前回は、「子供の1人だけに、財産のほとんどを占める農地を相続させたい」というケースで起きた問題点をあげました。今回は、その具体的な解決策について見ていきます。

営農と納税資金を考えれば次女への相続が最適

前回は、「子供の1人だけに、財産のほとんどを占める農地を相続させたい」という相続時の問題点について説明しました。今回は、解決策について見ていきます。

 

●解決策1 相続税額を考えて農地の相続先を決める
最初に考えておくべきは、農地をどうすべきかを決めるということでした。農業を継がせたい人がいて継ぎたい人がいるわけですから、納税猶予のことを考えても、それはそのまま相続させた方がいいのは間違いありません。

 

農地の納税猶予とは何かというと、相続では農地にかかる相続税によって農家が継続できないといった不都合な事態を避けるために、一定の条件のもとで相続税の納税を猶予する特例のことです。一定の条件とは、被相続人が所有して農業を営んでいた農地であること、また、相続人が相続してから相続税の申告期限までに農業経営を開始、その後も引き続き継続すると認められることです。


納税「猶予」とはありますが、農地を譲渡したり農業経営を廃止したりしない限り、猶予は打ち切られることなく、最終的に免税となります。Jさんの場合には、この条件はまず問題なさそうでした。


また、納税猶予を利用することでどのくらい変わってくるかというと、Jさんの700坪の農地の場合、通常の路線価で計算すると2億3000万円もの相続税評価額です。一方で農地を農業のみで利用する場合に認められる農業投資価格で評価すると約180万円になります。評価額にこれだけ大きな違いが出ることがわかっており、納税額にも影響を与えることは明らかでした。営農と納税資金を考えれば、次女への農地の相続を長女と三女に納得してもらうのが最も良い形だったのです。

遺産分割では「遺留分」への考慮が必須

●解決策2 長女と三女の遺留分について相談する
しかし、何もなくただ納得してもらうというのは虫が良すぎる話です。私は、最低でも長女と三女の遺留分だけは確保しないと話はうまく進まないのではないかと考えました。相続の話をしていくうちに、Jさんも「確かに言われてみればそうした方がいいだろう」と考えるようになり、遺留分の現金をどうにか用意する方向で動きたいと言ってくれました。


遺産分割では遺留分というものを考えないといけません。遺留分とは、相続人が財産を全くもらえずにその後の生活に支障をきたすようなことを防ぐために設けられている権利です。基本的には法定相続割合の半分が遺留分として認められています。


Jさんの場合には、奥さんと3人の娘がいますから、法定相続割合は奥さんが2分の1、娘がそれぞれ6分の1ずつです。遺留分はその半分ですから、奥さんが4分の1、娘は12分の1です。


Jさんの相続財産は、通常の評価額では農地も含め2億7000万円ほどあると考えられましたから、長女にも三女にも2250万円ずつの遺留分があります。合わせて4500万円をどうにか用意すればいいことが分かります。


但し、農地以外の財産はすべて売却しても4000万円程度しか見込めません。しかもJさんの奥さんが実家や生活費を相続することを考えると、実質的には2000万円も用意できないのです。


そこで、私の方で長女と三女に事情をすべて説明することにしました。彼女たちには遺留分としてどれだけの金額が保証されているか、また遺留分をJさんはすべて用意するつもりでいるが、現時点では難しいかもしれないと伝えます。


三女は、農業を継ぐことができないという申し訳なさもあったことから、遺留分すべてを用意しなくても問題ないし、気持ちだけでとにかくうれしいと言ってくれました。


しかし、やはり長女は簡単に納得してくれそうにはありませんでした。長女の場合、血がつながっていないため、Jさんの奥さんが亡くなった時、いわゆる二次相続の時の相続権もないのに、Jさんが亡くなった時の遺留分すら確保できないのでは話にならないと訴えてきたのです。何度も場を設けて時間をかけて話をしてもどうしても納得してもらえず、最終的に長女とは和解することはできませんでした。

