所得補償、産業構造の転換…「比較優位」が抱える問題
前回の続きです。
国際分業によって廃業に追い込まれる産業分野があったとしても、国全体としての利益はプラスになるのだから、「勝ち組」が「負け組」に所得補償をすれば問題はないという主張がなされることがあります。
たしかに理屈としてはそのとおりです。しかし、現実問題としてそういう所得補償がきちんと行なわれる保証があるのでしょうか。「勝ち組」が利益を独り占めしてしまい、「負け組」に補償を行なわないという可能性のほうが大きいのではないでしょうか。
第二に、比較優位を持つ産業に特化するということは、たとえば農業に比較優位を持っている国は、いつまでたっても農業国のまま留め置かれ、そこから脱出できない可能性があります。実際、多くの発展途上国はそうした状態に置かれています。
幸い、日本は第二次世界大戦後、主要輸出品が、繊維→重化学工業→加工組立型産業(自動車など)→先端技術産業へとシフトしてきましたが、これは比較優位を持つ産業が次々に変わってきたことの反映であり、非常にうまくいった例といえます。しかし、すべての国がこのように産業構造をうまく転換できるかについては議論の余地があります。
産業育成や生産者保護のためには「保護政策」が必要
比較生産費説には、いま述べたようなさまざまな問題があります。そのため長期的には自由貿易が望ましいとしても、短期的には保護貿易が認められる場合もあります。
第一に幼稚産業を育成する場合です。たとえば、かつての日本の自動車産業やコンピュータ産業などのように、最初はよちよち歩きでも、将来立派に育っていく可能性のある産業については保護貿易が認められています。この説を最初に唱えたのは19世紀のドイツの経済学者、F・リストです。
19世紀の世界貿易はイギリスが圧倒的に強く、もしイギリスと自由貿易をすれば、ドイツに勝ち目はありません。そこでリストは、「幼稚産業に対する保護政策は許されるべきだ」とする考え方を打ち出したのです。具体的には、関税や輸入制限などの措置です。外国からの輸入を制限し保護された産業は、外国との競争にさらされずに済みます。そのあいだに生産性を高める努力をすれば国際競争力をつけることができます。
保護貿易は、いわば特定の産業に対する補助金のようなものといえます。ドイツが今日のような工業国となった背景には、こうした保護貿易がありました。ただし、保護貿易によって国内価格は国際価格より高くなりますから、高い製品を買わされる消費者は損を被ります。したがって、こうした保護を長期間続けることは好ましくありません。
第二に、外国から安い製品が大量に入ってきた場合、国内生産者を保護するために一時的に輸入制限をするセーフガード(緊急輸入制限)も認められています。ただし、この場合の輸入制限も一時的な時間稼ぎであって、長期にわたってその産業の保護を認めるものではありません。
第三に、自国の安全保障にかかわる財・サービスの生産も保護貿易の対象となり得ます。たとえば国防上どうしても必要な財・サービスをはじめ、最低限の食料は自給すべきであるとする食料安全保障の考え方などもこの範疇に入るかもしれません。