働き手の「介護離職」で家族が経済的に困窮
高齢者が経済的困窮に追い詰められる原因に、家族の介護のために働き手が退職を余儀なくされてしまうケースがあります。
内閣府の「平成27年版高齢社会白書」によれば、2006年時点の「要介護者数」は425.1万人でした。ところが2012年には545.7万人と、わずか6年で28%も増えています。
下記の図表のグラフでは、「要支援」「要介護」という言葉が登場します。そこで、まずは要支援・要介護とはどのような状態か整理しておきましょう。
要支援とは、日常生活にある程度の不便はあるものの、何とか自力でも暮らせるという状況を指します。支援が必要な程度によって、「要支援1」「要支援2」の2段階に分けられます。一方、要介護とは、人の助けを借りなければ生活ができないという状況を指します。こちらは、「要介護1」から「要介護5」までの5段階に分かれています。
それぞれの目安は、次の通りです。
○要支援1・・・日常生活で助けが必要な場面はそれほど多くありませんが、周囲の手助けを受ける方が生活の質が高まります。
○要支援2・・・何とか自力で日常生活を送ることもできますが、周囲から手助けしてもらう方が、生活の質が高まります。
○要介護1・・・入浴や排泄などの際に、部分的な介護が必要になる状態です。
○要介護2・・・自力で立ち上がったり、歩いたりするのが難しい状態です。
○要介護3・・・自力で立ち上がったり、歩いたりすることが不可能になった状態です。また、入浴や排泄などの場面では、全面的な介護が必要になります。
○要介護4・・・日常生活のすべての局面で、介護が必要になった状態です。
○要介護5・・・寝たきりで、他人との意思疎通も難しくなった状態です。
[図表1]65歳以上の要介護度別認定者数の推移
要支援、要介護の認定を受けると、介護保険の対象となり、介護費の自己負担は1割(所得により上限2割)で済みます。ただし、要介護度ごとに月額利用料の上限が定められており、それを超えた額は全額自己負担となります。例えば、要支援1の上限額は月5万30円と定められています。
ここで定められている上限額は、決して余裕のある金額ではありません。公益財団法人家計経済研究所によれば、訪問ヘルパーやデイサービスといった介護保険による介護サービスの利用料金は、月平均で3.7万円でした。また、医療費やおむつ代など介護サービス以外の費用は、月平均で3.2万円。合計すると、在宅介護にかかる費用は、月平均6.9万円に上るというのです。自力で介護するのではなく、訪問ヘルパーやデイサービスに頼む回数が増えるほど、介護費用の自己負担額は跳ね上がります。
[図表2]在宅介護にかかる費用の平均値
[図表3]居宅サービスの1か月当たりの利用限度額
また、自宅で介護するのではなく、専門の介護施設で、介護が必要になった高齢者の面倒を見てもらうことも考えられます。
例えば、社会福祉法人や地方自治体が運営する「特別養護老人ホーム」であれば月3万~13万円程度で利用することが可能です。ただし、2016年から要介護度3以上の人しか利用できなくなったため、要介護度の低い人は利用できません。また、料金がリーズナブルなだけに人気が高く、入所待機者は全国で42万人といわれていますので、順番が回ってくるまで何年もかかるというケースが珍しくありません。
そのほかにも主に低所得者を受け入れる軽費老人ホーム、認知症の人がスタッフと一緒に共同生活をする「グループホーム」(これは民間企業でも運営しています)などもありますが、いずれも費用が安い施設は人気が高くなっています。
一方、民間企業が運営する「有料老人ホーム」や「サービス付き高齢者向け住宅」という選択肢もありますが、こちらは月額利用料が15万~40万円と高額なのがネック。また、数百万円から数千万円の入居一時金が必要になるところもあります。
実は、民間のサービスや公的制度、補助などを利用すれば、家族の負担も減らせますが、家族の側にそのような知識がないと、結局経済的な理由でサービスが利用できないと思い込んでしまい、家族の誰かが、介護を背負ってしまうという家庭が多いのが実情です。
高齢者が働きながら介護をすることは不可能
総務省の「平成24年就業構造基本調査」では、介護をしている人の数を世代別に公表しています。
