今回は、納めてしまった贈与税を「更正請求」で取り戻した事例を見ていきます。※本連載は、みどり総合法律事務所の所長・弁護士の関戸一考氏、同じく弁護士の関戸京子氏の共著、『新・税金裁判ものがたり』(メディアイランド)の中から一部を抜粋し、具体例を題材に、税金裁判の現状と課題を解説します。

誤った確定申告を是正する救済規定が存在

前回の続きです。

 

さあ、どうやってこれに対処したか。私が実行した法律上の救済方法をお話しすることにします。

 

確定申告が誤っていたときに、その誤った申告を是正してほしいという納税者のための救済規定として、納税者による「更正請求」の手続が国税通則法23条に規定されています。その弁護士は、私よりは相当年齢の若い人でしたから、この規定の存在を知りませんでした。おそらく税金問題を本格的に取扱ったことのない普通の弁護士は、国税通則法にどういう救済規定があるか知らない人が多いと思います。私は、この相談者の場合、国税通則法23条1項に規定する更正請求が適用できないかと考えました。

 

国税通則法23条1項には、「納税申告書を提出した者は申告期限から一定の期間内に(平成23年に、法律が改正され「1年以内」から「5年以内」になりました)、申告内容の是正を求めて更正請求ができる」旨の規定が定められています。

 

それを受けて1号には「当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により、納付すべき税額が過大であるとき」には更正請求できると定められています。私は、「もし贈与契約が無効であることがはっきりすれば、税額の計算に誤りがあったために納付すべき税額が過大であるとき」に該当するだろうと考えて、この規定を利用しようと思ったのです。

母親の認知症の症状を説明するため、診断書を請求

(1)母親の現在の認知症の状況の診断書を求める

 

まず、具体的な処理方法を考えるために、「お母さんが現在どういう状況か、すぐ主治医の先生の診断書を取ってください」と言って相談者御本人に診断書を入手してもらいました。それが、更正請求の資料として添付した平成25年12月6日付の最初の診断書です。その内容を説明します。

 

「病名はアルツハイマー型認知症。高度の認知症、発語はあるが意味不明な言動、意思疎通はかなり困難であるものの、精神的には穏やかに過ごしている。室内では辛うじて歩行可能。排泄や身体の清潔保持には介助が必要。一時期は食事摂取への意欲がなく、食事量が安定しないこともあったが、現在落ちついている」、こういう診断書を書いてもらって、私のところへ持ってきました。

 

これを見て、まず現時点のお母さんの症状は「アルツハイマー型の高度の認知症」だとわかりました。

 

それならば、何とかなる可能性があると思いました。それは認知症が高度(重度)になるためにはかなりの時間がかかると言われているからです。

 

(2)母親の贈与当時の認知症の状況の診断書を求める

 

私は、お姉さんに「この贈与契約をしたのが1年9カ月前の平成24年3月なので、平成24年3月の段階でのお母さんの症状がどうだったかということについて、もう一度お医者さんのところに行って、意見書を書いてもらってください」と言いました。それが2枚目の診断書です。

 

どう書いてあったでしょうか。「平成21年2月より当院にて加療中。開始当初より高度の認知症であり、簡単な会話は可能であるため、一見すると意思の疎通は可能のように見えるが(この辺りがポイントなんですよね)、実際の意思決定を行うための理解力、判断力は欠如している。24年2月から3月の時期においても同様の病状であり、適切な意思決定の判断はできなかったと考えられる」というものです。このように意思能力の有無にまで踏み込んだ非常に適切な診断書を書いてもらえました。

贈与額に還付加算金が上乗せされ、返金

(3)認知症と意思能力に関する判例をつけて更正の請求をする

 

こういう診断書のほかに、認知症をめぐる最近の裁判例(認知症と意思能力に関する裁判例が最近になって結構出ています)を資料として添付し、税務署に更正の請求をいたしました。

 

ところで、弁護士が更正の請求の代理人であったとしても、税務署は税理士登録をしていない弁護士を相手に交渉をしません。私は、弁護士が税理士の届出をしていなくとも納税者の権利を擁護する立場で法的主張することができると考えていますので、税理士の届出もしていません。税理士の通知や登録をすると、監督官庁として税務署長からの監督を受けるからです(詳しくは本書の「第2章2税務調査での留意点と対応の仕方を考える」32頁のオを参照してください)。

 

そこで、私の事務所の顧問税理士に、念のため税理士として申立代理人に入ってもらって、減額更正請求の申立書を連名で出しました。こうしておけば、必要があれば税理士が税務署と具体的な交渉ができるだろうと考えたからです。

 

(4)約2カ月後全額更正の請求を認める通知が届く

 

すると、何の連絡もないまま、突然2カ月後に全面的に納税者の更正の請求を認めて、全額減額更正する旨の通知書が来ました。そして間もなく納税者が支払った税金を全額還付してきました。支払った300万円に少額の還付加算金が付けられて、返ってきたのです。画期的な通知でした。通常でしたら税務署もいろいろ反論したいところでしょうが、これだけはっきりと診断書に書いてあると、どうすることもできなかったのでしょう。「税務署も認知症には勝てない」と改めて思った次第です。

新・税金裁判ものがたり

新・税金裁判ものがたり

関戸 一考,関戸 京子

メディアイランド

相続税、贈与税、青色申告、認知症、連帯納付義務…税金裁判の専門家が納税者目線で解きほぐす。 弁護士・税理士・税金裁判に興味のある納税者必読!豊富な具体例を題材に、税金裁判の現状と課題を解説します。

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