「法定相続分」は本来、最も優先順位が低い分け方
「あの、一つ気になったんですけどよろしいですか?」
美千子が訊ねた。
「どうぞ。何でもお聞きください」
「法定相続人が財産をどう分けるかは法律で決まっているのでは・・・? たしか兄弟は平等に分けるようにって」
「民法の法定相続分のことですね」
「ええ。配偶者が半分、残りを子供たちが平等に分けると何かで読んだことがあります」
そういえば、源太郎もそんな話をどこかで読んだか聞いたかしたことがあった。何だ。それなら子供たちに財産をどう分けるか頭を悩ませなくてもいいじゃないか。
「よく誤解されているのですが、実はそれは間違いです」
「えっ、でも・・・?」
夫婦の声が揃った。
「法定相続分という規定はたしかに民法の中にあります。ただしそれは優先順位が一番低い分け方なのです」
「分け方に優先順位があるのですか?」
「最も優先されるのは、『被相続人の遺志』です。誰にどれだけ残したいのか、財産の所有者である被相続人の思いが尊重されるのは自然なことですよね。ただ、遺言書などの形で被相続人の意思が遺されていない場合もあります」
「そんな時には相続人全員の話し合いで遺産分割の方法を決めるのですが、相続人同士がもめてそれもできない場合に、ようやく『仕方がないから法定相続分で分けよう』ということになるのです。法律で決められている通りに分けなければいけないと考えている方が多いのですが、これはまったくの間違いです」
価値のあるものは、ほとんどが課税対象だが・・・
「亀山さんは自分がお持ちの財産の中で、どのようなものが課税対象になると思いますか?」
と由井が訊ねる。
「現金や預金、不動産といったところでしょうか」
「そうですね。もちろんそういったものも含まれますが、実は課税対象の幅はとても広いのです。宝石や貴金属、自動車などの『動産』、債権やゴルフ場の会員権、借地権・借家権などの『権利』、生命保険や死亡退職金なども課税対象となります」
「生命保険や死亡退職金は私が受け取るわけではないのに相続税がかかってしまうのですか?」
「はい。相続財産と同じものということで『みなし相続財産』と呼ばれます」
「価値があるものはほとんど含まれてしまうのですね」
げんなりしたように美千子が呟く。
「そうですね。ただ一部には一定の価値があるのに財産と見なされないものもあります」
「そんなものがあるのですか?」
「はい」
由井はフォルダから書類を取り出した。
<相続に際して課税されない財産>
●墓地、墓石、仏壇、仏具など
●公益事業用財産・相続人が受け取った生命保険のうち非課税限度額(500万円×法定相続人の数)
●相続人が受け取った死亡退職金のうち非課税限度額(500万円×法定相続人の数)
●相続財産を国や特定の公益法人などに寄付した場合の寄付財産
「公共の利益になる事業用地や寄付とか保険や退職金の非課税枠はわかりますが、墓地や仏具も非課税なのですか?」
源太郎の問いに由井がうなずいた。
「墓地や仏具などは『社会通念上、金銭的な価値を超越し、処分して換金できるものではない』という考えから、相続税はかからないことになっています」
「それじゃあ先生、キラッキラの純金仏壇なんてものを作ったらどうなります?」
気分を盛り上げようと軽口のつもりで源太郎は訊ねた。
「その場合は日常的な礼拝に供しているかどうかが判断の分かれ目になります。純金なら、溶かして売却することも可能ですからね。つまり商品や骨董品、あるいは投資目的で所有している場合には課税対象になるということです。同様に、オフィス街や繁華街に、常識以上の広さの土地を『墓地』として購入する場合も、非課税財産とは認められません」
あっさりと由井が答えた。さすがに場数を踏んでいるということなのだろう。答えによどみがない。営業マン時代なら、「おぬしやるな」とネクタイを締め直すところだ。