本連載では、税理士法人ベリーベストの税理士・澤田涼氏が、経営者が抱え込みがちな事業継承の悩みやトラブルに対する具体的な解決方法を提案します。第2回は、深刻化する中小企業の事業承継問題に対処するため、時限的に創設された新しい「事業承継税制」の概略を分かりやすく解説します。

議決権株式の100%・納税額の「全額」が猶予の対象に

昨今、事業承継についての関心が非常に高まっています。経営者の高齢化や、後継者不足・承継コストの増大等により中小企業の廃業が相次ぎ、その数が減少しているためです。そのような事情もあり、事業の承継をより円滑に行えるよう要請が高まり、「事業承継税制」が大幅に緩和されました。

 

制度としては平成21年からありましたが、厳しい適用要件があり、あまり浸透しませんでした。繰り返し改正が行われてきたものの、実際の適用件数は平成29年度でも400件程度にとどまっていました。そこで、平成30年度税制改正により10年間の時限措置として新しい事業承継税制が創設され、平成30年度の申請件数は10倍(年間で約4000件)にまで増加しました。

 

この改正を経て、事業承継税制はより身近なものになりましたが、適用事例が少ないのは経営者や専門家にそれほど浸透しておらず、様子見している方が多いからなのではと思います。

 

1. 事業承継税制とは

簡単にいうと、生前に先代経営者から後継者に株式を贈与した場合の「贈与税」、もしくは、先代経営者に相続が発生した場合の株式にかかる「相続税」について、一定の要件を満たせばその税額を全額猶予し、さらに一定の要件を満たせばその猶予された税額が免除される制度です。

 

2. 猶予額・免除事由について

議決権株式の100%、納税額の「全額」が猶予の対象です。つまり、贈与税・相続税の税負担が「ゼロ」で事業を承継できるのです。猶予税額の免除については、税額に応じて次の通りとなっています。

 

①贈与税

贈与を受けた後継者(2代目)が、その株式を次の後継者(3代目)に事業承継税制の適用を受ける贈与をした場合、または、先代経営者(1代目)もしくは後継者(2代目)に相続が発生した場合等に、当初猶予を受けた贈与税について免除となります。

 

②相続税

上記①と同様に、後継者(2代目)が、相続により承継した株式を3代目に事業承継税制の適用を受ける贈与をした場合、または、先代経営者(1代目)もしくは後継者(2代目)に相続が発生した場合に、当初猶予を受けた相続税については免除となります。
  

このように、基本的には次の世代(2代目から3代目へ)も事業承継税制の適用を受け株式の承継をし、その株式にかかる税金の猶予と免除を繰り返すことが可能です。ただ、この規定はあくまでも税額の「猶予」です。将来どこかのタイミングで次世代への承継が途切れた場合には、猶予されていた税額をその時の経営者が支払わなくてはなりませんので注意が必要です。

 

3. 先代経営者(1代目)の要件

事業承継税制を適用する場合の先代経営者(1代目)の主な要件は、贈与税・相続税それぞれに応じて次の事項となります(ただし、複数人から贈与をする場合には、次の①Ⅳのみが要件となります)。

 

①贈与税

I. 贈与前において会社の代表権を有していたこと
II. 贈与前に、同族関係者を含めて議決権の50%超を保有していたこと
III. 同族内で筆頭株主であったこと(後継者を除いて)
IV. 贈与時において会社の代表権を有していないこと

 

②相続税

I. 相続開始前において会社の代表権を有していたこと
II. 相続開始前に、同族関係者を含めて議決権の50%超を保有していたこと
III. 同族内で筆頭株主であったこと

 

4. 後継者(2代目)の要件

事業承継税制を適用する場合の後継者(2代目)の主な要件は、贈与税・相続税それぞれに応じて次の事項となります。

 

①贈与税

I. 贈与時に代表権を有すること
II. 贈与時に同族関係者を含めて議決権の50%超を保有していること
III. 同族内で筆頭株主であること(後継者が1名の場合)
IV. 総議決権数の10%以上の議決権数を保有し、かつ、後継者と特別の関係がある者(他の後継者を除く)の中で最も多くの議決権数を保有することになること
(後継者が2人または3人の場合)
V. 贈与日まで、引き続き3年以上会社の役員であること
VI. 贈与日に20歳以上であること

 

②相続税

I. 相続開始日翌日から5カ月を経過する日に、会社の代表権を有していること
II. 相続開始時に同族関係者を含めて議決権の50%超を保有していること
III. 同族内で筆頭株主であること(後継者が1名の場合)
IV. その個人が有する株数の議決権が、総議決権数の10%以上の議決権数を保有し、かつ、後継者と特別の関係がある者(他の後継者を除く)の中で最も多くの議決権数を保有することになること(後継者が2人または3人の場合)
V. 相続開始直前に会社の役員であること(先代経営者が60歳未満で亡くなった場合を除く)

