「用事がなくても来てほしい」母が初めて伝えたこと
それからしばらくして、浩二さんが久しぶりに訪ねてきました。
「何か必要なものある?」
そう聞かれた澄江さんは、「特にないよ」と答えました。以前なら、そこで話は終わっていたでしょう。しかし、この日は続けました。
「でも、たまには用事がなくても来てほしいんだけどね」
浩二さんは少し驚いた様子でした。
「ここに入ってから、前より安心してたんだけど」
「私も安心はしてるよ。でも、あなたが来なくていいとは思ってないから」
そこで初めて、親子が考えていた「安心」の意味が違っていたことが分かりました。
浩二さんにとって、以前の訪問には母の生活を支える目的がありました。買い物はできているか。家の中で困っていることはないか。転んでいないか。サ高住へ移れば、その心配の一部を任せられます。
一方、澄江さんにとって息子の訪問は、生活を助けてもらう時間であると同時に、家族と会う時間でもありました。
「買い物を頼んでいたから来てくれているとは思っていなかったんです。私は普通に、顔を見に来てくれていると思っていました」
内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』によると、子どもがいる65歳以上のうち、「同居ではなく近居したい」と答えた人は32.8%で最も多く、「同居したい、同居を続けたい」は23.2%でした。住む場所を考える際には、家族とどのような距離で暮らしたいのかも一つの検討材料になります。
話し合ったからといって、浩二さんが以前と同じ頻度で訪ねるようになったわけではありません。仕事や自分の家庭もあります。
その代わり、月に2回ほどは一緒に昼食をとることにしました。来られない週には、短い電話を入れます。
澄江さんも、息子が来るのを待つだけではなく、住宅内の催しに参加するようになりました。
「ここに入ったことはよかったと思っています。一人で家にいたころより安心です。ただ、安心できる場所に住んだからって、家族に会いたくなくなるわけじゃないんですよね」
サ高住への住み替えによって、日常生活への不安が軽くなる人もいるでしょう。一方、それまで家族が担っていた支援が減れば、訪問の頻度や親子の過ごし方が変わる可能性もあります。
住み替えを考えるときには、設備やサービスだけでなく、入居後に家族とどの程度会いたいのか、これまでの関わりをどう続けたいのかについても話しておく。新しい住まいでの生活を具体的に想像することが、本人と家族双方の思い違いを減らすことにつながるでしょう。
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