本記事は、学習塾・灘学習院の学院長である江藤宏氏の著書『東大・京大に合格する子どもの育て方』より、難関校合格の実績だけを重要視する「進学塾」に子どもを通わせることのリスクを取り上げます。

計算練習に潜む「落とし穴」とは?

計算ができれば算数に有利、そんな考え方があります。だから小学校に入る前から、そろばん塾や計算練習を売り物にする塾に通わせる。その是非を問われるなら「お薦めできない」と答えなければなりません。

 

頭を使える子どもが計算力も備えていれば、まさに鬼に金棒でしょう。実際、灘中学校の入試で第一日目の算数の問題などは、計算力がなければ時間内に解くことは難しいかもしれません。

 

だからといって、計算練習をいくら繰り返しても頭を使うことにはなりません。これだけは、強調しておきたいと思います。確かに幼い頃から、そろばん塾や計算塾に通わせれば、計算力は確実に向上するでしょう。そろばんで段位を取るぐらいまでともなれば、暗算能力も秀でたものとなるはずです。

 

とはいえ、それで数学ができるようになるわけではありません。頭が柔らかくなることも、残念ながらほとんど期待できません。なぜなら、計算ドリルをいくら繰り返しても、あるいはそろばんをどれだけマスターしたとしても、その過程で頭が使われることはないからです。頭は使えば確実に柔らかくなりますが、使わずして頭が柔らかくなることは決してないのです。

 

しかも計算練習には、大きな落とし穴があります。つまり、一生懸命に練習していれば、それだけで勉強した気分になってしまうことです。実際に計算力は高まり、テストを受けても計算問題なら解ける。計算練習には目に見えてわかりやすい成果がついてきます。これを「頭を使う」本来の勉強と勘違いしては、とんでもない過ちを犯すことになります。計算を早く行うためには、できる限り反射的・機械的にやることが望ましい。考えることを、いかにバイパスするかが計算を速くするためのカギです。

 

そんな計算練習でも、本人は勉強をがんばっているつもりなのです。保護者も、塾の先生も、計算練習に取り組む子どもをほめることはあっても、叱ることはありえません。ほめられれば、子どもは嬉しくなってさらにがんばるものです。けれども、それは頭を使う、本来の意味での勉強ではないのです。だから、そういった子は計算問題ならいくらでも解けるけれども、ちょっと込み入った文章問題になるとお手上げです。何ら考えることができないのですから。

 

その結果、下手をすると算数嫌いになってしまうリスクさえあります。算数が嫌いになる、つまり考えることが嫌になる。なまじ計算能力があるために、計算だけで解けない問題を考えようとはしなくなる。これではまったく本末転倒です。

 

少しでも算数が得意になるようにとの親心で、幼い頃から計算塾やそろばん塾に通わせたために、まったく逆の結果につながってしまう。これほど皮肉な結末はありません。計算力はあわてて養わなくとも、小学校に入ってからいくらでも伸ばすことができます。それより何より、自分の頭を使って考えるクセこそ、少しでも早くからつけてあげてください。そのためには、幼い頃から、親が子どもと一緒に考えてあげること、子どもの疑問ときちんと向き合ってあげること、さらには子どもに疑問を持たせるよう仕向けることです。

 

マジックワード「なぜ?」「どうして?」をいつも意識していただきたいと思います。

進学率だけをウリにしている進学塾は、子どもを潰す

では、小学生にとって今や、学校と並ぶ教育機関となっている塾では、どのような教育が行われているのでしょうか。灘中学校や開成中学校など日本のトップ校に、毎年多くの合格者を出している進学塾があります。

 

そんな塾で灘中学校への進学を目指すクラスでは、例えば灘中学校の第一日目の算数の入学試験問題を30分で解かせます。実際の入試では試験時間は60分、問題数は13問あります(2013年度)。

 

これを30分で解くためには、単純計算で1問にかけられる時間は2分ちょっとです。しかも、その問題は、例えば次のような難問です。

 

1個の値段が180円の和菓子があります。また、和菓子3個の袋詰めは1袋の値段が500円で、和菓子10個の箱詰めは1箱の値段が1900円です。ある日の売上は19900円で、和菓子は全部で107個売れました。この日、袋詰めは全部で何袋売れましたか。

 