介護をしている人のうち、最も多いのは60~64歳の女性です。それに次ぐのが、55~59歳女性と、70歳以上の女性となります。70歳以上の女性が介護しているのは、恐らく自分の夫であるケースがほとんどでしょう。いわゆる「老老介護」です。これに対し、55~64歳の女性が介護をしているのは、主に父母や義父母なのではないでしょうか。介護をしている55~59歳女性のうち、仕事に就いている人は34.4万人もいます。
しかし、日本では働きながら介護をするのは容易なことではありません。
同調査によると、仕事をしながら介護をしている人は全部で291万人います。これに対し、介護休業や短時間勤務、介護休暇といった仕組みを使った経験のある人は、たったの37.8万人しかいません。
介護をサポートする仕組みはあっても、実際に利用している人は少数派なのです。また、2007年から2012年までの間に、介護や看護のために仕事を辞めた人は48.7万人もいました。このうち、女性は38.9万人で、約8割を占めています。このように家族を介護するために退職に追い込まれる人は、非常に多いのです。
[図表4]男女、年齢階級、就業状態別の介護をしている人口
もし、家計を支えていた働き手が介護のために退職を余儀なくされたら、その家庭はどうなるでしょうか? 収入が減って、経済的にはかなり苦しくなります。40代、50代というまだ働き盛りで、貯蓄をできる年代の人が退職してしまい、介護を担った場合、やがて介護から解放される頃には自身が高齢になっています。親の介護を懸命にした次世代の人たちが、「下流老人」に陥ってしまうのです。
介護の「地方移管」で地域格差が広がる介護の負担は、高齢者の面倒を見る家族にとって、実に重いものです。そして今後は、その負担がさらに重くなることが予想されます。国の財政が厳しくなり、介護予算が削られる危険性が高いからです。
また、住んでいる地域によって介護環境の格差が広がる恐れもあります。2015年に改正介護保険法が施行され、それまで全国一律で設定されていた「要支援者向けサービスの一部」が、市町村の地域支援事業に移行することが決まりました。
具体的にいうと、訪問介護や通所介護が市町村の管轄に移ったのです。
地方自治体の財政力は、財政力指数でみることができます。財政力指数が1.0を上回れば、その地方自治体内での税収入等だけを財源として、円滑に行政を遂行できると判断されていますが、全国の市町村で1.0を上回るのは、飛島村(愛知県)や田尻町(大阪府)のような人口の割に大企業の工場群、あるいは空港がある自治体、泊村(北海道)や神栖市(茨城県)のように火力発電所や原子力発電所が設置されている自治体、箱根町(神奈川県)や軽井沢町(長野県)のように、観光地や別荘地として固定資産税他の税収が多額の自治体などに限られており、ほとんどの市町村が1.0以下です。
[図表5]全市町村の財政力指数
このように市町村のなかには、財政的に豊かなところや、介護に対して理解の深いところもあります。一方、多くの市町村は慢性的な財政赤字に悩み、支出の削減を目指しています。そのため、介護予算を削ろうとする市町村と、そうでない市町村の間には、かなりの差が生まれるかもしれません。
こうした傾向は、既に表れています。
財政力の弱い地方自治体では私が一緒に仕事をしているデイサービス会社のスタッフは、同じ名古屋市でも、区によって介護への柔軟性が大きく違うといいます。
高齢者が介護保険のサービスを受ける場合、月額の上限が決まっています。一般的に高齢者がその上限を上回ったときは、その分を自己負担すれば問題ありません。ところが生活保護を受けている高齢者の場合、介護保険も生活保護費のなかから賄いますので、上限を上回ることが許されません。
しかし、介護の現場では建前通りにはいきません。時には突発的なトラブルが起こり、上限を上回るサービスを提供しなければならないケースもあるのです。そんなとき、融通のきく区では、多少の額なら家族に自己負担してもらうことを黙認してくれます。一方、上限額を1円でも上回ることを許さないという区もあるそうです。
今後は、こうした「自治体間格差」が広がる危険性があるでしょう。そして、介護に冷淡な市町村に住んでいることが、介護破産・下流転落へのリスクにつながる恐れもあるのです。
森 亮太
医療法人 八事の森 理事長