コンサルティング経験のなかで収斂された、ある人物像
そもそも、鈴木健一さんとは誰か? ほとんどの方は、知る由もないだろう。実は、自著「“集患”プロフェッショナル」の主人公である。
「鈴木健一、42歳、神経内科専門医18年間の勤務医生活を経て、都心から電車で1時間ほどのベッドタウン『夢が丘』に内科系クリニックをオープンさせた。」(「“集患”プロフェッショナル」より抜粋)
本は小説仕立てとなっており、開業医鈴木院長の視点を通して集患のノウハウとセオリーについて、論理的に表現している。初版発行から10年ちかくたつが、おかげさまで今なお毎年一定部数が安定して売れているという。
主人公“鈴木健一”という人物は、フィクションなので実在はしない。とはいっても私のコンサルティング経験のなかで収斂(しゅうれん)された人物像ではある。購読者の先生が弊社へコンタクトする際に方法のひとつに、会社のホームページを経由して相談のメールが入る。そこには、「まさに自分のことを描いていると思った」「身につまされる思いで読んだ」「感銘を受けた」といった文章が盛り込まれていることが多い。うれしい限りだが、言い換えれば、“鈴木健一”と物語にあるその境遇に関して“共感”いただけている設定と考えている。ある一定の読者にとってズレてはいなかった。
“共感”を得られるためのひとつの要因づくりとして名前にも意図を持たせている。「鈴木」姓は日本では2番目に多いとされている。つまり多くの人にとって、「鈴木」は身近な存在となる。主人公は42歳という設定上の年齢としているが、舞台が西暦何年の出来事かとはどこにも記してはいない。ただ、筆者の中では、1970年生まれとして設定していた。読者層となるであろう開業直後くらいの年齢のボリュームゾーンとして40歳±3才前後として想定しているからだ。その1970年に生まれたお名前ランキングで1位が「健一」ということで姓と同じ理由で採用した。
ちなみに、開業ノウハウ・ドゥハウを描いた2冊目「“開業”プロフェッショナル」の主人公は“佐藤誠”である。「佐藤」姓は全国1位である。また「誠」に関しては1971年から78年生まれまで連続1位をキープしていた。ちなみに79年はいわゆる“松坂世代”と今ではくくられることがある「大輔」がその地位を奪い、「誠」同様に86年までの8年連続1位となった。すべての人から共感を得られること理想なのかもしれないが、それをすると誰に向けたものなのかわからずぼやけてしまう。ある一定の読者に発信することで一定数からの共感を得られることが、結局は市場から受け入れられるのだ。これはマーケティングの世界でもまったく同じことが言える。
顧客のニーズ、価値観はさらなる多様化を遂げている
マーケティングは進化している。ざっくり言ってしまえば、世界が物質的に豊かになるにつれて製品第一主義から顧客第一主義へのシフトしている。つまりモノやサービスが世にあふれてくるとともに、顧客のニーズや価値観が多様化してくる。マーケティングはそれに合わせるがごとく顧客第一主義として顧客を軸として、その顧客を知るため、そして共感を得るための製品やサービスの設計や展開のための手法を取り入れてきた。
当初は顧客といっても“群”という集団単位の捉え方をして共通の特徴をみつけて特定しようというものであった。しかし近年のIT技術の進歩と普及に伴って、その多様化が更に進み、次は“個”として特徴づけ、分析考察して購買決定のメカニズムをとらえるというアプローチが導入されてきている。そのひとつのアプローチとして“ペルソナ”という人物像を設定し、価値観や生活習慣、経験、消費行動、そして感情などより具体的な特徴づけを行う。これによって次のメリットを得ることができる。
●潜在的な顧客への具体的なイメージを描きやすい
●ピンポイントで顧客との接点を設計できるためマーケティング確度があがる
●経営者からマーケティングチームまで共通認識が持てるため効率化が図れる
●ニッチなマーケットとの相性が良い
また、デメリットもある。
●ペルソナを設定する必要がある
●ペルソナ設定を誤るとマーケティングの確度がさがる
●革新的な発想にはなりにくい
このマーケティングアプローチと医療マーケティングとの親和性は高い。医療の専門領域がますます細分化されていく。情報があふれてくることで患者の医療に関する情報量も比例して多くなってくる。そのため、病院やクリニックは差別化を図り、それをスピーディーに訴求することが必要となってくる。その活路のひとつとしてこのアプローチを適用することで、現在の競争環境にも打ち勝つことの一手となる。
ペルソナの設定の方法はいろいろある。私の場合、その医療機関の標榜や専門領域、医師の特徴などにあったものを都度使い分けるが、今回は、あるクリニックで適用した患者ペルソナシートを用意したので参考になれと思う。
[図表1]
ペルソナを設定したらその評価を行っていくのであるが、次のことをチェックしてみる。
①実在する人物のように感じられるか?