付言事項で遺言者の最後の思いを残す

●解決策3 最終手段にして効果的な付言事項の利用

長女との話し合いは、平行線のまま1年が過ぎてしまいました。その間、長女は耳を傾けるどころか、段々と姿勢は頑なになり、話し合いにすら応じなくなりました。なす術もない状態になってしまうと、Jさんと奥さんは「時が経てばきっと納得してくれると信じよう」と時間が解決することに淡い期待を抱き、気長に待つことにしました。


いつ相続が発生するかわからないのに、このまま時間が経つことはリスクがありましたが、事前に説得のためにできることはなくなってしまったので、動きようがなかったのも事実です。そこで筆者は最後の手段をお勧めすることにしました。それは、「遺言書」です。

 

遺言書は、遺言者の死んだ後の財産の帰属を決めるための文書です。遺言は故人の遺志を確実に実現させる必要があるため、規定をすべて満たしていなければ法的な効力がなくなってしまいます。一口に遺言書と言っても様々な種類がありますが、筆者がJさんにお勧めしたのは、遺言書の中でも最も信頼性の高い「公正証書遺言」と言われるものです。

 

この「公正証書遺言」とは、公証人の面前で遺言内容を口授し、公証人によって作成されます。公証人は法務のスペシャリストですから、法的にも落ち度がなく、完成度の高い遺言書を作成することが可能です。しかも、原本は公証役場で厳重に保管されるため、大切な遺言書が紛失、破棄、改ざんされたりする恐れはありません。


「公正証書遺言」以外にも、自筆で全文を記入する「自筆証書遺言」と言われるものや、遺言内容を記載した文書を公証人および、証人2人の前で署名捺印などの手続きを行う「秘密証書遺言」と言われるものがあります。いずれも、比較的手軽に作成することができる反面、不備があれば全くの無効となってしまうリスクが避けられません。相続が発生する前から既に「争族」に発展してしまいそうな気配のあるJさん一家の場合は、なんとしても確実性のある公正証書遺言を作成する必要がありました。


公正証書遺言の必要性をJさんに説明し、再三にわたって説得を試みましたが、当初Jさんは公正証書遺言を書くことに乗り気ではありませんでした。人間誰しも、自分の死を想定して段取りするのは気が引けるものです。これは、Jさんに限らず、遺言書を書くことを勧められた人の大多数がこうした反応を見せると言ってもいいでしょう。


公正証書遺言を書くことを勧めてから6カ月間、Jさんはなかなか行動を起こそうとしませんでした。そこで私は弁護士を紹介することにしました。弁護士から公正証書遺言を残すことのメリットや、公正証書遺言を書かないことで、現在起き始めているトラブルが悪化することが目に見えているという説明を受けると、Jさんもついに決心するに至り、ようやく重い腰を上げて公正証書遺言を書くことになったのです。


公正証書遺言の内容は、誰に対してどの財産を残す、遺言執行人を誰にする、といった事務的で簡素なものです。いくらJさんの希望を法務のスペシャリストがぬかりなく文章に起こした文書といえども、相続発生後に開示された遺言書の内容に、長女が納得してくれる確率は限りなく低いでしょう。


そこで筆者がJさんに強くお勧めしたのが、付言事項の記入です。付言事項とは、名称が示す通り、本文の補足として付け足す言葉です。遺産分割等を示す法定遺言事項に、補足するという位置づけです。付言事項には特段の縛りはありません。感謝の言葉や遺産分割の理由、自分がいなくなってからの遺族の生活についてなど、被相続人の率直な想いを最後のメッセージとして遺族に伝えることができるのです。


人間誰しも面と向かうと言いにくいこともあるでしょうし、最後の言葉だからこそ伝わる想いもあります。付言事項によって、遺族間でくすぶる火種が吹き飛ぶという場面を何度も見てきました。遺族の心に与える影響は、思った以上に大きいものです。もし時間が経っても長女の態度が軟化しないならば、この付言事項によって考えを改めてもらおうと、一縷の望みを託すことにしたのです。


