える。これを阻止するためには、移民の受け入れによる労働力の確保や人件費の抑制、もしくは生産性の向上しかない。

 

生産性の向上で重要な役割を果たしている地域は深圳だが、人材も含めた技術移転の動きを封じられれば、これまでのようなキャッチアップ経済のようには簡単にイノベーションを起こせなくなる。

アメリカによる中国の成長余力を削ぐための4つの施策

米中覇権争いの根源を断つには、民主的かつ西側世界のルールに則った中国(アメリカにとって脅威でない中国)が成立することが必要なのだろうが、共産党の一党独裁体制の崩壊は、バブル崩壊、内戦状態などが起こらなければ実現しないだろう。

 

成長が難しいとなると、一帯一路などで外に活路を見出すか、これまで同様に借金による投資漬けを続けるしかない。先進国に追いつけ追い越せというキャッチアップ経済であれば、巨額投資も意味をなすが、経済合理性を欠いた巨額投資でGDPをかさ上げする行為は不良債権を増加させるだけだ。

 

また、中国の力の拡大を阻止するため、アメリカはさまざまな方法を用いて、中国の成長余力を削いでいる。

 

具体的には以下の4つだ。

 

・金利の引き上げ

・対中輸入関税の引き上げ

・必需品の対中輸出引き締め

・政治的な対中強硬策

 

「金利の引き上げ」については、アメリカの金利引き上げで金利差が拡大し、人民元安による資産逃避から外貨準備減少に至るというルートをたどる。中国の対応策としては、為替介入や資本流出規制が考えられるが、国内マネーサプライの引き締めにともなって景気に悪影響を与えるほか、外貨準備の減少にもつながる。元安を容認する一方、アメリカのみならず西側諸国との貿易戦争が勃発していた場合、ドル高によるアメリカ優位の構図が鮮明化することに加え、中国は輸入価格の上昇によるインフレに苦しむことになる。

 

「対中輸入関税の引き上げ」では、米中貿易戦争により対中関税が軒並み引き上げられると、対米輸出価格が上昇し、中国にとっての最大輸出先の需要が減少、貿易黒字が縮小、外貨準備の減少につながる。

 

「必需品の対中輸出引き締め」では、最大の輸入先でもあるアメリカが輸出を引き締めると、輸入品価格の上昇やそれを原材料とする製造コストが増加し、インフレを加速させ、同時に貿易黒字の減少につながる。また、中国政府はこれに対応するため、食糧自給率の維持や社会保障などの財政支出を増大させる必要に迫られる。

 

「政治的な対中強硬策」では、アメリカが対中強硬策を継続すると、東アジアの地政学リスクが増大する結果、経済的に親米諸国の対中強硬化による経済関係の冷え込みと国内経済の停滞、政治的に対抗するための防衛費増加や国内政争による内政不安も想定される。

 

外貨準備よりも対外債務が多い点にも注意しておく必要がある。一度崩壊の兆しが見られると資金流出が流出を呼ぶだろう。

「エネルギーや食糧」の自給率にも不安を抱えるが…

現状、中国は厳しい為替管理を行っている。2016年には外貨流入の80%しか海外に送金できないという厳しい外貨管理が徹底された。過剰債務、不良債権、資金流出問題に対して、現段階ではコントロールできている。ただし、国際金融のトリレンマにより、外貨管理が金融政策の縛りとなって国内景気をさらに悪化させ、国内の過剰債務がデッド・デフレーションにつながり、経済成長率が長期に渡って低迷する可能性もあるだろう。

 

また、急成長の裏側で、中国はエネルギーや食糧の自給率にも不安を抱えるようになってきている。

 

アメリカの石油輸入依存度低め/中東依存度低めの戦略的エネルギー調達に比べて、中国はエネルギー市況に対する経済の敏感性・脆弱性が高い状況にある。

 

もともと石炭によるエネルギー構成比が高く、石油の比率が低いのが中国の特徴だが、中国の石油輸入量はアメリカを抜いて世界最大である。南米/ロシア/中央アジアへ調達の軸足を変化させつつあるが、依然として中東依存が50%もある。また、食糧においても中国は大豆の自給率が低く、安定調達の懸念が存在する。経済成長に伴う需要増を加味すると、中国の安定調達はさらに危うくなる可能性もある。一方、アメリカは〝食糧は自国のパワー行使/国益実現のための武器〟という戦略的な考えのもと、戦後圧倒的な農業生産力を保持している。

