今回は、M&Aクラウドの編集部が、2017年度に世間の注目を集めたM&Aの事例を紹介します。※本連載では、事業承継の選択肢のひとつとして、M&Aの基礎知識を紹介します。

DMMがCASHを運営するBANKを70億円で買収

●DMM、CASHを運営するBANKを70億円で買収

 

2017年、一番スタートアップ業界に衝撃を与えたM&Aではないでしょうか? DMMは2017年1月にイラスト・漫画投稿サイト「pixiv」を運営する前社長の片桐孝憲氏を新社長に据えてから数々のM&Aを行なってきました。ベンチャーを次々と買収し起業家集団を築いた往年のヤフーを彷彿させるようでした。

 

今期のM&Aは公表ベースで5件です。3Dプリントを手がけるアイジェット、音楽共有アプリのnana music、写真保存アプリのピックアップ、オンラインサロンを運営するシナプス、そして、即査定・現金化アプリCASHを運営するBANKを70億円で買収しました。

 

サービスリリースからなんとたった4ヶ月とのことです。BANKの代表取締役である光本氏は、STORES.jpを運営するブラケットをスタートトゥデイに売却したシリアルアントレプレナーと知られています。DMM創業者の亀山氏によると、従来のバリュエーションによると数億円の価値しかなく、あくまでも光本氏の高いモチベーションでのグループ入りを狙ってとのことでした。

 

亀山氏「70億円の根拠??ない(笑)。だって70億円って言うから(笑)」。

出典: DMMがCASHを70億円で買収――亀山氏「おい、なんか買えるっぽいぞ!」からの舞台裏、光本氏と片桐氏が切り開く”即時買取の新市場”

 

まさに未上場企業の創業社長ならではの意思決定です。光本氏としても、メルカリやヤフオクなどの競合の参入を考えた上での意思決定だったとのことでした。facebookメッセンジャーで売却のオファーをするというのもスタートアップらしいディールです。

 

色々なディールを調べさせていただく中で、Topの口説き力というのはディールソーシングに強く影響しているように思います。社長自らオファーし即決するというのは、心が動かされる打ち手です。即決オファーができたのは光本氏がシリアルアントレプレナーということで信頼があったということも大きいと思います。ロックアップもなく、モチベーション高く今後も一緒にやっていこうという創業者社長の心情を知り尽くした亀山氏ならではのディールでした。

 

●お菓子ベンチャーのBAKE、ポラリスに100億円で売却

 

BAKEは2013年設立の、チーズタルトやアップルパイの専門店を展開するベンチャーです。日経新聞によると、国内に26店舗、海外も中国、韓国、台湾など6カ国・地域で計22店舗を出店しており、第5期の決算公告によると、当期純利益6億7,170万円、利益剰余金8億7,448万円でした。

 

PEファンドであるポラリスは買収後に財務担当の役員を派遣し、投資期間は3~4年程度を見込んで、将来的に株式上場によって投資資金を回収することを狙っていると言います。買収額は100億円強で、取得した株式の比率は非公開。BAKEの創業者である長沼氏は、北海道の人気お菓子会社「きのとや」創業者の子息であり、同社の役員です。長沼氏がきのとやとBAKE両方の役員・大株主であり、かつ重要な取引先であることからBAKEの上場を目指す際に長沼氏が大株主から外れる必要があったため、今回のディールに至ったとのことです。

 

IT以外のベンチャーで大きなM&Aを目にすることが少なかったので、印象的なM&Aでした。2代目経営者として、ただ継ぐのではなくアントレプレナーとして結果を出した上で、初代が創った会社と関わっていくというのも新しいなと思いました。

ソラコムを200億円で買収したKDDI

●スタートトゥデイ、ZOZOSUITのコア技術保有会社のコールオプション取得

 

ZOZOSUIT(ゾゾスーツ)は、ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイが2016年6月に出資したニュージーランドのソフトセンサー開発企業Stretch Sense社と共同開発したプロダクトです。ゾゾスーツは着るだけで身体の寸法を瞬時に採寸することのできる伸縮センサー内蔵の採寸ボディースーツです。プロダクトとしても非常にイノベーティブで興奮するのですが、その背景にある開発会社とのディールも考え抜かれて興奮を覚えるものです。

 

スタートトゥデイは、Stretch Senseの39.9%を既に保有しており、残りの全株を取得できる「コールオプション」を$20M(約20億円)で取得しました。コールオプションは、2018年9月30日まで有効で、行使してStretch Senseを100%子会社にするために必要な資金は$72M(約72億円)です。

 

このディールの妙は、仮にこのゾゾスーツがうまくいかなかった場合は、20億円のキャッシュアウトのみにリスクをコントロールできる点にあります。ゾゾスーツ自体、成功確率を読める事業ではないためこのようなディールにしたと考えられます。もう一点考えられる理由としては、直近の現金預金が約240億円だったのに対し約30%のキャッシュアウトをハイリスクな投資に使ってしまうことを意識してとのことと考えられます。ゾゾスーツ自体無料で配布しており、今後も多額の費用がかかることが予想されます。

