本連載では、税理士法人ベリーベストの税理士・澤田涼氏が、経営者が抱え込みがちな事業継承の悩みや相続トラブルに対する具体的な解決方法を提案します。第3回は、家族同士の話合いなど、相続対策を怠ったために、兄妹の遺産分割協議が泥沼化したケースを取り上げます。

被相続人は生前に遺言書を作成していたが…

「平成」という時代も終わり、新たに「令和」という時代を迎えました。消費税の創設に始まり、各種税制や法律の改正・新設、ITの発達やAIの台頭等、平成という時代だけを見ても様々なことがありました。

 

非常識なことでも常識となりうるこの時代で、上手く、賢く生きていくためにも、重要となるのが先人の知恵や経験であることに変わりはないものと思います。そこで今回は、自分の資産を守りスムーズに承継していくためには、どのようなことを検討する必要があるのか、何に気を付ける必要があるのか、事例をもとにご説明したいと思います。

 

【事例】
被相続人:Aさん(父) 相続人:Bさん(Aさんの息子、兄)、Cさん(Aさんの娘、妹、依頼者)
相続財産:不動産(自宅土地建物、駐車場土地) 評価額2億円
     現預金 評価額1億円

 

ある日、相続税についての相談・申告を依頼したいと、本件の依頼者であるCさんから電話で問い合わせがありました。親族関係や相続財産については上記の通りで、被相続人であるAさんは生前に遺言書を作成していました。意思能力はある状態でしたが、記載内容は抽象的な表現が多く、残念ながら法律上有効な遺言書ではありませんでした。

 

その場合、相続人であるBさんとCさんとで遺産分割協議が必要になります。Cさん曰く、BさんとCさんはお互い結婚して家族ができてからは会うことがほとんどなく、兄妹仲が良いとはいえないが、おそらくBさんもAさんの意思を尊重して、遺言書でAさんが実現したかった分け方で協議が成立するだろうとのことでした。

 

Aさんが遺言書で書きたかった内容は、生前にAさんの療養看護をしたCさんに自宅の土地建物と現預金の全てを、駐車場を兄に渡すというものでした。しかし、遺言書には分割についての具体的な記載はなく、子供たちに対する自分の気持ちを吐露する内容(Cさんに対する感謝と、弱っても訪ねてくれないBさんへの率直な感情)になっていました。第三者の立場からすると、BさんがAさんの思い描いていた分割案で納得するか疑問でした。

 

遺産分割や相続税の申告にあたっては、Bさんの同意が必要となります。しかし、書類の整理が思うように進まず、Cさんはある程度書類や財産の精査等ができてからBさんと話し合いをしたいとのことでした(元々Aさんの世話をしていたのもCさんで、書類の整理等はCさんの方で既に始めていたこともあり、自分の方で対応をしなくてはという義務感と、まとまってからの方がBさんにも丁寧なのではという気持ちからのようでした)。

 

相続を円満に完結させ、「争続」にしないためには相続人同士の関係が重要になってきます。早めに話をすることが大事であるとCさんに再三伝えましたが、CさんがBさんに話をしたのは結局相続が発生してから8カ月が経った頃でした。

「遺言書はお前の意思で書かせたものではないのか?」

話合いがスタートしてから程なくして、Cさんから連絡がありました。結論からいうと、Bさんからは、「父が遺言書に書きたかったという分割案では納得できない」といわれたとのことでした。

 

あくまで遺言書にあるAさんの意思に基づいて、このような分け方ではどうかとの話をしたところ、Bさんの意見としては、「①父の世話をしていたことは認めるが、過去にお前(Cさん)は父から資金援助を受けたこともあったし、生前の世話をしていたことだけをもってこのような分け方をすることは納得いかない、②そもそも父がそのような意思を持っていたのかもわからない、遺言書はお前の意思で書かせたものではないのか、③自分に相談もなく勝手にここまで進めること自体気分が良くない」とのことでした。

 

Cさんとしても、これまで疎遠になっていて、Aさんの世話もしていないBさんと財産を均等に分けることには納得がいきません。それから何回か話し合いをし、Cさんから歩み寄ろうとも試みましたが、Bさんの方が頑なになってしまい、話し合いがまとまることはありませんでした。

「公正証書遺言」をお勧めする理由とは

本事例について、ここまでこじれる前にできることはいくつかありました。対応策として以下のようなものがあります。

 

遺言書は正確に書く(書いてもらう)

遺言の方法には、「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」と3つの方法があります。「自筆証書遺言」とは、その名の通り遺言者が手書きで作成する方法で、自分1人で簡単に作成することができます。また、今般の民法改正で要件が緩和(①遺言書に添付する財産目録をパソコンで作成することが可能となり、②作成した遺言書を法務局で保管することができる制度も創設されました)され、より身近な方法となりました。

 

ただ、簡単に作成できるため内容に不備があり、遺言書としての効力を有していないケースも見受けられます。そこで専門家としては「公正証書遺言」をお勧めします。「公正証書遺言」とは、公証役場で遺言者が遺言の内容を話し、公証人に作成してもらう遺言書です。この方法は、専門家である公証人が遺言書を作成しますので、内容に不備があり、無効となることを防ぐことができます。

 

遺言書を遺してないケースよりも、無効な遺言書がある場合の方がもめることもあります。費用はかかりますが、相続人に無用な心労をかけぬよう、遺言書は正確に作成することが大事です。

 

早い段階で相続人同士の意思を確認する

相続税の申告は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10カ月以内に行なう必要があり、財産をどの相続人が相続するか(一定の要件を満たす必要があります)によって、相続税計算上の特例(小規模宅地等の特例等)が適用できるケースもあります。

 

幼い頃は仲が良かった兄妹でも、大人になり月日が経っていると疎遠になってしまっているケースも少なくありません。前述の通り、相続を円満・円滑に進めるにあたっては、相続人同士の関係性が重要になりますので、上記のようなケースでは早い段階から相続人同士の意思を確認することが良いでしょう。

 

本事例の結末としては、それぞれが別々に相続税の申告をし、最終的に調停にまでもつれ込むこととなりました。兄妹関係は完全に疎遠となり、典型的な「争続」となってしまいました。相続は、相続財産や相続人間の関係性、個々人の心情等によってケースバイケースです。上記の対策が有効でないケースもあるかもしれませんが、頭の片隅に置いておくことで防げることもあるかと思います。

 

「相続」・「遺言」等はあまり考えたくはない話かと思いますが、対策は早いに越したことはありません。子の幸せが親にとっての一番の幸せであり、守られるべきものだと思います。この記事が、お読み頂いた方にとって少しでも今後の財産承継を考える一端となれば幸いです。

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