風が吹くと桶屋が儲かる仕組み
風が吹いたことで砂ぼこりが舞う。その砂が目に入りそれが原因で失明してしまう。失明し、視覚障害者となった人々が三味線を弾くようになり、三味線の需要が増加する。材料となる猫の皮の需要増によって猫が減ったことでネズミが増える。そのネズミが桶をかじることで桶の買い替え需要が増えて、結果桶屋が儲かるという話である。あるきっかけ(原因・動機)を端として商売につながるまでの因果関係を示す、ある意味では、カスタマージャーニーマップ(第3回)ともいえる。
[図表1] 風が吹けば桶屋が儲かる
では、このカスタマージャーニーマップによって、あなたは桶屋を始める意思決定をするだろうか。答えはNoに偏るだろうが、まずは因果関係を確率に置き換えて考えてみる。砂ぼこりが舞う風速は、風速の尺度となるビューフォート風力階級表によれば、風速5.5m/s以上(風力4)で砂ぼこりが舞うとある。北関東のある施設における粉塵予測のための調査によれば、風速5.5m/s以上の風が吹く頻度は年間で2%とあったので、風が吹き砂ぼこりが舞う確率は、0.02とする。目に砂が入る確率は、適当にはなるが仮に10人に2人として0.2とする。砂ぼこりが入って失明する確率も、クライアント先の眼科医に聞いてみたが、20年近くの臨床において、砂ぼこりが直接の原因となる失明は扱ったことがないと言っている。可能性はゼロではないのでこれも仮で100万に1人、0.000001とする。
ここまでで0.02×0.2×0.000001=0.00000004の確率となる。そこから先、視覚障害者が三味線弾きになり桶を購入するまでの確率を仮に0.00001だとしたら、最終的には0. 000000000004、つまりは1兆分の4の確率で因果関係が成立すると出た。年末ジャンボ宝くじで一等が当たる確率は、0.00000002なのだそうだ。桶屋が儲かる確率よりも5000倍一等が当たる確率が高くなる。
「風が吹けば・・・」の慣用句表現の意味は、『何か事が起こると、めぐりめぐって意外なところに影響が及ぶことのたとえ』(出典:大辞林)とある。いわゆるバタフライ効果のようなもので、予測不能となる意外なところに影響を及ぼしているようでは趣味性の高い宝くじならまだしも、桶屋ビジネスではリスクしかない。それでも、経営者として成功させたいのであれば、風が吹いたら桶屋が儲かる仕組みをつくることが必要となる。そのアプローチとして
①各プロセスの確率をあげる
②風が吹き桶屋が儲かるその間のプロセスを変えて確率をあげる
③風が吹くことをきっかけとしない、別のプロセスを構築する
そもそも因果関係が小さすぎる話ではあるので、話に無理がある。とはいえ、第4回でも述べたマーケティングの基本となる確率論で考えることや次のプロセスへのコンバージョン率を高める重要性はこれで理解できるはずだ。
目的地に効率よく到達する手段
私は、若い頃からバイクに乗っているが、昔はツーリングに行く前に、紙の地図をみながら、事前に頭の中におおよそのルートを押さえておいたものである。また常に地図を携行しながら、都度バイクを止めて地図を開いていた。しかし今は地図を携行することはまずない。バイクにスマホを固定し、ナビとして使えるようになったため携行する必要性がなくなったためだ。リアルタイムで位置情報も得られるその安心感もあって、最近では目的地を決めずにあてもなく走ることも多い。
ある日のこと高速のインターを降りて、更に数時間ナビを見ることもなく気の向くまま人家もまばらな田舎道を走っていた。ふとスマートフォンの画面をみると、なぜか何も映っていない。故障していた。自分がどこにいるか、どう来たか把握していない状況で、当然地図もない。少し走ってみても道路標識も少なく、標識にある地名を見たところでよくわからない。しかも周囲も薄暗くなってきている。ガソリンも減ってきた。
焦りが出てき頃、ひとつの明かりが見えた。古いガソリンスタンドだ。バイクを止め店内を覗くとおばあさんがいた。ラッキーなことにまだ閉まっていないようだ。天の助けである。ガソリン給油しお金を払ったあとに、今自分がどの辺にいるのか、インターに通じる幹線道路までの道順と曲がる際の目印も聞いた。何度か間違えもしたが、30分程度で、幹線道路に出ることができた。おばあさんありがとう。おばあさんの情報がなければ、もっと時間のロスがあっただろう。ガソリンも底をついて動けなくなっていたかもしれない。
スマホ依存のリスクが垣間見えた出来事ではあった。ただ、それを伝えいたいわけではない。おばあさんが丁寧に説明はしてくれたものの、メモも取れなかったので、記憶にある少しの情報しか残っていない。しかしそのわずかな情報によってロスがかなり軽減されたことになる。つまりは、目的に効率よく達するためには、現在地点の情報、中間のメルクマール(指標・目印)、そして設定した目的地の情報を有することが必要条件となる。
デジタルマーケティングを進めるにおいても、同様のことが言える。最初に設定すべきは、現在地点の情報である。つまりは、自院のデジタルマーケティングのAs-Is(現状)を把握することから始める。一番シンプルなのは、現在どのような媒体を利用しているかを書き出すことから初めても良い。私たちは、モレがでないようにその都度、論点を合わせながらフレームワークを作って、そこに当てはめていく方法を取る。例えば、メディアと消費者購買行動決定モデルを組み合わせてみるAs-Is&To-Beマップ(図表2)もそのひとつだ。
[図表2]
次にTo-Be(あるべき姿)の設定となる。それこそカスタマージャーニーマップなど、To-Beを求めるためのフレームワークを活用しながら設定する。この作業の精度が高いほど、目的を達成する確率もあがることになるのである。
1円の広告で反響ゼロ or 1千万円で反響が1千万100円
あなたは、1円の広告で反響がゼロの媒体と、10,000,000円で反響が10,000,100円の媒体があったとする。どちらを選択するだろうか。前者は費用は限りなく少なくリスクは低い。ただし効果もない。後者は、高額な費用であるにもかかわらず、その効果は100円と小さすぎる。どちらも選ばないと答える人も多いだろうが、どちらかを選択せざるを得ない環境にあったとすればどうか?