 

ちなみに、仮にコールオプションを行使する場合は、20億円+72億円がキャッシュアウトになります。

 

●KDDI、「IoT」プラットフォームのソラコムを200億円で買収

 

詳細は公表されていませんが、株式の過半数取得で譲渡価格は約200億円となっている日本のスタートアップM&A史に残る巨額の案件です。金額もさることながら、2014年11月に創業し、2年半後にイグジットした投資家としては非常に高いIRRを叩き出したM&Aでした。

 

KDDIによる、スタートアップの買収は会員制の宿泊予約サービスReluxを運営するLoco partners、ハウツーサイトのnanapi、妊娠子育てキュレーションサイトのママリ、アドテクベンチャーのスケールアウト、アドフラウドの検出サービスを運営するMomentumなど積極的な買収を手掛けています。

 

個人的に、ソラコムのM&Aで興味深いのは玉川氏が社員全員にストックオプションを配布したという点です。

 

「我々の場合、少人数で価値の高いプラットフォームを作ろうとしていて、それは経験の浅いエンジニアだけではできないことだ。15年以上の経験・実績があって、サーバ側もアプリ側も分かるような、いわゆるフルスタックと呼ばれるようなエンジニアに入ってもらってやってきた。そうすると、きちっとした待遇でストックオプションも出してやりたいな、と。結果的にはそれがよかったと思う」(玉川氏)

出典:ソラコム玉川氏が語る起業、KDDIによる大型M&AとIoT通信の未来

 

通常M&Aの場合、一部のメンバーだけがリターンを得ることが多いため、売却後もらえなかったメンバーが辞めてしまうことが多いです。今回のディールの場合、全員がストックオプションを保有していたため、買収後エンジニアメンバーが欠けにくいということも買収金額に反映されたのではないかと憶測しています。

 

●お金のデザイン、シンプレクスの子会社を株式交換で買収

 

ロボアドバイザー「THEO」を運営するお金のデザインがシンプレクスの子会社である独自開発の資産運用業務プラットフォームを保有するリオシーを株式交換で買収しました。未上場企業が株式交換で会社を買収することは稀なので、印象に残ったディールです。ロボアドバイザー自体フィンテックの本命であり、PERも非常に高い領域のためできたのではないかと考えます。

peing質問箱をスピード買収したジラフ

●マネーフォワード、アナログデータスキャンのクラビスを買収

 

クラビスが提供するクラウド記帳ソフト『STREAMED』は、領収書や請求書などアナログデータをスキャンするだけで1営業日以内に会計データに変換できるプロダクトです。MFクラウドと連携がイメージしやすい企業と言えるでしょう。

 

印象に残った理由としては、上場後、約1ヶ月後のディールだったということです。上場後守りに入らず攻めの姿勢を株式市場にアピールしたM&Aだったのではないでしょうか。買収金額は8億円というところも攻めのディールだと考えます。目論見書時点では26億円の現預金があり、公募による調達額15億円を合わせて約40億円の中から捻出できたのも、SaaSビジネスによる安定的な営業CFのヨミがあったからでしょう。

 

ちなみにM&Aについて詳しくプレスリリースを出しているのもコーポレート部門の強さを感じさせます。

参考資料:株式会社クラビスのグループ会社化について

 

●ヒカカクを運営するジラフ、peing質問箱をスピード買収

 

買取価格比較サイト「ヒカカク」を運営するジラフが、peing質問箱を交渉から二日で契約締結とスピード感のあるディールです。上場を目指すスタートアップが買収をするというのは稀な例です。にも関わらず交渉から二日で買収を決定できた既存株主とリレーションシップは目を見張るものがあります。事業開発責任者と強い管理部門がないとPMIは難しいので、未上場でその体制を構築できている組織は珍しいと思いました。

 

●メルカリによる競合ブクマ創業者のアクハイアリング

 

メルカリが競合の本のC to Cサービス「ブクマ」を買収しました。買収金額は非公開で、ブクマの創業者であるLabit CEOの鶴田浩之氏もソウゾウ執行役員に就任しています。メルカリも、GREEの元CFO青柳氏やWeb Pay CTOの曾川氏といったベンチャー界の重鎮を集めています。

 

印象に残ったのは、スタートアップを経営する者としてこのようなディールもあることも頭に入れておかなければと思ったからです。

 

追記:ブクマは、読書メーターを運営するカドカワの子会社トリスタがLabitから事業譲受したようです。時系列としては、鶴田氏がメルカリに入社が発表後、このディールが執り行われたようです。メルカリとしては、鶴田氏が入社しただけのようです。

本連載は、株式会社M&Aクラウドのサイト『M&A to Z』(https://media.macloud.jp)から転載したものです。

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