前回では、貸地を含む多くの土地を相続する際の問題点をあげました。今回は、その具体的な解決策について見ていきます。

遺産分割は相続人のみで話し合うことが重要

前回は、Aさんの相続時の問題点として「土地が多い」「貸地が多い」をあげました。今回は、その解決策について見ていきます。

 

●解決策1 相続人だけでじっくり話し合う場を設ける
Aさんのケースでは、貸地を含む多くの土地を、4人の相続人たちがうまく分割できるかどうかが、円満な相続のための最も重要なポイントでした。

 

最初に行ったのは、相続人となる子ども4人に集まってもらい、遺産分割について話し合ってもらうことでした。Aさんはまだお元気とはいえ、その頃で既に92歳であり、年齢からしていつ何が起こってもおかしくはなかったのです。まだ何も起こっていない今のうちに集まってもらい、相続人に相続について意識をしてもらうことから始めて、相続が起こった場合、いつまでに何をしていかなければならないかをご説明しました。そしてこの最初の段階で皆さんと「ある約束」を取り付けました。その約束とは、「この遺産分割はきょうだい間の話なので、それ以外の人を関わらせることはしないでください」というものです。

 

相続で揉めるパターンとして、相続人の配偶者など第三者からの口出しがあります。奥さんがいる相続人だったら、奥さんから「学費等で家計が大変だから、少しでも多くの遺産をもらうようにお願いしてほしい」と圧力をかけられて従ってしまうことも実は多いのです。しかし、このような第三者からの働きかけは、往々にして良い結果を招きません。相続をコーディネートする立場の人が、早々に第三者の存在を排除していかないといけません。

 

約束を取り付けた後、きょうだいで遺産分割についての話を進める段階に入っていきます。初めは本人たちだけで話し合う様子を見守っていました。すると、きょうだい間の関係性が見えてきます。唯一母の違う長男が、他の3人から攻められるような、不利な立場だったのです。父の敷地で暮らしていたことや、一軒家を建てるときに父から受け取った援助金のことを持ち出され、3対1と不利な構図になっていました。

 

異母きょうだいがいるというのも、相続では揉めやすいパターンの一つです。そもそも普通のきょうだいでさえ相続では揉めることが多いのに、異母きょうだいであれば余計に考え方も立場も異なってきますので、意思の疎通が難しくなります。ちなみに、最も厄介なのは、相続発生後に隠し子がいたと判明したときです。隠し子の存在を知らされていない場合、突如として現れたことによる相続人の心理的なショックは非常に大きいものです。さらには隠し子から「私にも遺産をもらう権利がある」と主張されるような事態になれば、その影響は大きなものになります。

 

それに比べれば、Aさんのケースでは既に皆が異母きょうだいの存在を知っていましたし、長い付き合いでもあることが、まだ冷静に話し合える土壌を作っていたとも思います。いろいろと指摘される中でも長男は変に卑屈にはならず、他のきょうだいに「学費や結婚費用などの援助をしてもらっていただろう」と反論することができていました。

 

きょうだい間の話し合いが煮詰まってきたところで、あえて長男に「すべての財産を1人で受け取るというのはどうでしょうか?」と提案しました。親であるAさんの面倒を一番見ていたのは長男だったこともあり、そんな長男が一体どうしたいのか、どう考えているのかを、しっかり聞き出して皆に共有するためでした。すると、長男は「すべてを貰うのは困る」と答えます。話を聞くと、相続できょうだいと長年揉めている知人がいるらしく、そのようなことにはなりたくないから、皆で納得するような分割にしたいとかねてから望んでいたというのです。

 

今回の場合は、長男の意志が大きなきっかけになりましたが、キーパーソンの意志を聞き出せると、一体感が生まれてみんなでうまく分割できる方法を考えていこうという空気ができてきます。分割の割合では、父の面倒を見ていたのだから長男に多くするという前提条件も、皆不満を言わず納得してくれました。

長男が葬儀費用等を負担することで皆が納得

●解決策2 複数のシミュレーションを提示し、“落としどころ”を作る
話し合いのスタンスや場が整ってきたところで、問題の土地の分割方法について話し合いを進めます。こちらからは複数のシミュレーションを提示しました。数が多かったこともあって分割案は10を超えています。作成にも時間はかかりましたが、確認する方も大変だったことでしょう。

 

そのシミュレーションした資料の中では、4人それぞれが相続する土地の住所、地目、現況、価格、貸地であれば月額の地代収入、固定資産税もひと目でわかるように記載しています。価格は、固定資産税評価額、路線価、公示価格(更地として考えた場合の価格)などいくつかの種類で算出し、4人がどのような土地をどのような価格で、どの程度の按分割合で受け取るかをわかりやすく明記しておきました。すべてをはっきりリスト化しておいたのは、あとから難癖をつけるということをなくすためでもあります。