 

経済成長よりも、治安維持も含めた国防費がはるかに速いスピードで膨張している点にも注目しておく必要があるだろう。ISIS崩壊後のウイグルの動きなども考慮すれば、国防費の圧縮はそう容易ではない。また、エネルギーの供給を引き続き中東に頼るとすれば、シーレーンの防衛も課題になってこよう。アメリカと本気で対抗しようと思えば、空母で10隻は必要になる。空母1隻(防御態勢含む)に建造費、維持費など2〜3兆円はかかるとされている。さらに、アメリカは世界各地に基地を展開しており、それに対抗するとなると、いくらかかるのかわからない。ロシアなど内陸部からのエネルギー調達が増えれば、その問題も解決に向かうのかもしれないが、現実的ではない。

 

アメリカとの真っ向勝負を推し進めようとするならば要注意だ。

 

中国がアメリカと相対するには、エネルギー、食糧、生産力、軍事力など国家安全保障の根幹にかかわる各項目での相対的な力関係が重要になる。しかし、エネルギー、食糧において不安が残るというのは既述のとおりだ。かつての大日本帝国、戦後日本が無理を重ねざるを得なかった状況を、中国も強いられることになるだろう。

中国が掲げる「100年マラソン」のシナリオとは?

今後の想定されるシナリオとしては次のようなものが考えられる。

 

・共産党による一党独裁の継続

・100年単位の世界帝国復興

・模倣経済からの脱却

・一帯一路の拡大

・共産党の独裁体制の維持、経済世界一

・バブル崩壊

・経済の長期低迷

・共産党独裁体制の崩壊

・民主主義到来

 

いずれのシナリオでも、地政学リスクは高まると想定される。

 

貿易戦争で中国の稼ぐ力が減退すれば、世界中で積極化させていた購入、投資姿勢はさらに後退する(資金流出対策として海外へ資金を移動することはすでに厳しく制限されている)。

 

共産党員の配置、企業データの強制的な提出など外資系企業に対する態度も横暴になってくる。こうしたことが続けば、中国進出を思いとどまる、もしくは脱出を図る外資系企業が増加する。中国は人件費の高騰が著しく、チャイナプラスワン(または中国撤退)を検討することも頷ける。

 

中国共産党革命100周年に当たる2049年までに、100年単位の世界帝国復興を果たし、模倣経済から脱却し、一帯一路の拡大、中国における共産党の独裁体制の維持、経済世界一を達成することで、過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取するというのが、中国が掲げる「100年マラソン」のシナリオだ。世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する過程において、今以上の覇権争いが起こるだろう。

 

バブルが崩壊して経済が長期低迷し、共産党独裁体制の崩壊、民主主義が到来しても、共産党の一党独裁体制を維持されても同様のことが勃発するかもしれない。

 

経済の低迷が共産党の崩壊ではなく、共産党の内部権力争いにつながれば、共産党の一党支配体制の崩壊が進むことになるだろう。

 

地方で軍閥が割拠して、内戦につながる可能性も否定できない。しかも、独裁者である習近平は「トラもハエも叩く」反腐敗運動への反動を恐れておちおち退任もできない。後継者の道筋がないことも、いざ後継者を決めるときの混乱を招くことになる。共産党の弱体化や崩壊というだけならまだしも、不幸にもアメリカとの戦争、内戦につながる恐れは捨てきれない。

 

中国が民主化して、地方分権型で脅威のない国家になれば、再び経済は拡大に転じようが、中国が民主化するとしたら、それほどの激動を経たあとしか考えがたい。

FISCO 株・企業報 Vol.7  今、この株を買おう

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株式会社フィスコ

実業之日本社

2018年以降、米中貿易戦争が顕在化している。 アメリカは中国へ制裁関税を課し、これに対して中国も報復関税を発動。対立する両国の未来はどのようになるのか、アメリカと中国との狭間で、日本はどのような立ち位置をとるべ…

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