この年の入試問題の中では、最も易しいと思われる問題をピックアップしてみました。それでも一読しただけでは、問題の意味を理解することさえ難しいのではないでしょうか。こんな問題を2分ちょっとで解くためには、どうすればよいか。いちいち考えなくても解けるようひたすら訓練するのです。

 

つまり、問題を見た瞬間に、解き方が頭に浮かぶようになるまで、練習を繰り返すのです。そのために算数なら、入試に出そうな問題を公式化し、解くためのテクニックを叩き込みます。テクニックを身につければ、とりあえず塾での成績は上がるでしょう。何回も同じ問題を解いていれば、灘中学校の入試問題を30分で解けるようになるかもしれません。

 

成績が上がり、難問を解けるようになるのだから、それは喜ばしいこと。本当にそう言ってしまってよいのでしょうか。実際の灘中学校の入学試験(第一日目・算数)の試験時間は、60分あります。ですから、本当ならこんな問題を1問2分ちょっとで解く必要はないのです(といっても、5分弱で解かなければならないので、極めてシビアな入学試験であることに変わりはありませんが)。

 

灘中学校の入学試験は、二日間にわたって実施されます。算数は二日目も試験があり、こちらは5問ですが、一日目の問題よりもさらに難易度は高くなります。その出題意図は先に書いたように、頭の柔らかな子どもを選ぶことにあります。そして自分の頭で考える力のある子どもであれば、一日目の問題についても、初見で30分以内に解くことはできなくとも、60分もあれば解けるのです。例で示した問題なら30秒で解くかもしれません。

 

では、なぜ、進学塾ではあえて時間を短く切って競わせるのでしょうか。実は、そんな塾でも、いわゆるトップレベルの中学校を目指すクラスに入ってくる子どもたちの多くは、生まれつき柔らかな頭に恵まれた『1%枠』に入る子どもたちなのです。けれども、進学塾としては、例えば灘中学校に何人合格者を出したかが、翌年の生徒募集に大きく影響します。だから、一人でも多くの合格者を出したい。

 

そこで、頭は本来柔らかくないのだけれど、がんばる力のある子ども、暗記力に秀でた子どもたちを徹底的に鍛えるのです。 彼らに対しては、まず公式や解法のパターン、解法テクニックを、これでもかというぐらいたくさん覚え込ませます。大手進学塾が独自に作っている教材ともなれば、驚くべき数のテクニックが掲載されています。可能な限り短時間で、正解を導き出せるように、ありとあらゆる過去問を分析し、パターン化しているのです。

 

そして子どもたちには、詰め込み教育をみっちり行います。この問題にはこの解き方、別の問題にはまた別のテクニックといった案配で、問題のパターンに応じた解法を覚え込ませるのです。子どもたちに求められるのは、問題を見極める能力と、それに最適な解法を記憶の中からマッチングさせて引き出す能力です。自分の頭を使って考えていては時間の無駄だといわんばかりに、塾の授業で解き方を叩き込む。

 

残念ですが、そんな訓練をいくら繰り返しても、頭が使われない限り、頭が柔らかくなることはありません。頭を使って考える訓練をしない限り、頭を使えるようにはならないのです。それでも見かけ上は成績が上がるのですから、子どもも保護者も喜ぶでしょう。

 

しかし、これこそが、子どもを考えなくする最高に危険な方法といえるのではないでしょうか。いくらがんばって問題の解き方を数多く覚えたとしても、解き方を教わっていない問題が出た時には、手も足も出ないのです。本来ならがんばり屋さんなのですから、考える訓練をさせてあげれば、必ず考えられるようになったはずです。そんな子どもたちを考えない子どもにしてしまう。これが進学塾の恐ろしさです。

 

もちろん、同じクラスで同じ訓練を受けていても、本来考える力を持っている子どもたちは、しっかりと考えて答えを出しています。同じ問題を解いていても、問題との向き合い方、解き方がまったく異なることにより、子どもたちが得る成果もまったく違ったものとなっているのです。

 

ところが、表面上の成績は、覚えてがんばる子どもでも、それなりの点数を取れる可能性があります。つまり、本来なら思考力を見極めるための入学試験を、暗記力によって突破してしまう可能性も出てくるのです。そこで悲劇が起こります。

名門私立中学校に入れば安心というわけではない

仮に、本来ならそれほど頭の柔らかくない子どもが、進学塾で必死にがんばった結果、最難関とされる中学校に合格したとしましょう。もちろん本人の喜びは言葉にできないほどでしょうし、保護者の方も大喜びされるでしょう。

