「辞めたら何をする?」答えられなかった質問
翌日、隆一さんは妻に長女との会話を話しました。すると恵子さんから、こんなことを聞かれます。
「あなたは、本当はいつまで働きたいの?」
70歳まで、と決めていたわけではありません。仕事そのものが嫌なわけでもない。ただ、「辞める理由がない」というだけで契約を更新してきたことに、そのとき初めて気づいたそうです。
厚生労働省『令和7年 高年齢者雇用状況等報告』によると、従業員21人以上の企業のうち、70歳までの就業機会を確保する措置を実施済みの企業は34.8%でした。2021年4月から、事業主には70歳までの就業機会を確保することが努力義務とされています。
働ける環境が広がる一方で、何歳まで働くかは、本人の家計や健康状態、仕事への希望などによって異なります。
隆一さんは、まず夫婦の家計を確認しました。
住宅ローンは完済しており、子どもたちも独立しています。退職後は夫婦の年金が主な収入になりますが、預貯金もあり、現在の生活水準であれば、給与収入がなくなってもすぐに家計が立ち行かなくなる状況ではありませんでした。
そこで、次の契約更新をしないことに決めました。会社へ伝えた日の帰り道には、「これでよかったのかな」と不安になったそうです。
そして退職後、最初の1ヵ月は思いのほか落ち着きませんでした。朝7時には目が覚めるのに、出かける場所がありません。
「働いていたときは休みが欲しかったのに、毎日休みになると、今度は何をしたらいいか分からないんですよ」
そこで隆一さんは、仕事をしていたころに後回しにしていたことを一つずつ始めました。
平日の午前中に妻と買い物へ行き、週に2日は近所を1時間ほど歩く。以前の同僚から昼食に誘われれば出かけるようにもなりました。夫婦で2泊3日の旅行にも行きました。
特別なことではありません。それでも隆一さんにとっては、「翌日の仕事を気にせず予定を決められる」ことが新鮮でした。
「仕事を辞めたら、急に人生が楽しくなるわけじゃないんですね。でも、土曜日に疲れを取って日曜日に翌週の準備をする生活は終わった。妻に『来週どこか行く?』と言われたとき、その場で予定を決められるようになったのは大きいです」
一方、仕事を辞めたことが誰にとってもよい選択になるわけではありません。収入のほか、仕事にやりがいや人とのつながりを感じている人もいます。
高齢期の就労では、「何歳まで働けるか」だけでなく、「何歳まで、どのくらい働きたいのか」を考えることも大切です。続けることにも、辞めることにも理由があります。節目ごとに家計や体力、仕事以外に使いたい時間を確認することが、自分に合った働き方を選ぶ手がかりになるでしょう。
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