この効果を約束されたものであれば、確実に100円の効果が出る後者を選択するだろう。しかし、効果を100%保障される媒体など存在しない。結局経営者としては、費用をかけたくないという心理も働き、リスクの少ない1円の媒体を選択している経営者が多くを占めてしまっている。やってみなければわからないのが広告でもあるので、やってみること自体は良いと思う。とはいえ、確率的に、安い広告はそれなりの理由があってのことなのである。
売上をつくることに長けている経営者がいる。その特性としては、前述の媒体選択では、積極的に10,000,000円のリスクを取る。ただ現実的には100円の効果ではビジネスにはならないから、その効果予測ならば選択することはないだろう。もしも、ほぼノーリスクで100円を得たいのであれば、メガバンクの普通預金に1年間10,000,000円おけば100円(年利0.001%税引き前)となる。相応の投資判断になるので、何も考えずに行動することはないが、“売上がつくれる”経営者は、相応の投資が必要となることを理解しているからの選択である。
例えば、家電量販店においてもっとも売上が大きいヤマダ電機の18年3月期の売上高は1兆5738億円となっている。ウルグアイやセルビアあたりの歳入とほぼ同じ規模になる。当期利益は29,779百万円となっている。この約3億の利益を得るために1兆5735億円という費用をかけて売上1兆5738億円を作っている。つまりは“売上は買うもの”だと言えるのである。相応の売上をつくるためには相応の負担となるリスクも必要なのだ。ちなみに、売上高に対する当期利益が約1.9%なので1円の利益を生み出すために約5,263円の商品を売る必要がある。家電量販店のビジネスは、薄利多売である。経営効率が悪いようにも思えるが、急性期の病院全体の利益率は年によって1%を下回る。つまり急性期病院は家電量販店と同じ薄利多売のコスト構造と言える。
いずれにしても、経営者として売上をつくり続けるためには、利益を生み出すところを見極めながら、積極的に投資するという発想を持つことが必要となる。特にフロービジネス(第1回)領域の病医院経営者は競争環境に置かれたならば、この思考に拒否反応があるようであれば、その思考の壁を超えていなければならない。デジタルマーケティングには、さまざまなお金がかかる。実務においては、どの程度の売上をつくる必要があるのかと、マーケティングによってどの程度の効果を得ることが必要かなどを考慮して、マーケティング予算を組むことが良いだろう。今まで多くの医療機関のコンサルテーションを行っているが、論理的なプロセスを経たうえで広告予算を組んでいるところはわずかしかない。逆を言えば、それまで競争環境下になかった医療機関だから、その必要性も低かったのであろう。昔はよかった。それが経営者の思考の壁となっているのではなかろうか。
その思考の壁を超えるための発想として、組んだ予算は必ず使い切るというルールも作ると良い。人はリスクを避けたい。だからお金を生むようなところであっても、ついケチってしまう。つまり壁がまたここに存在し、結局何もしないで終わってしまう。もしくはリスクを恐れて1円(で効果ゼロ)広告を選択することにもなる。そもそも組織が傾くほどの予算編成をしているようでは、“投資”でなく“投機”である。ムダをなくしたいのは誰でも同じである。とはいえマーケティングは、多かれ少なかれトライアンドエラーをすることとなる。もちろん、ロスを減らすための情報のアンテナを常に張り巡らせていただきたい。それも思考の壁を超えるための発想のひとつなのである。
自分で効率よく考える機会をつくる意味
トレンドによって、マーケティングにおけるTo-Be(あるべき姿)は常に変化する。つまり、大学入試のように答えが一つではなく、答えが変わっていく。しかも、マーケティングが確率論であるということは、一定の不確実性も持ち合わせている。売上を創出し続ける必要のある医療機関においては特に、自分の発想になかったものに対して、思考の壁を超えた自分によって、これまでとは違った意思決定を行うことが求められる。自分で決めるだけの情報を集めなければならない。自分で決められることなのだから、不確実性の中で起こった事象への対応も早くなる。
クライアントに成果をあげていただかなければ、私自身コンサルタントとして存在意義がなく私の仕事は続かない。例えば、税理士は過去の出てきた数字を正確に税務処理することが最優先のスキルである。一方で売上をつくるという成果物の場合、未来を予測しなければならない。だからこそ成果を出していただくために必要なことは、“自分で考える機会を作ること”だと私は考えている。実際には、自分で考えることは面倒くさい。そう感じるのであれば、思考停止する。逆に考えることは楽しいと感じる人もいるだろう。しかし診療にそして様々な経営課題に時間を割かれてしまう医療機関の経営者は、考える時間がなかなか作れない。結局思考は止まる。そうすれば機械といっしょでさび付いてしまい、動かなくなる。
本連載においても、自著や他の執筆書籍において、“効率よく考える機会を作ること”を念頭において構成している。字数の制限やブログという媒体の特性上、事例も出すことに制限があるのでイメージがわきにくい部分もあるかと思う。とはいえ、思考の壁を超えるきっかけとして、効率よく考える一助としてなれば幸いである。