「お客さんが来るから」空き家だと思っていた一軒家の現在
「父が亡くなったあと、あの家は売るんだと思っていました」
そう話すのは、51歳の智也さん(仮名)です。
母・澄子さんは78歳。9年前に夫を亡くし、現在は一人で暮らしています。
智也さんは大学進学を機に実家を離れ、その後は県外で就職。結婚して家庭を持ちました。
母とは月に1、2回電話をしますが、話すのは体調や孫の近況が中心です。年末年始には帰省するものの、お互いの家計や日々の細かな予定まで話すような親子ではありませんでした。
澄子さんの公的年金は月約9万円です。智也さんは母に預貯金があることも知っていたため、生活について深く心配したことはありませんでした。
そんな母には、自宅とは別にもう一軒、家がありました。亡くなった夫が親から相続した小さな戸建てです。
澄子さんの自宅から車で20分ほど。観光地に比較的近い場所にあり、義父母が亡くなってからは、ほとんど使われていませんでした。
夫の死後、智也さんは一度だけ「あの家、どうするの?」と聞いたことがあります。
「そのうち考えるわよ」
母からそう言われ、それきりになっていました。智也さん自身も使う予定はなく、「いずれ売ったのだろう」と思っていたそうです。
それから数年後。帰省した智也さんが母の車に乗ると、後部座席に新品のタオルやシーツが積まれていました。
「こんなに何に使うの?」
すると澄子さんは、ごく普通のことのように答えました。
「あっちの家よ。明日、お客さんが来るから」
話を聞くと、澄子さんは3年前から、あの戸建てを民泊として使っていたのです。きっかけは、空き家の管理について相談した知人から「場所がいいなら宿泊に使えないの?」と言われたことでした。
もちろん、思いついた翌日から始められるものではありません。
住宅宿泊事業法に基づく住宅宿泊事業を行う場合、都道府県知事等への届出が必要です。また、宿泊させられる日数は年間180日以内で、自治体の条例によって実施期間がさらに制限される場合もあります。
澄子さんも自治体に相談し、必要な手続きを確認したうえで始めました。
「最初は年に何組か来ればいいと思っていたのよ」
ところが、週末や行楽シーズンを中心に予約が入るようになりました。
前年の売上を聞くと、智也さんはさらに驚きます。
「だいたい150万円くらいだったかな」
「年間で?」
「そうよ。でも、全部が残るわけじゃないわよ」
