本記事では、交通事故補償における損害保険会社の問題点について見ていきます。

示談成立までを一手に引き受ける損害保険会社

我が国の交通事故保険制度の抱えている問題。交通事故被害者を取り巻く3つの機関、保険会社、国、裁判所のトライアングルが被害者の救済と保護を行うどころか、それを阻む大きな壁として存在している。本記事ではこれら問題の原点として真っ先に挙げられる損害保険会社のやり方とその問題点を指摘したい。

 

交通事故を起こした場合、加害者は被害者に対して損害賠償義務を負うことになる。損害の金額がいくらになるのか、どのように支払うのかという交渉は、本来加害者と被害者の間で行うものだが、実際に交通事故が起きると被害者側と交渉をするのは損害保険会社であり、以降示談成立まで損害保険会社の担当者が窓口になって行うのがほとんどである。治療費の支払い、医師とのやり取りなど、損害保険会社の担当者が一手に引き受ける。

専門家が窓口となるのを心強く思う被害者もいるが・・・

交通事故に遭った被害者ならわかるだろうが、当事者同士のお金の請求ややり取りなど、感情的なしこりによって抵抗がある場合も少なくない。その点損害保険会社の担当者である専門家が一手に引き受けてくれることを、最初は心強く思う被害者もいるかもしれない。しかしこれがまず大きな誤りなのである。彼ら損保会社は示談を一手に引き受けているのをいいことに、彼らの都合のいいように示談を成立させてしまうケースがほとんどだといっても過言ではないからだ。

 

日本の交通事故の保険制度は最低補償とされる自賠責保険と、それ以上の補償に対応する任意保険からなる2階建て構造になっている。損害保険会社は自賠責保険の最低補償を踏まえつつ被害者と交渉するわけだが、実際にはまず示談によって決まった保険金を損害保険会社が支払い、その後自賠責分を保険会社が自賠責保険から回収するという構図になっている。

 

例えば仮に被害者との話し合いで保険金が1000万円と決まり、そのうち自賠責負担分が800万円だとしよう。その場合、保険会社はまず1000万円を被害者に支払った後、自賠責保険から800万円を回収する。結局差額の200万円を損害保険会社が負担するという仕組みになっている。

支払う金額をできるだけ抑えたい保険会社

このような仕組みの中で損害保険会社が示談を取り仕切り、必死になって目指すのは、被害者にできるだけ手厚い補償を行うということではない。彼らがひたすら目指すのは、保険金額をできるだけ低く抑え、任意保険としての支払い、つまり自分たち保険会社が支払う分をいかに少なくするか、という点に尽きる。

 

そこでまず保険会社が狙うのが治療期間をできるだけ短期で打ち切ることである。怪我をした交通事故被害者は当然病院に通って治療しているわけだが、その治療費や通院交通費などは保険金から支払われることになっている。さらに治療で仕事を休まなければならなかった分の収入を補てんするために、「休業損害」という名目の保険金が支払われる。これらの金額は治療にかかっている期間が長いほど当然高くなる。そこで彼らはできる限りこの期間を短くさせようとするのである。

「症状の軽重」を通院期間で判断されるケースも

ここで知っておいてほしいのが、「症状固定」という言葉だ。怪我をした時、手術や投薬、リハビリなどによって次第に症状は回復してくる。ただしこれで完全に治ればいいのだが、治療を尽くしても元の状態に戻らないこともある。例えば、手や足を切断しなければならない事態になれば、二度と元には戻らない。骨折の手術はしたものの、骨に異常が残り、足を引きずって歩かなければならないケースさえある。

 

要はこれ以上いくら治療を続けても症状が残ったままという状況を「症状固定」といい、この段階で残った障害が「後遺障害」と定義される。そして後遺障害に関してはその程度に応じて1級から14級までの等級が分かれており、等級が認定された場合にはそれぞれに対応した後遺障害による逸失利益(後遺症による将来の収入の減少分)の補償や慰謝料などが支払われる仕組みになっている。

 

いい換えれば、医師の治療とは症状固定をする段階までのことを指すのである。そこで保険会社はできる限り症状固定を医師に急がせ、治療期間をできる限り短くしようとする。これがまさに保険金を払いたくない彼らのやり口の一つなのである。

 

症状固定を急がせることは、治療費と休業損害をできる限り低く抑える目的だけにとどまらない。入通院慰謝料の額の算定に関わる他、実はその後の後遺障害の認定にも少なからぬ影響を持っている。というのも後遺障害の認定において、例えばムチ打ち症のような神経症状の場合には、その症状の存在を通院の期間によって判断されるケースがあるのだが、通院が短ければ短いほど症状は深刻なものでないと判断されがちであり、結果として保険会社にとっては有利になるのである。これらの理由から、保険会社が交通事故示談の現場でまずやろうとすることは、医師を誘導してでもできるだけ早く被害者の症状固定を行うことなのである。

加害者の代行として保険会社の社員が登場 

さて、これまでのことを踏まえたうえで具体的に保険会社の「手口」を見てみよう。

 

こちら側にはまったく落ち度がないケース、いわゆる過失割合が100対0のケースで交通事故に遭い、頸椎捻挫(いわゆるムチ打ち症)になったとする。被害者は体の痛みでしばらく仕事に向かうことができない状況だとしよう。

 

ここで加害者の代行として保険会社の社員が登場する。保険会社は補償をするうえで必要な調査をするために、病院での治療経過や診療内容などの個人情報を提供するよう同意書にサインを求めてくるのだが、実はこの同意書が後々少なからぬ意味を持ってくる。

