「関節を動かすことができない状況」と診断されたが…
前回の続きです。
ここまで、ムチ打ち症の概念と定義の難しさと、それに伴う認定の困難さについて触れた。
しかし等級認定に際しての厳しく頑なな対応は、何も12級、14級に該当する神経症状だけにとどまらない。実際に等級認定に関していかに損害保険料率算出機構、保険会社その他の対応が頑なであり被害者の実情を顧みないものであるか、いくつかのケースを追いながら検証していこう。まず14級の認定が下されたものの、どうしても納得ができず何度か再審査を請求したDさんの例である。
〈事例3‒1〉
医師の診断があるにもかかわらず客観的資料がないとして14級しか認められなかったケース
Dさん(37歳・男性)が歩道上で大型二輪車にまたがり停車していたところ、前方不注意の加害車両が進入、Dさんの大型二輪車の後方部に追突した。Dさんは前方に投げ出され、体の左側面部をアスファルトに強打した。
この事故によってDさんは「頸部捻挫、腰部捻挫、左第6・7・8肋骨骨折、左肩鎖関節捻挫」と診断された。この事故によってDさんが実際にどのような症状に見舞われたかというと、①右足の足首関節が麻痺してだらりと垂れさがった状況になり、力が入らなくなった、②腰痛とそれに伴う左足の知覚の鈍麻が見られた、というのが主なものであった。
医師により症状固定された後、後遺障害の認定へと進んだのであるが、我々は①に関しては神経症状ではなく機能障害の認定を目指した。ここで機能障害について少し説明しなければならない。機能障害とは指や腕など四肢の欠損や関節が曲がらなくなるなど物理的な損傷によって本来の機能に障害が起きているもので、ムチ打ち症などの神経症状とは一線を画している。Dさんの場合には足首の関節の腱損傷によって関節を動かすことができない状況だと判断された。しかも関節の可動域が健常時の2分の1以下になったので、機能障害として10級を目指してスタートしたのである。
ちなみに神経症状と機能障害では補償額に大きな差が出る。神経症状の等級が低いということもあるが、さらに加えて労働能力喪失期間が神経症状では12級でせいぜい10年、14級では5年ほどしか認められないのに対して、機能障害は67歳までの期間が認められるからだ。そういうわけでDさんのケースも機能障害の10級を目指してスタートしたのである。
ところが損害保険料率算出機構の認定を踏まえての保険会社からの回答は14級という厳しいものであった。その内容は機能障害の認定を目指した右足関節の可動域制限に関しては骨折、および神経麻痺などの存在も認められていないことなどから、「高度の可動域制限を裏付ける他覚的に明らかな客観性の高い異常所見は認められない」ということで、「将来的に改善困難な障害とは捉えがたく、自賠責保険における関節機能障害として等級評価することは困難」として機能障害とは認められなかったのである。結局、「局部に神経症状を残す」ものとして14級の認定にとどまった。
保険会社に異議申立てをするも、認定は覆らず
右足首関節の機能障害の要件は十分に満たしているという判断だっただけに、14級の認定は到底納得できないものであった。等級審査の回答を要約すれば、どんなに足が曲がらないという状況が見られたとしても、骨折など目に見える損傷があり、それが症状に結びついていると証明されなければ将来的に改善困難な後遺障害としては認められないというのである。
被害者本人からしても納得のいかない認定結果である。実際に自動車整備工として働いているDさんは右足首に力が入らず、車のブレーキが踏めない状況に陥ったため、仕事上著しい支障をきたしているのである。それが14級という最低の等級しか認められなかったのだ。当然、こちらは不服として保険会社に対して異議申立てを行った。このような異議申立てに関しては「自賠責保険審査会」と呼ばれるところが改めて審査をすることになっている。
異議申立ての際、私たちは再び主治医を訪ねて、意見書を新たに書いてもらうことになった。その医師によればやはり右足関節の可動域制限に関してはじん帯および神経の損傷が十分に考えられるという。そこでその旨を明記、画像なども添付して提出したのである。しかし、再び返ってきた回答は同じく14級というものであった。その理由も医師から提出された意見書や画像を検討しても、じん帯損傷を裏付ける客観的所見に乏しいということであり、自賠責保険における後遺障害には当たらないという頑ななものであった。
[図表]Dさんの事例