本記事では、補償額を抑えるために保険会社が使う「手口」を見ていきます。

被害者の治療費と休業損害が打ち切られる!?

交通事故被害者たちがまず突き当たる壁が保険会社の一方的で傲慢なやり方である。彼ら保険会社はできる限り補償額を低くするため、あらゆる手を尽くす。

 

その一つが被害者の治療費と休業損害の打ち切りである。その実例をいくつか紹介しよう。

保険会社が医師を誘導して行う「治療費の打ち切り」

〈事例1‒1〉治療費を一方的に打ち切られたAさん夫妻

 

Aさん夫妻(夫41歳、妻40歳)とその子ども(新生児)が普通自動車に乗車、交差点で信号待ちをしていたところ、後方から普通自動車に追突された。その結果夫婦ともに頸椎捻挫(ムチ打ち症)と診断された(子どもは検査すること自体にリスクがあると医師からいわれ検査していない)。

 

事故後Aさん夫妻はT病院に通院するが、わずか2カ月あまりで保険会社から治療費を打ち切られた。保険会社からも医師からも治療費打ち切りの説明もないため、Aさん夫妻はしばらくT病院に通い続けたが、後に主治医が保険会社のいわれるままに診断書を書き、これ以上の治療は必要がないということにされていたと判明した。

 

保険会社が医師を誘導して被害者に何の相談もなく治療費を一方的に打ち切る。考えられないことのようだが、実際にはよくあるのである。先ほども触れたとおり、指を失ったり、失明してしまったりというように、治療自体は終わっても元の機能は戻らない、もうこれ以上治療しても症状は改善しないという状況がある。これを専門用語で「症状固定」というのだが、これを医師が判定した段階で、治療は打ち切りになるのである。

 

しかもAさんのケースのように保険会社も医師も本人に何の通知も相談もせず、彼らだけの判断で勝手にやってしまうケースも少なくない。医師が症状固定の判断をすれば、法的な意味での治療は終了となる。そうなれば当然治療費は打ち切り。だから保険会社は医師に時にはプレッシャーをかけながらでも症状固定を急がせる。治療費が打ち切られても、本人がどうしても治療を受けたいという場合も当然出てくるのだが、その場合は自費で医師にかからざるを得なくなる。

 

A夫妻によればT病院は以前からかかりつけの医師として、頻繁に診てもらっていたという。それゆえ問題発覚後もとくに苦情を呈さなかったというが、やはり日を追うごとに保険会社と医師の勝手なやり方に強い不信感と憤りが募り、転院して自費で治療を続けているという。なんとか症状固定を取り下げることはできないかと私たちの事務所を訪れたのである。

「他覚的所見・神経学的所見はとくになく…」

〈事例1‒2〉保険会社の電話攻勢と治療費打ち切りで精神的にも追い詰められたBさん

 

Bさん(31歳女性)が狭い路上で前方から来た自動車をやり過ごそうとしたところ、その自動車に足を踏まれ転倒、左下腿打撲、左股関節痛、腰椎捻挫、頸椎捻挫の怪我を負った。その後Sクリニックに通院したが、保険会社が主治医に圧力をかけ事故後3カ月あまりで症状固定と診断、一方的に治療費を打ち切られてしまった。

 

この間、保険会社からBさんに毎週のように電話がかかってきて、本当に治療が必要な状況かどうかなど様々なプレッシャーや疑いをかけられ、精神的に疲弊した。Bさんは、結局自費で通院することになった。

 

保険会社のこのような電話攻勢や、一方的なやり方に精神的に参ってしまう被害者も少なくない。私はこれを交通事故の二次被害と呼んでいる。Bさんのように複数箇所に傷害を負い、痛みなどの自覚症状を訴えていても、症状固定を宣言されてしまえば治療の必要はないとされてしまう。実際にBさん自らそのような自覚症状を訴えて保険会社に交渉したところ、次のような文書が保険会社から送られてきた。

 

●月●日にSクリニックの●●医師にB様の現在のご症状の確認をさせていただきましたところ、B様の自覚症状を裏付ける他覚的所見・神経学的所見はとくになく、医師よりB様にも治療終了につきましてご説明いただいていると確認させていただきました。

 

弊社見解といたしましては、●●医師よりご説明を受けた日から1カ月後の●月●日をもって賠償上の治療の終了とさせていただきたく存じます。その後治療を受けられる場合は、健康保険証を使用されB様にてご負担いただきますようお願い申し上げます。(抜粋)

 

なんとも取りつく島のない返事である。いくら本人が痛みなどの自覚症状を訴えても、医師がそれを裏付ける他覚的所見や神経学的所見がないとしている限り、治療するに値しないというのだ。そもそも他覚的所見とか神経学的所見といわれても素人にはさっぱりわからない。実はこの他覚的所見というのが、保険会社が使う常套句で曲者なのだが、詳細は後に説明する。簡単にいえば本人の自覚症状を説明しうる医学的根拠が見当たらないということで治療の必要はないと断じているのだ。それにしても、医師も保険会社も被害者の訴えや感情を無視した、何とも一方的な決め付けである。

4カ月の休業期間に支払われた補償は45万円のみ・・・

〈事例1‒3〉休業損害打ち切りで経済的に追い詰められたCさん

 

Cさん(40歳男性)が乗用車で前方赤信号のために徐行運転をしていたところ、右側のわき道から突然一台の車がノーブレーキでCさんの車両の側面に衝突。Cさんは頸椎捻挫、胸部打撲、右足関節捻挫、症候性腰椎症を負った。

 

Cさんは大工業を営んでいて、月に70万円近くの収入があったが、確定申告の際、過少申告をしていたため、事故後45万円が休業補償として支払われたのみで、その後の請求は無視され続けた。

 

Cさんは職業柄力仕事が多いため、事故から4カ月近くは休業せざるを得なかったが、その間の補償が45万円のみ。専業主婦の妻と子供3人を抱える被害者の収入が途絶えて、生活が困窮。仕事を無理してでも再開せざるを得ない状況に追い込まれた。

 

休業損害の算出についても、基本となる収入の算定の仕方、休業期間の算定など問題が多く、保険会社としてはできる限り補償を低く抑えるべく打ち切りの方向に持っていくのが常である。

 

これに関しても後の連載で再び詳しく触れることになるが、被害者の現状を顧みない不当な算出が行われているのが現状である。以上に挙げた実例は決してレアケースではない。治療費の打ち切りや休業損害の打ち切りは交通事故補償の現場では日常茶飯に見られる状況なのである。実に多くの被害者が保険会社の一方的なやり方に泣かされているのである。

 

 

谷 清司

弁護士法人サリュ 前代表/弁護士

 

本連載は、2015年12月22日刊行の書籍『ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

谷 清司

幻冬舎メディアコンサルティング

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