すべての相続財産を子供2人に均等に分割したいが・・・
<家系図>
<主な財産状況>
●自宅不動産(一戸建) 3,000万円
●賃貸アパート 7,000万円
●有価証券 3,000万円
●預貯金 4,000万円
合計 1億7,000万円
人口3万人の地方都市の中心部に、両親が自宅を所有しており、自宅の近くに築20年の賃貸アパート3棟(大手ハウスメーカー施工・3棟ともほぼ満室状態)があります。
賃貸アパートは竣工後、自主管理を続けてきましたが、年齢的にも夫婦で今後自主管理を続けていくことは困難と感じ始めています。夫婦仲は良く、子供は長男と次男の2人です。
長男は、地元の企業に就職し、親と同じ県内に居住しています。県庁所在都市に自己所有の一戸建てを所有しています。
次男は、東京の企業に就職し、都内の自己所有マンションに居住しています。
親子関係には今のところ表面化しているトラブルや解決すべき問題はありませんが、相続財産に占める不動産の割合が多いことが唯一の懸念材料です。
自宅・賃貸アパートだけで、相続財産の約6割を占めています。両親としては、自分たちの老後のことも考えると、同じ県内に住む長男に自宅を相続させて、自分たちの老後の面倒をみてほしいと考えています。
また、賃貸アパートと金融資産については、長男と次男にきれいに半分ずつ分割させるつもりです。したがって、賃貸アパートは息子2人の共有にて相続させる考えでした。
現在は満室状態を維持できており、家賃収入が不労所得として毎月振り込まれることが大きな楽しみとなっていました。また、老夫婦にとっては、苦労して建てた賃貸アパートであるため、思い入れも強いようです。
加えて、両親ともにそれぞれ資産を保有しており、基本的には、息子2人に均分に分けてやりたいと考えています。一次相続と二次相続を見越した効果的な節税対策についても検討しています。
不動産を金融資産化し、「生命保険」を活用
本事案について、筆者は下記のとおりアドバイスを行いました。
①資産の組換え
まず、賃貸アパートを息子2人に共有で相続させた場合の将来リスクを説明しました。
不動産を共有することにより、売却時期や売却価額に合意が得られず、「争族」に発展するリスクがあります。不動産の共有は、「問題の先送り」に過ぎず、縦(親子間)の共有ならまだしも、横(兄弟姉妹間)の共有は極力避けるべきです。
また、少子高齢化時代における賃貸アパートの経営リスク(空室リスクや修繕費リスク)及び超低金利政策が反転した際の金利上昇リスクについても説明しました。
その結果、共有を避けることについては、両親の理解を得ることができました。しかし、賃貸アパートを相続する者は、金融資産のほとんどの相続を諦めることになります。金融資産の半分も相続したいということになると、公平な遺産分割を進めることについて問題が生じます。
そこで筆者は、賃貸アパートについて、本当に子供たちが相続したい財産なのかどうかについて、家族会議を開催してもらうこととしました。
筆者は、現在は不動産市況も悪くないこと、さらに満室稼働しているため、売却の時期としては好ましい時期であることを説明しました。また、今後揉めない分割対策・余裕ある納税資金対策からも、現時点での賃貸アパートの売却については、検討に値するというアドバイスを行いました。
②生命保険の活用
次に筆者が提案したのは、生命保険の活用です。
自宅を長男の相続財産にすると、長男と次男に不公平が生じるという問題を解決するには、生命保険の活用が検討に値します。
(イ)一時払い終身保険の加入による非課税枠の消化
親が長男を受取人とした一時払い終身保険に入ることにより、長男が死亡保険金を受け取り、長男が次男に対し現金を支払う代償分割の方法もあります。これにより、「死亡保険金の非課税枠(法定相続人の人数×500万円)」の活用も同時に行えるので、この非課税枠を消化していない被相続人にとっては、非常に有効です。