②日常の風景が頭の中に見えてくるか?
③マーケティング設計のための意思決定に重要な情報が盛り込まれているか?
④使いやすいか?
医療機関にとっての患者は誰か?
医療機関にとっての患者は誰であるか、また患者にとっての受診行動におけるゴールはどこかを見据えて、医療機関は、そのゴールへの到達のために何をどのようにして医療資源を提供するかを問い、それに応えていくべく戦略を立てていくのである。
“鈴木健一”がスペイン・ラマンチャ産イカ墨パスタを食するまでを考察する(カスタマージャーニーマップの導入)
下の図表2は、「“集患”プロフェッショナル」で使用しているものである。清宮景虎という妻の友人である指南役となるコンサルタントから、患者との接点となるタンジェント・ポイントを100個考えるという課題が出された。しかしながら、その半分にも満たないうちにアイデアが枯渇した。限られた時間の中で鈴木健一と妻がその妻の繁盛レストランの利用行動体験と健一自身も実際に利用したその体験をベースに、患者と医療機関との接点の最適化をはかるタンジェント・ポイント戦略を構築する着想点となる重要な一場面となっている。
[図表2]
本書のセオリーの骨格となるこの戦略は、そもそもブランディング領域で適用されているものである。それを医療経営に適応させたものだ。イカ墨パスタをオーダーしている。その時にオーナーシェフが、スペイン・ラマンチャ産イカ墨と甘鯛ダシの松の実、自家栽培で自家製造のセミドライ・トマトを使用していると説明を受けている。ストーリーを加えることによって、料理の価値をあげるためのブランディング技法を紹介する場面となっている。つまり鈴木健一というペルソナによる、その消費行動体験を通して、読者に私のマーケティングセオリーとその根本となる考え方を訴求しているのだ。
同様に、ペルソナを設定し顧客をとらえることができたら、次は顧客がゴール到達にむかっていくための消費行動体験となるカスタマーエクスペリエンスを描きだし、更にそこから考察することによって“個”の価値感とその行動パターンとの誤差を減らしていくことで、マーケティングの確度を向上させていく。
本書は小説仕立てのため、綿密にプロットを組んでいき、そこから詳細なシナリオを描くことができる。しかし、普通そんな小説を書いている時間などない。そこで、「カスタマージャーニーマップ」を使ってシナリオを描いていく方法を紹介する。
「カスタマージャーニーマップ」とは、ペルソナの行動、思考、感情を時系列に可視化して、マーケティングの成果を改善するための技法となる。またこのような消費者購買行動を可視化していくことで、タンジェント・ポイントを抽出し、適切な接点とタイミングに適切な情報と行動を促すためのシクミづくりが可能になるのだ。
カスタマージャーニーマップを構成する基本的な要素をあげておく。
●ステージ(消費者購買行動モデル)
●シーン
●行動(経験の内容)
●タンジェント・ポイント(企業と顧客の接点)
●感情の状態
時系列としてのステージを横軸として、それぞれのステージにおいて縦軸にシーンからそれ以降のイベントを組み合わせていく。なお、ペルソナ設定と同様に、扱う製品やサービスによって要素を変えていくことが必要だ。例えば、病院やクリニックにおいて使う場合には、縦軸に「症状・病状」という要素を組み入れることで、それに合わせた症状・症候に対する自己認識や不安への増幅過程、そして情報収集から受診行動まで表現することが可能となる。私たちは「ペイシャント・ジャーニーマップ」と呼んでいる。
医師はなぜ診断できるのか。それは問診、診察、検査、そして自身の経験値を通して鑑別診断を行いながら疾患を絞り込み、そして特定診断を行う。医学と臨床によって構築されたフレームワーク(枠組み)を駆使することでより効率的に診断が行われるようになる。そこから、患者への治療によって問題を解決・改善・維持することが可能になる。経営コンサルタントとして私も、医療機関の問題や課題を効率的にかつ的確にとらえ、それに対処するための、様々なフレームワークを持ち合わせている。ここで紹介した、ペルソナもこのペイシャント・ジャーニーマップもそのフレームワークのひとつとなる。でもそれが、専門家だけが使えるツールではなく、誰もが使えるツールなのだ。ただし、使いこなすためには、多少のコツがいる。とはいえ、まずは実際に使ってみないことには始まらない。ぜひ、自分なりの“鈴木健一”を作ってみて欲しい。
柴田 雄一
株式会社ニューハンプシャーMC
代表取締役 上席コンサルタント