前回は、企業の組織開発において、人材がロジックだけでは動かなかった例を紹介しました。今回は、管理業務の円滑化を目指す「PDCAサイクル」が抱える問題点について見ていきます。

多くの会社が「PDCA」を回そうと試みているが・・・

ビジネスに携わる者であれば、誰もが一度は耳にしたことがある言葉の一つに、「PDCA」があります。品質管理の父と呼ばれるエドワーズ・デミング博士らが提唱した考え方で、もともとは生産管理や品質管理などの管理業務を円滑に進めるための考え方を言います。

 

計画(Plan)を立て、計画に沿って実施(Do)し、実施が計画通りであるか評価(Check)し、実施が計画に沿っていない部分を調べて改善(Action)する、そしてこのサイクルを次の計画(Plan)に反映するというものです。

 

多くの会社がPDCAを回そうと試みています。上手く回して業務改善に繋げている会社がある一方で、なかなか回らないと苦悩している経営者も多いようです。事業再生の現場でも、PDCAを回すことは実は極めて至難の業なのです。

必要なのは「行動する人の気持ちを動かす」ステップ

デミング博士は1900年生まれで、科学的管理法を確立したフレデリック・テイラーの存命中(1915年死去)に生まれています。工場の仕事を細かく分けて管理するというテイラーの管理法は、「分けること」を本質とするまさに「科学」です。そのような時代ですから、デミングの考案したPDCAサイクルも科学の世界の賜物と思われます。

 

つまり、人間は合理的な生き物であるという人間観が前提になっていたと思われますが、デミングの晩年の著作を読むと、彼は経営者は「深遠なる知識の体系」を持つべきとして4つの知識を挙げており、その中の一つに「心理学に関する知識」を挙げ、人の気持ちに関する知識の重要性を強調しています。

 

従って、デミングが考案し、「PDCA」としたフレーム中の前半である「P→D」の部分には、「合理的な人間」の前提などなかったと考えています。つまり、「人間は合理的な生き物だから、合理的な計画を立てれば、すぐに組織の人間は計画に沿って動くものである」などと考えていなかったのではないかと思うのです。

 

従って、デミングらが提唱したPDCAサイクルは、実はもう一つ大きなステップをフレーム外に含むものであると解釈すべきです。私が考えるモデルを示したものが下の図表になります。

 

[図表]新たなPDCAサイクルモデル

●「M」はMove
●「M」はMove

 

「P→D(行動に移す)」の間に実はもう一つの隠れたステップが含まれており、「P→M(実施する人の気持ちを動かすこと)→D」と明確に示したほうが、このフレームワークの効果をさらに上げるのではないかということです。Dの前に、M「行動する人の気持ちを動かす」というステップを意識的に織り込まないと、どんなに優れたアイデアを企画し、戦略に落とし込んだとしても、Dには行きつきません。

 

「人に行動してもらう」前には「人に行動しようと思ってもらう」ことが必要で、そのハードルは極めて高いにもかかわらず、そのステップが明示されていないのがこのPDCAサイクルのモデルの大きな欠点です。

 

「P→D→C→A」とだけ記号化してしまうと、4つのステップだけに目が奪われ、PDCAサイクルを回すという仕事をした気になってしまいます。しかし、このモデルの肝、最も大事なところは、Dの前のMにあるのです。

本連載は、2017年5月26日刊行の書籍『「事業再生」の嘘と真実 』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「事業再生」の嘘と真実

「事業再生」の嘘と真実

弓削 一幸

幻冬舎メディアコンサルティング

コスト削減、管理会計、人事評価制度── ロジックだけに頼るのは今日で終わり! 中小企業約100社を経営危機から救った事業再生のプロが、稼げる事業体質作りを指南。 中小企業・小規模事業者には厳しい経営環境が続いてお…

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