本連載では、税理士法人ベリーベストの税理士・澤田涼氏が、経営者が抱え込みがちな事業継承の悩みやトラブルに対する具体的な解決方法を提案します。第1回のテーマは「株式分散への対処法」。

株式の分散が事業承継の弊害となっている

非上場のさまざまな企業へ事業承継の提案をしていると、どの会社でも同じような悩みを持たれていることがわかります。

 

①株式(経営)を承継する人がいない

 

②株価が高いので承継コストが高く株式を移せない

 

③株式が分散しているので集約をしたい

 

いずれについても、相応の対策やアドバイスは可能ですが、この中で特に話が長期化するのが、③の株式の集約です。この場合、各当事者の置かれている状況や感情によって問題が複雑化しがちです。株式の保有は同時に会社に対する議決権を保有しているということでもあります。会社経営を円滑に行うためには、特別決議が可決できる程度(3分の2以上の議決権)には、経営者に株式(議決権)を集約する必要があります。

 

1. 株式分散の背景

 

平成2年の商法改正以前には、株式会社を設立する際に発起人の最低人数は7名とされていました。そのため、創業者だけでは当然人数が足りず、親族や知人にも発起人となってもらうケースが多く見受けられました。そのような背景もあり、単に名義を借りているだけという名義株式も実は非常に多いのです。名義変更の処理をせず、それぞれの株主に相続が発生すると株主はさらに増えてしまいます。

 

知人に持たせていた場合などで、代替わりをすればさらに複雑化します。連絡が取れないこともあるなど、所在が不明の株主からの集約は困難であり、事業承継の上では大きな障壁となるでしょう。

 

株式が分散するもうひとつの大きな要因としては、オーナーに発生した相続税負担の軽減が考えられます。純資産が厚く、利益も多く出ている会社の株式の価値は、当初出資した金額と比べ高騰しているケースもあります。さらに、非上場会社の株式は原則的に売却することができないため、換金性のない資産にもかかわらず、大きな相続税の負担が発生する可能性があります。非上場株式の評価にあたっては、同じ株式でも取得者の立場によって評価方法・評価額が変わるため、相続税の負担の軽減をねらい、遠い親戚や従業員等へと株式が分散されるのです。

 

2. すでに株式が分散しているケース

 

「先代から株式を承継し経営を引き継いだときには、すでに株式が分散していた」という現オーナーの方もいるかもしれません。その場合、株主の状況に応じて、次のような対応が考えられます。

 

①親族の株主

今後も会社の経営に関与していく方については、株式を保有したままで構いません。経営に関与しない方については、前述のような理由から、集約することが理想的です。この場合、「集約する側」の資金力や、株主の状況・意思に応じて、譲渡・贈与等の手法を検討します。譲渡の場合には、税務上の観点も踏まえ、双方納得できる買い取り価格を決定することになります。また、名義株主(株主名簿に記載されている株主とその株式の実質的な所有者とが一致していない株式)が存在する場合には、相続等が起こる前に早めに対応しましょう。

 

②親族ではない株主

基本的には①と同じ対応になりますが、前述の通り、非上場株式の評価にあたっては、取得者の立場によって評価額が異なりますので、親族外株主(少数株主)から、オーナー家に株式を集約するときには、オーナー家から親族外株主に株式を承継するときに比べ、高い評価額となることが想定されます。考えられる対応策としては、それぞれのケースに応じて以下の方法が検討できます。

 

I. 親族外株主が事業に関与している場合

事業に関与している場合には、そのまま保有することも検討できます。ただ、その株主に相続が発生した際には、相続人に株式が承継されてしまい、前述と同じ問題が発生します。その対策としては、その親族外株主が保有している株式を、種類株式(取得条項付株式)に変更することが考えられます。

 

種類株式(取得条項付株式)とは、会社で定めた一定の事由に該当した場合に、その株式を会社で取得するという内容のものです。例えば、その株主の退職や相続の発生を取得事由とすることが可能です。ただ、種類株式の導入にあたっては、基本的に全株主の同意が必要です。この方法を株式が分散していない状況で導入することが、今後の分散リスクをヘッジする手法として有効です。

 

II. 親族ではない株主が事業に関与していない場合

①と同じ対応が検討されます。ただ、親族外の場合には買い取りの拒否や価格でもめることも想定されます。場合によっては、売らなくてもよいから種類株式への変更のみ納得してほしいという交渉も考えられるでしょう。

 

③所在不明株主

所在不明の株主がいる場合にも、対策が取れないわけではありません。5年間継続して、株主名簿に記載されている住所に通知が到達しない等、一定の要件に該当する株主が保有する株式については、決まった手続きを踏み株主の地位を失わせることができます。ただ、この方法はある程度の期間がかかる上、競売等の手続きも必要となります。

 

そこで、それほど時間をかけずに取りうる手段として、「特別支配株主の株式等売渡請求」が考えられます。この制度は、議決権の90%を単独で保有する「特別支配株主」が存在する場合には、残りの少数株主から強制的に株式を取得することが可能となるというものです。取得対価の支払いにあたっては、株主の振込先もわからないケースがほとんどですので、その場合には、少数株主の住所地の法務局に供託します。ただ、この制度は、単独で議決権の90%以上を保有している必要があるので、分散の度合によっては活用できないケースもあります。

所在不明株主の議決権が10%未満ならば…

3. 「株式買取交渉」と「特別支配株主の株式等売渡請求」を4か月で終わらせた事例

 

A:350株(オーナー社長、議決権87.5%)
B: 30株(親族ではない株主、議決権7.5%)
C: 20株(所在不明株主、議決権5%)
発行済株式総数:400株

 

上記のような会社に、事業承継の提案に伺ったことがありました。後継者は、現社長Aの息子で、社長としては後継者に経営を引継ぐ前に、株式の集約を行なっておきたいという意向でした。Bは連絡の取れる親族外の株主、Cはどこにいるかもわからないとのこと。

 

時価を算定し、対策を検討した上で、まずBと交渉を行いました。時価での買い取りに難色を示されていましたが、若干プラスαした金額でもそれほど多額ではなかったため、社長が個人で買い取りました。それにより社長の議決権割合が95%(90%以上)となった後も、Cとはやはり連絡がとれなかったため、「特別支配株主の株式等売渡請求」を行ないました。

 

売渡請求を行う上では、一定の手続きが必要となりますが、Bとの交渉も含めて、おおよそ4カ月程度で株式の集約は完結しました。今回の事例では、社長であるAが株式の買い取り資金を用意できましたが、仮にBの保有株式の価値が高い場合には、社長個人で多額の資金を用意することが難しい場合があります。

 

そこで自社で株式の買い取りを行なうと、今度はBに対して課税(みなし配当課税等※詳細は割愛します)が生じるケースもあるので注意が必要です。双方の立場や資金力、関係性等の全体を見ながら、税務上・会社法上の対策を総合的に検討しましょう。

 

4. 終わりに

 

株式の分散は、かつて税金対策のひとつとしての有効な時代もありました。しかし現在では、さらなる分散や所在不明株主となるリスクを鑑み、株式を集約するケースの方が増えています。

 

今後、企業オーナーは事業承継を進める上で、今回紹介した種類株式の導入や「特別支配株主の株式等売渡請求」の適用の可能性も考慮し、だれにどのくらい会社の株式を保有させるか、いま一度慎重に検討する必要があるでしょう。

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