時には戦争の原因となる経済問題
私が大学で経済学を学ぼうと志した理由は二つあります。一つは、なぜ景気が良くなったり悪くなったりするのか、その理由を知りたかったからです。もう一つは、なぜ人間は戦争という愚かな行為を繰り返すのかを探りたかったからです。
もちろん、両者は無関係ではありません。20世紀に人類は2度の世界大戦を経験しましたが、その背後にはいずれも自国の経済問題が絡んでいました。すなわち、国内が不況になれば、販路を求めて外に領土を求めようとします。その結果、国益と国益がぶつかり合い戦争となります。誤解を恐れずに単純化すれば、2度の世界大戦の根っこにある原因は、いずれも経済対立にあったといえます。
経済学はけっしてお金儲けのための学問ではありません。経済学の目的は、みんなが幸せだと実感できる社会をつくることです。経済学を効率性だけを追求する人間味のない冷たい学問だという人がいますが、社会の貴重な資源を無駄にしないように使う効率性の追求は、人々をhappyにするために必要なことです。
経済学の目指す理想は、貧困を追放し、所得格差も小さく、不景気や失業もなく、インフレやデフレもなく、社会保障も行き届いていて、みんなが一生安心して暮らせる社会を実現することです。医学という学問が病気を治療するのと同じように、経済学は社会の病気を治療するための学問です。とりわけ、戦争は人間を不幸にする最たるものです。人間は、宗教や民族が違っていても仲良くできます。しかし、経済対立が激しくなり、「食えなくなる」と殺し合いを始めます。
歴史に「もし」ということはあり得ません。しかし、それでも「もし、世界恐慌がなければ、第二次世界大戦は起きていなかったのではないか」「あの当時もう少し経済理論が発達していれば、恐慌を未然に防ぐことができたのではないか」と、ふと思うことがあります。戦争の背後にある経済問題をいかに解決するかは、昔もいまも変わらぬ経済学の最も重要な仕事だと考えます。
バブル経済崩壊後の日本に問われる「歴史からの学び」
これまでの連載では、経済学の歴史の大まかな流れを見てきました。経済学が過去にどのような課題と向き合い、今後どのような課題に挑戦しなければならないかを明らかにしたかったからです。
歴史を学ぶ意義は、過去にあったことを材料に未来を考えることにあると私は思っています。人間は失敗して初めて少し賢くなります。過去と向き合いつつ、これを未来にどのように生かすのか、あるいは生かさないのか。バブル経済崩壊後の日本は、とくにそのことが問われているような気がします。
戦争は最も有効な生産調整です。戦争によって生産能力が破壊されれば、そのあとに復興需要が見込まれます。まさしく、スクラップ・アンド・ビルドです。今日、日本は世界でも有数の豊かな社会を実現しました。その結果、モノを作って売りたい人はいっぱいいるのに、買いたい人がいない状況に陥っています。歴史は繰り返すといいます。これからの日本を考えるうえで、経済学的視点がますます重要になってきているように思います。