 

けれども、ここは要注意です。中学受験を突破したのはいいけれど、そこで人生が終わるわけではありません。そこから新たな学校生活が始まるのです。そのことを、ぜひ考えてあげていただきたいと強く思います。

 

なぜなら、トップレベル校が本来求めているのは、柔らかな頭を持った子どもだからです。そうした学校の多くが中高一貫校で、独特なカリキュラムを組んでいます。まず、授業の進度が恐ろしく速い。例えば数学なら、中学3年生までの内容を中学1年生の終わりまでには終えてしまい、直ちに高校数学へと進んでいきます。そして中学校を終える頃には、高校の数学Ⅱ(普通なら高校2年生で学ぶ内容です)を修了しているのです。

 

中学入試の算数問題なら、解法を必死で暗記することで何とか対応できたかもしれません。けれども、本質的な論理的思考力が求められる数学に、暗記は通用しません。自分の頭で考えて理解することができなければ、授業にはまったくついていけないのです。

 

それでも小学校時代のやり方を続け、問題の解き方を覚えることで、何とかして、ついていこうとがんばるかもしれません。がんばることにかけては、小学校時代から飛び抜けた力を持っている子どもたちですから、それぐらいの努力は惜しまないでしょう。けれども、考えて理解することを前提とした進度の速さに、暗記で対抗するためには壮絶な努力が必要となります。ほんの少しでも気を抜き、サボっただけでついていけなくなる。ついていけなくなると、その先の学校生活は悲惨なものとなる恐れがあります。

 

憧れだったトップ校にせっかく入れたのにも関わらず、途中で脱落してしまう。小学校時代のがんばりが水の泡と消えてしまうのです。もしかすると、それぐらいで済めば、まだマシなのかもしれません。仮に学校の授業についていけなくなった結果、途中でやめてしまうようなことにでもなれば、その傷は一生ついてまわる危険性もあります。

 

ですから、子どもさんを進学塾にあずけている保護者の方には、ぜひ一度、自分の子どもの頭が柔らかいかどうかを考えていただきたい。これを切に望みます。

 

頭が柔らかいかどうかを見極める方法は、実は簡単です。子どもがまだ習っていない難問を、与えてみればよいのです。例えば月刊誌『中学への算数』(東京出版)には、学力コンテストのコーナーがあります。このコーナーに掲載されている問題に挑戦させてみてください。問題を見て3分も経たない間に「無理だ、こんな問題は習っていない」と音を上げるようなら、まず頭が柔らかくないと判断すべきでしょう。

 

逆に、この問題を面白がり、時間をかけてあれこれ試行錯誤しながら考え続けられるようなら、頭の柔らかさは相当なものだと考えられます。もちろん、現時点で投げ出したとしても何も問題はありません。今、頭が柔らかくないからといって、これから先もそうだとは限らないからです。頭を使う訓練をすれば、誰でも必ず頭は柔らかくなります。

 

ただ、少なくとも今はまだ頭がそれほど柔らかくないことがわかったなら、中学受験を無理にさせないことが賢明な選択肢となります。レベルの高い進学塾でトップクラスに入れるだけの基礎学力があり、しかもがんばる力と暗記力にも優れているのなら、公立中学に進めばよいのです。公立中学の授業は、私立に比べれば、はるかにゆっくりした進度です。ですから授業についていけないはずはなく、簡単すぎると油断さえしなければ、それほど苦労することなく学年トップクラスに入れるでしょう。

 

そうした環境の中で、少しずつでいいから頭を使う勉強に取り組むことを薦めます。最初は、慣れない勉強に苦しむかもしれません。けれども、人並み以上にがんばる力があれば、頭を使う練習を続けると、いずれその楽しさに目覚めるはずです。考えることによってものごとを理解できるようになれば、学校の授業がもっと楽になります。

 

数学や理科などの論理的思考力があれば対応できる教科については、おそらく授業を聞いているだけで十分理解できます。宿題をサボったりするのは問題だけれど、それ以上の勉強をあえてする必要がなくなる可能性もあるのです。それで学年トップクラスを維持することも、ほとんど苦労せずに実現できるでしょう。

 

結果的に、高校受験では公立のトップ校に進めるでしょうし、考える力を伸ばしていけば、大学受験でも国公立上位校が合格圏内に入ってくるはずです。

 