対象会社の要件、取消しとなるケースとは

5. 対象会社の要件

事業承継税制を適用が可能な会社の主な要件としては、次の事項が挙げられます。

 

①中小企業者に該当すること

経営承継円滑化法が規定する「中小企業者」に該当している必要があります。「中小企業者」とは業態(製造業・小売業等)に応じて、資本金または従業員数が一定の数値以下と規定されている会社です。

(例)卸売業:資本金1億円以下、または常時使用従業員数100人以下
社会保険に加入している従業員が1名以上、上場企業や風俗営業会社でないことも要件です。

 

②資産保有型会社に該当しないこと(事業実態があるものを除く)

資産保有型会社とは、納税猶予期間中の総資産に占める「特定資産」の割合が、帳簿価額ベースで70%以上の会社をいいます。

【計算式】
A+C/B+C≧70%

A:特定資産の帳簿価額の合計額
B:総資産の帳簿価額
C:配当金等(判定日以前5年以内に後継者や同族関係者が受けた配当や損金不算入になった給与等)

※特定資産とは、現金および預貯金、有価証券(一定の事業実態がある子会社株式を除く)、遊休不動産、賃貸不動産、非事業用のゴルフ会員権・絵画・貴金属等、後継者および同族関係者(外国会社を含む)に対する貸付金・未収入金等をいいます。

 

③資産運用型会社に該当しないこと(事業実態があるものを除く)

資産運用型会社とは、納税猶予期間中の事業年度末における総収入金額に占める「特定資産」の運用収入割合が75%以上の会社をいいます。

【計算式】
特定資産の運用収入の合計額/総収入金額≧75%

特定資産の運用収入:「特定資産」から生じる収入で、配当金、利子、利息、家賃、
特定資産である株式や不動産の譲渡価額をいいます。
総収入金額:売上高、営業外収益、特別利益の合計額をいいます。

 

④その他

上記の他、総収入金額(営業外収益等を除く本業の収益)がゼロ円を超えていること、拒否権付株式(黄金株)を発行している会社の場合には、後継者以外が保有していないこと等の要件もあります。

 

6. 納税猶予の取消し(打ち切り事由、取消し事由)

適用を受けた後に一定の事由に該当した場合には、税額の猶予が取消しとなり、猶予されていた納税額を原則として利子税とともに2カ月以内に支払わなければなりません。打ち切りとなる事由は多く規定されていますが、申告期限から5年以内の取消し事由として主なものとしては次の通りとなります(事由によって、全額が打ち切りとなるものと、一部が打ち切りとなるものがあります)。

 

①都道府県知事への報告を怠った場合、税務署に届出書を提出しなかった場合

②後継者が代表権を有しないこととなった場合

③後継者とその同族関係者の有する議決権の総数が全体の50%以下となった場合

④会社の株式等が非上場株式等に該当しなくなった場合

⑤会社が資産保有型会社、または資産運用型会社等に該当することとなった場合

⑥後継者が納税猶予対象株式の全部または一部を譲渡した場合

⑦主たる事業活動から生じる総収入金額(売上高)がゼロとなった場合

⑧会社が資本金の額または準備金の額を減少した場合(欠損填補のために資本金・準備金を減少する場合等を除く)

 

7. 届出関係

新しい事業承継税制の適用を受ける場合には、まず、認定経営革新等支援機関(商工会、商工会議所、金融機関、税理士等)が所見を記載した「特例承継計画」の確認を都道府県に受けることが必要となります。その上で、贈与日の翌年1月15日までに、または相続開始後8カ月以内に、都道府県知事に対して認定申請書を提出し、交付された認定書の写しとともに、申告期限までに贈与税申告書、または相続税申告書を提出し、納税猶予額に相当する担保を提供することで、納税猶予の適用を受けることができます(適用後も、税務署や都道府県に対して一定の報告書の提出が必要となります)。なお、実務上、担保は対象となる株式を提供するケースが多くなっています。

 

8. 期限

①適用期限 ※この期間内の贈与・相続について新しい事業承継税制の適用があります。

2018年1月1日~2027年12月31日

 

②特例承継計画の提出日

2018年4月1日~2023年3月31日

 

③認定申請書の提出期限

贈与税:贈与日の翌年1月15日
相続税:相続開始後8カ月以内

 

本記事ではあくまで概略の説明にとどめましたが、このほかにも細かな規定が多数あります。納税を場合によっては免除する制度だけに、複雑な手続き等を要する税制となっています。自社での適用を検討する場合には、専門家への相談をおすすめします。

 

今回の記事が、事業承継税制を理解するきっかけとなれば幸いです。

 

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