支払う金額をできるだけ抑えたい保険会社
前回の続きです。
このような仕組みの中で損害保険会社が示談を取り仕切り、必死になって目指すのは、被害者にできるだけ手厚い補償を行うということではない。彼らがひたすら目指すのは、保険金額をできるだけ低く抑え、任意保険としての支払い、つまり自分たち保険会社が支払う分をいかに少なくするか、という点に尽きる。
そこでまず保険会社が狙うのが治療期間をできるだけ短期で打ち切ることである。怪我をした交通事故被害者は当然病院に通って治療しているわけだが、その治療費や通院交通費などは保険金から支払われることになっている。さらに治療で仕事を休まなければならなかった分の収入を補てんするために、「休業損害」という名目の保険金が支払われる。これらの金額は治療にかかっている期間が長いほど当然高くなる。そこで彼らはできる限りこの期間を短くさせようとするのである。
「症状の軽重」を通院期間で判断されるケースも
ここで知っておいてほしいのが、書籍『ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造』第1章でも触れた「症状固定」という言葉だ。怪我をした時、手術や投薬、リハビリなどによって次第に症状は回復してくる。ただしこれで完全に治ればいいのだが、治療を尽くしても元の状態に戻らないこともある。例えば、手や足を切断しなければならない事態になれば、二度と元には戻らない。骨折の手術はしたものの、骨に異常が残り、足を引きずって歩かなければならないケースさえある。要はこれ以上いくら治療を続けても症状が残ったままという状況を「症状固定」といい、この段階で残った障害が「後遺障害」と定義される。そして後遺障害に関してはその程度に応じて1級から14級までの等級が分かれており、等級が認定された場合にはそれぞれに対応した後遺障害による逸失利益(後遺症による将来の収入の減少分)の補償や慰謝料などが支払われる仕組みになっている(症状固定後のこれらの仕組みと問題点は書籍『ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造』第4章において詳述する)。
いい換えれば、医師の治療とは症状固定をする段階までのことを指すのである。そこで保険会社はできる限り症状固定を医師に急がせ、治療期間をできる限り短くしようとする。これがまさに保険金を払いたくない彼らのやり口の一つなのである。
症状固定を急がせることは、治療費と休業損害をできる限り低く抑える目的だけにとどまらない。入通院慰謝料の額の算定に関わる他、実はその後の後遺障害の認定にも少なからぬ影響を持っている。というのも後遺障害の認定において、例えばムチ打ち症のような神経症状の場合には、その症状の存在を通院の期間によって判断されるケースがあるのだが、通院が短ければ短いほど症状は深刻なものでないと判断されがちであり、結果として保険会社にとっては有利になるのである。これらの理由から、保険会社が交通事故示談の現場でまずやろうとすることは、医師を誘導してでもできるだけ早く被害者の症状固定を行うことなのである。