スーパーも病院も近い。それでも埋まらなかったもの
新居でも、裕子さんは地域の催しを探しました。一度、近くで開かれていた講座に参加したものの、その後は続きませんでした。
「嫌だったわけじゃないんです。でも、前の友達みたいになるには時間がかかりますよね。わざわざ行くほどでもないかなと思って、そのままになってしまって」
一方の明彦さんにも、似た変化がありました。
以前は近所の男性数人と月に一度ほど集まり、将棋をしたり食事へ出かけたりしていました。引っ越した後も連絡は取っていますが、以前の地域までは電車を乗り継いで1時間近くかかります。
「近くにいたときは『今日暇?』で会えたんです。それが、何日の何時にどこで、と決めないと会えなくなった。そうすると回数は減りますね」
夫婦が以前の地域へ戻りたいと考えているわけではありません。車に頼らず暮らせることや、通院、買い物の便利さには満足しています。
内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』でも、住まいや地域の環境で重視することとして、「医療や介護サービスなどが受けやすいこと」を61.4%、「駅や商店街が近く、移動や買い物が便利にできること」を54.1%が挙げています。
ただ、夫婦は住み替えを考えていたころ、家そのものや周辺施設の条件ばかりを比較していました。
「スーパーまで何分、駅まで何分、病院はどこにある。そういうことは全部調べたんです。でも、普段誰と会うかなんて、住まいの条件として考えていませんでした」
そこで夫婦は、以前の暮らしをそのまま取り戻そうとするのをやめ、新しい場所で過ごす時間を少しずつ増やすことにしました。
裕子さんは図書館で見つけた月2回の講座へ参加。明彦さんも地域の囲碁サークルを見学しました。
以前の友人との付き合いもやめていません。月に一度は以前住んでいた地域へ出かけ、その日は友人と食事をするなど、予定をまとめるようになりました。
「住み替えを失敗したとは思っていません。ただ、便利な場所へ移れば暮らしが全部よくなると思っていたところはありましたね」
高齢期の住み替えでは、買い物や通院、交通の利便性は重要な判断材料になります。一方、長く暮らした地域には、数字では比較しにくい日常も積み重なっています。
新居の条件だけでなく、今の暮らしの何を残したいのかまで整理しておくことが、住み替え後の生活を考えるうえで大切になるでしょう。
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