この場合に、親が次男を受取人とした一時払い終身保険に入ることにより、次男が死亡保険金を受け取るという調整方法もありますが、死亡保険金は受取人固有の財産であるため、次男が死亡保険金を自分の財産であると主張した場合には、調整策としての機能を果たさなくなりますので、注意が必要です。
(ロ)暦年贈与の非課税枠の活用による分割対策・納税資金対策・節税対策
両親が「暦年贈与非課税枠(受贈者:毎年110万円)」を活用して、息子2人に生命保険を贈与します。具体的には、息子はその贈与額を保険料に充当し、両親を被保険者・自分を受取人にする生命保険に加入します。
このケースにおいて、自宅を取得することによる不公平を解消することが必要である場合には、息子たちに対する贈与額を調整すればよいでしょう。
以上イ、ロのような生命保険を活用することにより、分割対策・納税資金対策及び節税対策を行います。
その後、上記アドバイスをもとに、対策を実行に移しました。
まず、賃貸アパートを相続資産としてどのように今後維持管理していくかということについて、筆者からのアドバイスを踏まえて検討した結果、売却活動に入るという結論に達しました。
筆者の人的な繋がりの中から、信頼できる不動産会社を紹介。不動産会社の査定のもとに、さっそく売却活動に入ったところ、1か月で希望額どおりの買い主が現れて、売買契約を締結しました。
次の課題は、売却によって得られた資金をどのように有効活用するかです。
この問題は、各個人ごとにリスクとリターンに対する考え方が異なるため、一般論というものはありません。現預金として持つか、株式や投資信託といった投資を行うか、新たな不動産に再投資するか――という選択をすることになります。当然のことながら、これらの中からどれか一つを選ぶのではなく、ポートフォリオを組んで、組合せをすると良いでしょう。
笑顔相続の秘密
昭和の高度成長期においては、「土地神話」なるものが存在し、土地は時期により若干の値下がりがあっても、長期的には必ず右肩上がりに上昇するものでした。また、住宅ローン減税や住宅取得のための低金利融資等、国や企業を挙げての持ち家推進策がとられました。このような時代においては、「出口」を想定する必要がなく、いかにして資産と事業を次世代に引き継ぐことができるかが問題でした。相続財産の分割においては、土地を処分することなく、相続人に承継させるのが正しい相続であり、土地の売却については、失敗した相続とみられる時代でもありました。
しかし、バブル崩壊とともに、「土地神話」は崩壊してしまいました。さらに、少子高齢化時代の到来により、今度は空き家問題と事業承継問題が深刻なものとなっています。特に地方から都会の大学に進学し、都会で就職するケースは多く、地方の空室が目立ち、多額の修繕費用のかかる賃貸物件を引き継ぐことは相続人にとって不安です。「負の遺産」の承継は回避したいものです。
また、都会で自分の家庭が築かれている場合に、地方の親が創業した会社を引き継ぐことは、その家族はもちろんのこと、会社の従業員にとっても幸せな結果になるとは限りません。
では、親世代としては、「出口」をどのように探るべきでしょうか。賃貸物件であれば、売り時を見極めることであり、会社であれば、解散か譲渡(M&A)ということになります。
現金の相続税評価には税制上の優遇はありませんが、相続人から最も喜ばれる財産であることに間違いはありません。
相続対策における優先順位は、①争いを避けるための分割対策、②他の相続人に納税資金が不足すると連帯納付義務が発生するため、これを回避する納税資金対策、③相続税の節税対策―の順番です。
やはり、「負の遺産」を承継しない「出口戦略」を親が講じておくことが、争族を発生させない最も大切なことであると考えます。
池田 達彦(いけだ・たつひこ)
相続診断士、税理士、宅地建物取引士、不動産コンサルティングマスター
昭和32年、香川県生まれ。一橋大学商学部卒業、筑波大学大学院企業法学専攻修了。
三井不動産㈱に20年間勤務後、父の税理士事務所を経て、相続に特化した税理士として独立。池田達彦税理士事務所(あおぞら資産相談室)代表