 

前述のとおり、治療期間とはすなわち症状固定するまでの期間である。治療期間をベースにして補償額を算出することになるので、保険会社としては、治療期間が短ければ短いほど支払い金額を減額できることは先に述べたとおり。そこで保険会社がやることは医師に対して頻繁に確認を繰り返し、症状固定を急がせることだ。

 

さてこの場合、頸椎捻挫は程度にもよるが、経験上3〜6カ月ぐらいが治療期間だと考えられる。ただし治療期間が長くなれば入通院慰謝料や休業補償も当然その分増えてくる。補償金額を抑えたい保険会社にとっては、早々に治療期間を打ち切っておきたいところだ。そのために、あらゆる手を使って症状固定の判断を医師から取ろうとするのである。

主治医に執拗に連絡を入れる

典型的なのは、保険会社の社員が主治医に頻繁に連絡を入れるという方法だ。頸椎捻挫の場合、ある程度の治療をしてしまうと、後は湿布や痛み止め、ブロック注射などで痛みを和らげながら経過を見るしかない。これは捻挫などの治療に共通することで、確実に痛みを取り除く決まった治療法があるわけではないからだ。

 

さらに炎症が治まるまでは固定するなどして安静を保つが、炎症が治まると、今度は多少痛くても元の機能を取り戻すために動かさなくてはならなくなる。これがリハビリだ。つまり骨などに異常のない怪我の場合、どこまで回復するか医師でさえ読めず、症状固定が難しくなってしまうのである。

 

保険会社は、この症状固定の難しさにつけ込む。医師に治療経過を照会し、現在どのような治療が行われているのかを根掘り葉掘り探り出すのだ。そこで経過を見ている状況だとわかると、「もう症状固定ではないのですか」と切り出す。医師としても「まだ治療して回復する余地がある」と突っぱねることもできるだろうが、レントゲンなどでとくに明確な所見がうかがえないとなると、判断がぐらついてしまう場合もあるのだ。

 

保険会社は、そんな医師の様子を感じ取って執拗に電話や書面による照会をかけてくる。頻繁に治療経過を尋ね、「どんな治療を具体的に行っているのですか」「何か特別なことをしていますか」と、たたみかけるのである。暗にもうこれ以上の治療は必要ないだろうという圧力をかけるのだ。

同意書があれば、医師から被害者の情報を聞きだせる

患者を大切にして保険会社とケンカをしてくれる医師もいるが、なかには保険会社になびいてしまう医師も少なくない。また、この照会ばかりに時間を取られてドクター本来の仕事に支障をきたすのを嫌がり、渋々保険会社に同意してしまうケースもある。実際何度かこのような件に巻き込まれ、交通事故の患者を扱うのは嫌だと本音を語る医師さえいる。それだけ保険会社の攻勢は激烈なのだ。

 

そもそもこのような保険会社の行為が許されるのも、最初に保険会社が被害者に書かせた同意書によるところが大きい。もちろん保険会社が事故による治療の状況を調査することは、補償を進めるうえで必要なことである。それに加えて、昨今は個人情報の公開に慎重にならざるを得ないことから、プライバシーに相当する治療経過などの調査を行うために同意書が必要であることは致し方ない。

 

しかし注意したいのは、この同意書は保険会社にとって被害者の治療に介入する「免罪符」の役割をも果たしうるという事実だ。同意書があれば、治療経過を確認するという名目で、被害者の主治医に接近し、情報を聞き出すことができる。それだけにとどまらず、保険会社が主治医と直接会話し、保険会社側に有利な方向へ誘導したりすることも可能になる。

治療を打ち切られ、法律事務所に駆け込む被害者

いずれにしても、そうこうして症状固定を勝ち取ってしまえば、もう保険会社の思いどおり。堂々と治療を打ち切らせてしまうのだ。治療が打ち切られれば当然治療費もかからない。某大手損保会社は、頸椎捻挫なら2カ月程度で治療を打ち切らせることで有名だ。被害者本人がまだ痛いのだから治療を続けたいと主張しても、一切取り合わないのである。それ以上の治療は被害者本人の負担でということだ。

 

本来、治療の継続の判断は医師が誰からの思惑や指図を受けずに行う医療行為であるはずだ。とくに医師と患者の合意、インフォームドコンセントが求められている昨今、症状固定のような重要な決断は医師と被害者である患者がしっかりと話し合いながら、慎重に行われるべきものである。しかし交通事故治療に関して、保険会社は先ほどのようなやり方で症状固定時期を左右してしまう。これは保険会社の傲慢以外の何ものでもない。

 

実際こういったケースで、2カ月程度で治療を一方的に打ち切られた被害者が法律事務所に駆け込むことが実に多い。被害者の多くはまだ痛みを訴え、治療を続けることを願っているのである。ところが一方的に症状固定を宣言され、治療打ち切りとなってしまう。もちろん治療費も出ない。「一体どうなっているのか?」と保険会社に聞いたところで、「そういう決まりになっている」とか「これ以上治療費は出せない」の一点張り。医師に行って訴えても「もう診断書も書いたし、治療することはない」と突っぱねられる。一体どうしたらいいのか? 途方に暮れて事務所に駆け込んでくるのである。

 

 

谷 清司

弁護士法人サリュ 前代表/弁護士

 

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    本記事は、2015年12月22日刊行の書籍『ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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