今回は、ある賃貸アパートを例に、「賃借権」にまつわる諸問題を見ていきます。※本連載は、早稲田大学大学院法務研究科教授・山野目章夫先生の著書、『新しい債権法を読みとく』(商事法務)から一部を抜粋し、債権法のなかの「賃貸借」に焦点を当てて解説します。

賃貸人が居住用に賃貸する、とあるアパートで・・・

前回の説明が、賃貸借の基本的理解である。やや具体的に考えてみよう。世間の言葉では、大家と入居者(あるいは店子)とよんだりするが、ここは法律の話であるから、賃貸人と賃借人とよびたい。建物を所有する者が賃貸人となり、その建物が1階と2階、各階4室であるとすると、あわせて8室に分かれ、それぞれを居住用として賃貸したとする。

 

いわゆるアパートであり、その201号室を月6万円で借り、入居の際に敷金を2か月分差し入れて入居したのが、ニックネームでクレパス君なる人物である。学生さんのようにもみえるが、いずれにしてもあまりお金はないらしい。

賃貸している部屋の壁が壊れたら?

(1)使用収益させる義務の履行の追完請求

 

その201号室の壁が壊れたとしたら、どうするか。賃貸人に使用収益をさせる義務の一環として、賃借物が修繕を要する事態となる場合において、賃貸人は、修繕をする義務を負う(新606条1項)。ただし、壁が壊れたのが賃借人の責めに帰すべき事由による場合は、この義務を賃貸人が負うことはない(同項ただし書)。

 

この留保が明示されるように規定が見直される。賃貸人が修繕をしてくれない場合や、急迫の事情がある場合は、賃借人が自ら修繕することができる(新607条の2)。賃貸人の所有物に勝手に工作を加えたものとして非難されることがないという意味で違法が阻却され、また、修繕に要した費用が必要費または有益費に当たる場合は、その償還を賃貸人に対し請求することができる(608条は改正されない)。

 

(2)賃借権に基づく返還や妨害停止の請求

 

ここまでは、わかりやすい話である。ここから先、第三者が関係してくると面倒な話が多くなる。まず、隣の202号室の賃借人が侵入してきて201号室を占拠したとすると、どうするか。従来も、賃借権それ自体に基づいて返還請求をすることが認められてきたが、その旨の規定が設けられる(新605条の4第2号)。

 

クレパス君は、占有回収の訴え(200条)を提起することもできるが、期間制限を気にしなければならないこと(201条3項)は、煩わしい。また、賃貸人が有する所有権に基づく返還請求権を代位行使することも、従来であれば考えられるところであるが、202号室の住人が201号室も借りた、とか言い出すと、その真偽を確かめることが面倒である(新423条の4参照)。

 

クレパス君は、一旦は201号室の引渡しを受けて入居したものであるから、賃貸借の対抗要件(借地借家法31条1項)を具備しており、賃借権に基づく返還請求権を行使することに問題はない(最判昭和30年4月5日民集9巻4号431頁の解決と異ならない)。

新しい債権法を読みとく

新しい債権法を読みとく

山野目 章夫

商事法務

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