ここで一つ注意してほしいのが、私学のトップ中学にはついていけないにせよ、二番手グループぐらいの学校なら大丈夫なのではないかと考えることです。実は私立中学の二番手グループほど、進学塾並みの詰め込み教育を徹底しています。その背景にあるのは、進学塾がトップレベル校の合格実績をPRすることで入塾者を集めるのと同じ理屈です。二番手グループの私立中学も中高一貫校がほとんどで、そうした学校では、例えば東大や京大に何人入ったかがPRのためには重要なポイントとなるのです。

 

もちろん、そうした学校に入って、小学校時代に引き続いて、さらに6年間、必死にがんばり続ける選択肢を否定するつもりはありません。けれども、そんな学校から例えば京大に進学した学生には、大学に入ってから専門分野についていけないとか、燃え尽き症候群になっているなどという話を聞きます。

 

ここはぜひ、保護者の方には、お子さんの進路についてしっかりと考えていただきたいところです。

子どもの力を間違った方向に使わせている

いわゆる私立の最難関校に合格する子どものほとんどが、頭の柔らかな子どもたちです。彼らも多くが進学塾に通いますが、塾の勉強で学力を伸ばすというより、本来の頭の柔らかさで学力が伸びていくというべきでしょう。進学塾は、受験のためのテクニックを教えるなど、彼らがより確実に合格できるようサポートしているのです。

 

もちろん、進学塾にいるのは頭の柔らかな子どもたちだけではありません。考える力はそれほどなくとも、がんばる力なら負けない子どもたちもたくさんいます。彼らにも合格テクニックの詰め込み教育を徹底することは、先に述べました。その狙いは、最難関校への合格は難しいとしても、次のランクの難関校に一人でも多くの合格者を出すこと。合格者総数が塾の評価に影響するからです。

 

そのため、あの手この手を尽くして、子どもたちを鍛え上げようとします。小学6年生ともなれば、元旦から鉢巻を巻いて特訓に励む場面も見られます。そんな子どもたちの姿を見ていると、あまりにも健気で涙が出てきます。と同時に、激しい憤りを抑えることができません。

 

なぜなら、彼らのがんばる力を「考える」勉強、「頭を使う」本来の勉強に振り向けてあげることができれば、最難関校に合格することも夢ではないからです。がんばる力のある子どもたちが、「考える」勉強に集中的に取り組めば、驚くほど短期間で伸びる可能性があります。それにより「頭が柔らかく」なれば、暗記によってではなく、考える力をつけたことによって、最難関校に合格できるのです。しかも、考える訓練に必要な時間は、必死になって暗記するため時間の半分、いや3分の1でもよいかもしれないのです。

 

それにも関わらず、せっかくのがんばる力を間違った方向に使わせている。そうした指導を行う進学塾に対しては複雑な思いがあります。同時に、そうした塾に子どもを通わせる保護者の方々には、ぜひ考え方を変えていただきたいと思います。

 

もちろん、考える訓練に集中したからといって、すべての子どもが中学受験で望む結果を得られるとは限りません。けれども、程度の差こそあれ、訓練すれば考える力を必ず高めることができます。

 

だから、万が一、中学受験でうまくいかなかったとしても、自信を持って公立中学校に進めばよいのです。その方がきっと明るい未来が開けます。

 

がんばる力を持っていて、少しずつでも考える力がついてきた子どもが公立中学に進めば、普通にトップクラスに入るでしょう。そうなれば自分はできるんだという自信が自然に培われるはずです。さらに頭が柔らかくなっていけば、学校の勉強はどんどん楽になります。知らず知らずのうちに、理数系の科目に強い子に育っていきます。

 

結果的に高校受験では、公立トップ校に合格するのも、それほど難しいことではなくなります。しかも、さらに頭を使えるようになっているのです。私立の難関校で落ちこぼれないように必死にがんばることもなく、クラブ活動をして高校生活を十分に楽しみながら、国公立大学にすんなりと進んでいく。そんな人生の方が、子どもたちにとってはよほど幸せだと思います。

 

 

江藤 宏

関西教育企画株式会社 灘学習院 学院長

 

東大・京大に合格する 子どもの育て方

東大・京大に合格する 子どもの育て方

江藤 宏

幻冬舎メディアコンサルティング

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