統制経済への回帰は杞憂
中国では2017年10月の党大会、18年3月全人代での憲法修正を経て、いわゆる「習思想」を人々に浸透させようとする動きが活発化した。全人代では国家主席の任期制限も撤廃され、少なくとも制度上は習近平国家主席が23年以降も主席を続ける道が開かれ(https://gentosha-go.com/articles/-/16137)、同氏への権力集中が顕著になっている。一部に、中国は毛沢東時代のような統制経済、個人崇拝に逆戻りするのではないかとの懸念が台頭し、党内の様々な動きも憶測されている。
かつて毛沢東政権は独裁政治下で経済の統制を強めたが、それを可能にした条件として、ある中国人学者は次の点を指摘している(6月13日付台湾上報)。
①(特に旧ソ連との関係悪化以降)生活物資、原材料いずれの面でも対外依存度が極めて低い自給自足・自力更生経済だった。
②基本的に物資不足経済で、農産品や工業製品は種類も生産地も限られており、それを人民に割り当てるだけでよかった。
③都市農村間の人口移動を厳しく制限していたため、農民工のような出稼ぎ労働者はほとんどおらず、農民や労働者の把握が容易だった。
④国家が唯一の資本や土地の所有者で、私企業は基本的に違法だった。
現在の中国経済がこうした条件を全く満たしていないことは明らかだ。
①については、17年貿易額は輸出入合わせてGDPの33.6%を占める。GDP規模が格段に大きくなっていることもあり、2000年代初頭の60%を超えるような高水準ではないが、石油を始めとする資源の対外依存度は高く(石油は17年60%以上)、食料品の約2割は輸入に依存、また中国経済の高度化に関連するハイテク技術の対外依存度が全体として50%以上(先進国は概ね30%未満、日米は5%未満)と極めて高い(江蘇省工業情報化協会)。
他方、中国の工業製品生産の世界シェアは約20%(なかでも空調機器80%、携帯電話機器70%、靴60%)、200種類以上の工業品の生産と輸出が世界1位で、うち数十種類は中国の輸出が世界の7割以上を占める(2015年5月20日付第一財経)。
このように、輸出入いずれも中国経済にとって欠かせない要素だ。毎年の対内外直接投資の対GDP比はなお2〜3%程度と低いが、歴史的に改革開放の過程で外資を導入して経済成長を遂げ、また近年では、中国企業の対外(特に一帯一路沿線諸国)進出を政策的に後押しする走出去政策を進めている。
②は農村や都市の一部に貧困問題が残っているが、世銀の分類では1人当たり平均所得は17年8640米ドルとすでに高中所得国だ。工業生産地も伝統的な東北部、沿海部に加え、内陸部へと広く分散している。
③に関しては、なお都市と農村の分離戸籍は維持されているが、都市部に大量の農民工が流入し(17年約2.9億人)、都市部の生産活動を支えている。
④は国有企業(国企)改革との関連があるが、80年代に憲法改正を通じて私企業の法的地位が明確化されて以降、私企業は中国経済を支える重要な構成要素で、特にその雇用や生産への貢献は無視できない。国家統計局統計年鑑によると、16年都市部就業者の約50%、総工業生産の36%を私企業(個人企業を含む)が占めている。そもそもGDPの規模が80兆元(約1400兆円)を超え、情報化が進み、ネット経済が急速に拡大する中国経済を一部指導層が完全に掌握し統制することは、指導層の意向にかかわらず、客観的事実として不可能だ。
中国指導層の思惑は?
中国指導層は実際のところ、どうしたいと考えているのか? 中国では歴史上、まず共産党が権力を掌握し一党独裁政権が生まれた後、統制経済が敷かれた。
必ずしも権力集中のために統制経済が敷かれたわけではなかった。習政権も中国共産党政治の歴史的延長線上にあり、上記の条件変化も当然認識しているとすると、権力基盤を強化するために統制経済に移行することが必要、あるいはそれが可能と考えているとは思われない。その傍証として、どこまで実行しているかは別にして、例えば次のような点を繰り返し内外に発信している。
①習政権発足以来、「市場に決定的作用を発揮させる」との看板を掲げ、中国を「市場経済国」として認定するよう、欧米諸国やWTOに強く求めている(図表1)。
[図表1]中国当局は自らを市場経済国であると主張
②18年全人代政府経済活動報告では、例えば中央・地方政府が価格を統制している財が過去5年間、各々80%、50%以上減少し、各省庁の許認可事項が44%減少したことなど、規制緩和をことさら宣伝している。
③全人代以外の重要な場でも、基本的には市場化を進めることが繰り返し表明されており、実際にも一定の措置が講じられている(人民元相場の中間値からの変動幅拡大、外国企業の参入規制緩和など)。
以上を踏まえると、統制経済に逆戻りすると考えるのは杞憂だろう。
他方で、市場機能は重視しつつも、全てを市場に任せて混乱が生じるのは避けたいという意識は強く、その背後には、中国でよく言う「一管就死、一放就乱」、つまり「管理するとすぐに死んでしまうが、ほったらかしにするとすぐに混乱する」という思考がある。国企改革で、国企を主体としつつ、民間企業の存続発展も認める混合所有制を推進し(図表2)、また様々な面で、政府と市場の適切な関係を模索する(言い換えれば、政府がどこまで経済に介入するのが適切かを考える)と主張していること自体は理解し得るものだ。
[図表2]党媒体の混合所有制宣伝