「手に入れたいのはドリルではなく、穴だった」
マーケティングでよく使われる格言に「ドリルと穴」があります。この話は1968年に出版された『マーケティング発想法』(T・レビット)に掲載されているもので、「昨年、4分の1インチのドリルが100万個売れたが、人々が欲しかったのはドリルではなく、4分の1インチの穴である」というものです。
つまり、ドリルはあくまでニーズを満たす手段(これをマーケティングではウォンツといいます)であり、本当に手に入れたかったのはドリルではなく4分の1インチの穴なのだという話です。
この小話が示唆するのは、本当のニーズがどこにあるかという話です。アジアではしょうゆが売れていましたが、それは自分たちの口に合った日常の調味ソースというニーズでした。ですから、ちょっと変わった日本のしょうゆに対するニーズはそれほど高くありませんでした。
一方、アメリカにはたしかにしょうゆは存在していなかったのですが、アジアから来た新しい調味用のソースに対するニーズはありました。
ですから、何かが売れるか売れないかを考えるときには、本当のニーズがどこにあるのかをよく考える必要があります。ちなみにキッコーマンは、アジアでは高級しょうゆとして売り出すことで、富裕層のニーズを開拓しています。
なぜ台湾では「カウンター式」が不評だったのか?
もう一つ事例をあげましょう。
𠮷野家が台湾に進出したときの事例です。当初、同社は日本と同じくカウンター方式の店舗スタイルで展開したのですが、これはあまり評判が良くありませんでした。なぜなら、華人系の人々にとって、食事とは大人数で楽しく会話をしながら行うもので、カウンターでの横一列になってかき込む食事がわびしく映ったからです。
日本国内での𠮷野家のニーズは「うまい、やすい、はやい」の三拍子です。つまり、庶民的なファストフードとして需要がありました。
しかし、台湾での𠮷野家は「憧れの国ニッポンから来た牛肉レストラン」であり、みんなでそろって出かける外食としてのニーズで求められていたのです。
そこで、マクドナルドのように、レジカウンターで注文をして好きなテーブルに運んで食事を行う方式に変えたところ、それが好評で、業績好転のきっかけになりました。
何が本当のニーズであるのかを知るのは難しいことです。しかし、自分がニーズであると考えたことが、はたして「ドリル」のほうなのか、それとも「穴」のほうなのか、ちょっと振り返って考えてみる時間を持つことは重要です。