結局、4年後にJさんは亡くなってしまいました。駐車場を売却して現預金の蓄えは増えていたものの遺留分には足りず、長女と折り合うこともないまま相続が発生したのです。四十九日法要の翌日、弊社の会議室で奥さんと長女、次女、三女の4人に集まってもらい、公正証書遺言の開封です。遺言書の内容は、もともとJさんが主張していたものです。


奥さんに実家と今後の生活費として500万円を、次女に700坪の農地を、長女と三女には1000万円ずつを遺すという内容です。配分の内容を読み上げていても、長女の目つきは厳しくなる一方でした。


そして最後に付言事項が読み上げられます。


財産を千代子(次女)に多く残すことになったのは、一生懸命に築いてきた財産だから、家業を守る千代子に分散させず引き継がせたかったからです。裕美(長女)の気持ちにはあまり寄り添えなかったかもしれませんし、恵子(三女)は青森に行った時にずいぶん世話をかけましたけど、わかってくださいね。


三姉妹全員を平等に想っていましたよ。


私が亡くなったあとも仲良くしてください。


最後まで読み上げると、長女の険しい表情はいつの間にか緩み、目には涙が滲んでいました。この涙が、相続の問題はすべて解決されたことを物語っていました。付言事項に心動かされた長女は、遺留分について何の主張をすることもなく、Jさんの遺志通りに財産を受け取ったのでした。

付言事項は「真摯」かつ「率直」であることが大事

遺言書開封の後、長女は母親と次女、三女に今まで言えなかった気持ちを打ち明けます。孤独感でいっぱいで辛かったと泣きながら話し、財産についても、経済的に困っていたわけでも遺留分にこだわっていたわけでもなく、両親への恨みのような感情から、嫌がらせをしてしまっていたのだと正直に話しました。すると母親からも、あの時は本当に申し訳なかったと、初めて真剣に向き合って謝ることができました。次女と三女は、ずっと心配していた長女との和解に喜び、今後は頻繁に連絡を取り合おうと約束しました。まさにJさんの最後の言葉によって、今まで凍りついていた関係に陽が差し込んだのでした。


遺言書を残すことは大事ですが、内容は決まりきっていて冷たい専門用語の羅列になり
がちです。それだけでは相続人が被相続人の考え方を理解できないこともあり、中には
「どうして?」と疑問が残ってしまう人もいて、それが争いの発火点になることもありま
す。だからこそ、遺言書にはJさんのケースのように、付言事項をプラスして意図をしっかりと伝えることが必要です。


また、付言事項もただ書けばいいものではありません。ありがちな美辞麗句や抽象的な
文言を並べただけでは効果が薄れます。心に響く付言事項とは、被相続人が生前に日頃か
ら使っていたような言葉で、語りかけるように書かれたものです。また、被相続人の遺志
や遺産配分の理由が具体的でわかりやすいことも大事です。


別の案件で、財産の配分に差があったものの、その理由を婉曲に書いてしまった付言事
項がありました。遺言書を開封しても遺族はやはり納得できず、少ない配分になった人が
不満を言い出して、納税の申告ギリギリまで揉めていました。良い人でいたいとか、良く
思われたいとかで取り繕ってしまうと、このようなことになります。最後の言葉ですから、八方美人になることをやめて、真摯に率直な表現で伝えることが重要です。Jさん家族は、心を込めた付言事項によって過去が清算され、円満な相続を迎えられたのでした。

本連載は、2015年12月10日刊行の書籍『税理士が教えてくれない不動産オーナーの相続対策』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

税理士が教えてくれない不動産オーナーの相続対策

税理士が教えてくれない不動産オーナーの相続対策

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幻冬舎メディアコンサルティング

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