本連載は、元小学館辞典編集部編集長で、辞書編集者として多数の辞書作りに携わってきた神永曉氏の著書、『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、変化し続ける「ことばの深さ」をお伝えします。

起源は陰陽五行説による男女の縁組!?

あいしょう【相性】〔名〕

 

人からものへと相手が広がる

 

人と人との関係で、相互の性格が合うことを「相性がいい」と言うことはご存じだと思う。ところが新聞のスポーツ記事などで、たとえば「大関は今日の対戦相手と相性がいい」などと書かれているのを、お読みになったことはないだろうか。

 

「相性」は、もともとは人と人との性格に関していう語であるが、「対戦相手と相性がいい」とは、もちろん気が合うという意味ではない。勝負事などでその相手と対戦するときはいつも勝つという意味で、明らかに本来の意味ではない用法である。

 

『日本国語大辞典(日国)』によれば、「相性」は「本来は、陰陽五行説で、人の生まれ年を五行にあて、木と火、火と土、土と金、金と水、水と木は、その性が合うとして、男女の縁組を定めたことから出たもの」だという。

 

やがてそれから、互いの性格だけでなく、それ以外の関係や、人ともの、ものとものとの調子などの合いかたがしっくりいくかどうかという意味で使われるようになったものと思われる。人とものとの関係では「この万年筆とは相性がいい」のように、ものとものとでは「この日本酒は天ぷらと相性がいい」のように使われる。後者は、料理などの取り合わせのことだが、このような使い方の例はけっこう多い。

最近では人と人との関係以外に触れる辞書も

従来の国語辞典では、このような人と人との関係で、互いの性格が合うという意味だけを載せるものがほとんどであった。しかし、最近はそれ以外の関係についても、新たに意味分けをして説明したり、補注などで触れたりするものが出てきている。

 

なお、『大辞泉』(小学館)には「補説」として、「『相性が合う(合わない)』とは言わない」という説明がある。これは、「相性」にはお互いの性格が合う意味もあり(かつては「合性」という表記もあった)、「相性が合う(合わない)」では重言(同じ意味の語を重ねた言い方)になってしまうからである。やはり「相性」は「相性がいい(悪い)」と言うべきであろう。

 

ただ、「相性が合う」の用例はけっこう古くからあり、『日国』ではさすがにその例は掲載できないので、ここで紹介しておく。泉鏡花の小説『式部小路』(1906年)の以下のような一節である。

 

「考へて御覧なさい、第一その新造なんざ、名からして相性があはねえんです、お福なんて」

 

このような例を引用したからといって、別に泉鏡花をおとしめようというわけではないことだけはお断りしておく。重言かもしれないが、完全な誤用とは思えないのである。

 

□揺れる意味・誤用

 

凡例の読み方はこちら

さらに悩ましい国語辞典

さらに悩ましい国語辞典

神永 曉

時事通信出版局

朝日、読売、クロワッサン、各地方紙が絶賛! 新聞各紙コラムに引用された「悩ましい国語辞典」(5刷)の第2弾! 日本最大の辞書「日本国語大辞典」編集者はまだまだ悩んでいる! 言葉の謎はさらに深まる! そんたく…

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