「会社の譲渡」に関しても生前からの対策が必要
「そういえば、熊田さんも相続のことを何か言ってたわよね」
「ああ。あいつは会社をやってるからいろいろ事情が複雑で大変らしい」
近所に住む熊田武雄は、源太郎にとって中学時代からの友人だ。子供の頃は一時ひどくグレてしまい、暴走族で鳴らしていたこともある。大人になってからは真面目に仕事を頑張り、一代で金属メッキの会社を立ち上げた。地元の事情に明るい一太郎によると、「熊田メッキ工業」は中小企業にとって厳しい昨今の環境下でも業績を伸ばしている、なかなかたくましい会社らしい。
「熊田さんのところはたしか次男の雄二くんが専務として働いているのよね?」
「その雄二くんに会社を譲りたいらしいが、長男の雄一くんや長女の恵子ちゃんにも権利があるのでなかなか一筋縄ではいかないようだ」
先月、久しぶりに居酒屋で飲んだ際にそんな話を聞いた。熊田には酔うと取引先の悪口を並べる癖があるが、家族の愚痴をこぼすことはほとんどない。特に子供のこととなると自慢話ばかりで、微笑ましくも辟易させられるのが常だった。
その熊田が「親の苦労も知らないで、権利ばかり主張しおって」と憤慨していたっけ。詳しくは聞かなかったが、次の世代に何かを残すということはそんなに難しいことなのか。
「お料理に何かお気に召さないことがございましたでしょうか?」
帰り際、厨房から出てきたシェフが心配げな顔でそう訊ねた。やや湿っぽい雰囲気になった亀山夫妻のことが気になったのだろう。
「いえいえ、とても美味しかったですよ」
気を使わせてしまったことをわびて、源太郎と美千子は店を後にした。
対策を後回しにせず、まずは「専門家」に相談を
帰宅後、リビングでお茶を飲みながら源太郎は言った。
「まずそんなことはないと思うが、万が一にも子供たちが争うことがないよう、相続のことをきちんと決めておく必要があるな」
源太郎の言葉に、美千子がうなずいた。
「相続税を支払うことになるのかどうかも知っておきたいし」
「あとは、どんな不安があるだろう?」
「あなたや私に介護が必要になった時のことも、考えておきたいわ」
医師から「脳に血栓がある」と言われた時の心配を源太郎は思い出した。血栓は認知症につながることもある。
「きみが一人になった時の生活費についても、考えなければいけないな」
思いつくままに並べてみたが、何をどうすればいいのやら、さっぱりわからない。法律や税金の専門家に相談するしかなさそうだ。
退職して以来時間はある。とりあえず後回しにはせず、まずは専門家を探すことを決めると少し気持ちが楽になった。
[図表]相続税の早見表