 

6回を超える全員での打ち合わせの中で、最終的に下記の図のような按分割合で分割を決定することができました。土地評価としての割合はやや長男が多い程度でしたが、地代収入に関しては、長男が半分以上の割合を占めるような分割案でした。地代収入が高い貸地が長男に集まったのは、その貸地が単年契約であることや、借地人の契約や管理に手間がかかるといった理由がありました。また、長男本人としても、なるべく多くの父の仕事を引き継ぎたいという意志もあったためです。

 

【Aさんに提示した分割方法のシミュレーション(イメージ)】

地代収入に大きな差が出てしまったのは確かですが、“落としどころ”としては非常に妥当な分割案でした。さらにダメ押しで長男以外の3人が納得するような「ある隠し玉」を用意しました。長男に「この分割案で納得してくれたら、父の葬祭費用をすべて負担する」と他のきょうだいに宣言するように助言したのです。

 

葬祭費用というのは、いろいろなところで費用が発生します。主に葬儀社への支払いから、お布施、読経料、戒名料、会葬礼状、香典返しなどがあります。葬式以降も、初七日、四十九日、一回忌、三回忌などの法要があり、その都度諸費用がかかります。地元で知られる名家などであれば、それらの額は必然的に高額にならざるを得ませんから、負担する金額やその出所について、実はきょうだい全員が気にかかっていたことでした。さらには、何らかの費用がかかるたびに相談して4人で4分の1ずつ負担していくというのも手間ですし、たとえ親の葬祭であっても全員が同じ価値観を持っているとも限りません。平等に意見が言い合える余地を残すとかえって諍いさかいの元を残してしまうこともあるのです。

 

そこで、遺産の取り分の多い長男が葬祭費用全般について負担するということにすれば、他の3人の金銭的、精神的負担が軽減されます。その隠し玉が決め手となったこともあって、最終的に皆が納得する形で話し合いを収めることができました。

円満な相続に一役買った「遺言書」の存在

相続はAさんと出会ってから8年後に発生しました。Aさんが亡くなる3年くらい前から相続人となる子どもたちと土地の分割方法を考えられていたこともあって、相続は特に問題が起こることなく無事に終了しました。

 

分割がうまくいったのは、早期に分割案を提示したこと以外にも理由があります。まずは遺言書です。信託銀行で作っていた遺言書を撤回し、新しい遺言書にしていたことも円満な相続に一役買っていたことでしょう。

 

撤回前の遺言書では、遺産について法定相続分で分割するとしか書かれていませんでしたが、そのままでは、Aさんの遺志は伝わりづらかったはずです。新しく作った遺言書では、2点内容を追加しました。一つは、異母きょうだいとして立場が弱かった長男を執行者として指定したこと、もう一つは、長男を中心に皆で争わずに遺産分割してほしいという付言を追加しておいたことです。

 

これだけの資産の遺産分割において、全員が心の底から納得するということは難しいことでしょう。誰もが何かしら小さく細かい不満を募らせることは仕方のないことだと思います。しかしそれでも最後の最後までお互いに配慮し合えたのは、この遺言書の存在が大きかったことでしょう。

 

さらに、全般的に相続をうまく収めることができたのは、その8年の間にAさんと信頼関係を築くことができたからだと思っています。当初こそ相続の話はありませんでしたが、いろいろな話をする中で、お互いの気持ちを知ることができたので相続を任せていただけました。そして父であるAさんが信頼してくださったからこそ、子どもたちからも信頼を得ることができ、話し合いをうまく進められたとも考えられます。もし、子どもの中の一人でも別の弁護士や税理士を連れてくるようなことがあったら、それによって話し合いは長引いたことでしょうし、どこかで決裂していてもおかしくはありません。

 

最近では相続案件に得意な税理士事務所などが、都心でセミナーや勉強会を頻繁に行うなど宣伝していますが、地域密着型の不動産会社は、その地域の不動産の特性を把握し尽くしています。何より近くにいた方が何度も顔を合わせて会話をすることができ、お互いの信頼関係を築きやすいというメリットもあるのです。相続対策は、いざ相続が発生してからでは最善策を立てることが難しくなります。じっくりと向き合って話し合える存在を見つけるというのは、相続を無事に終わらせるために必要なことだと言えるでしょう。

本連載は、2015年12月10日刊行の書籍『税理士が教えてくれない不動産オーナーの相続対策』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

税理士が教えてくれない不動産オーナーの相続対策

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