相続で問題となる「生前に贈与された特別な財産」
相続では、特別受益が問題となることもあります。これに関しても、適切な遺言書を残しておくことで予想されるトラブルを防ぐことが可能となるでしょう。実際にあった次のような事例をもとに、どのような遺言書を作成しておけばよいのか検討していきましょう。
【事例】
A家の長女の夫は、病のため働けなくなり、長年勤めていた会社を退職した。その後は、長女の実家の支援で生活しているが、実家の掃除、また自分の子供や両親の面倒をよく見ている。両親が元気なうちの支援はまだしも、両親のどちらかに相続が起こった場合、長女の兄弟姉妹から、例えば長女に対して特別受益があったと主張されることは間違いないと思われる。
遺言書を作成する前提として、まずは特別受益の意味について十分に理解しておくことが必要となるでしょう。相続人が複数人いる相続では、例えば相続人の一人が、被相続人から生前に特別な財産の贈与を受けていることがあります。この「生前に贈与された特別な財産」のことを「特別受益」といい、また特別受益を得た相続人を「特別受益者」といいます。
具体的には、被相続人の生前に住宅取得資金や事業資金などの援助を受けた相続人がこれに該当します。仮に相続開始時に算出された相続財産のみで遺産分割を判断した場合、過去に贈与を受けていた相続人と贈与を受けていなかった相続人との間では、平等な分割ができません。
そこで、特別受益を受けている相続人がいた場合、その相続人は「被相続人から生前に財産(遺産)を先にもらっている」と考えます。ただし、特別受益の受贈財産の価額は、贈与を受けた時の価額ではなく、相続開始時の時価に換算して評価(民法906条)します。
特別受益となる生前贈与としては具体的には以下のようなものが挙げられます。
①婚姻のための贈与、養子縁組のための贈与
※婚姻・養子縁組のために被相続人が支出した持参金、嫁入り道具、結納金、支度金など
②生計の資本としての贈与
※例えば、子供が世帯を別にする際に親が自己の不動産を贈与する場合や、事業を開業するための金を贈与する場合などが該当します。
なお、扶養の観点からなされた贈与については、扶養は義務の履行であるため、贈与ではなく特別受益に該当しないとされます。
③遺言書で特定の人に贈与(遺贈)するとした財産
④生命保険金や死亡退職金が不相当に高額な場合など
遺言書によって特別受益の持戻しを免除できる
被相続人が遺言や生前の行為によって、特別受益の持戻しをしないという意思表示をしていれば、その意思表示に従うことになります。これを特別受益の持戻しの免除といいます。
すなわち遺言で「私は長男に1000万円を贈与したが、遺産分割で問題にしないこと」などの意思表示があった場合、相続人はそれに従うことになります。先の事例でも、相続でもめごとにならないように、両親は相互遺言書を作成して、「遺言による特別受益の持戻しの免除」について意思表示をしておくことにしました。
つまり、遺言書の中で「私は長女に3000万円を贈与したが、遺産分割で問題にしないこと」と明記しました。このような遺言書が残されていれば、結果として他の相続人、すなわち長女の兄弟姉妹はそれに従わなければならず、「長女には特別受益があるから相続できる財産を減らすべきだ」とは主張できなくなります。