予期せぬ「追証」の通知、そして避けられなかった強制決済
Y社のドミナント出店(集中出店)戦略が裏目に出て、近隣店舗同士で客を奪い合う「自社競合」が深刻化しました。不採算店舗の大量閉鎖と赤字転落が決算で発表されたことで、株価はさらに暴落して一気に2,000円を割り込みました。
含み損は数百万円に膨らみ、トシゾウさんの脳裏を支配したのは、「何とかして平均購入単価を下げて、少し戻ったタイミングで、早く逃げ出したい」という強迫観念です。
そして手持ちの株を担保に、さらに株を買う「信用取引」に手を出してしまいます。
「ここまで下がれば、悪材料は出尽くした。明日は必ず反発するはずだ……!」と、祈るような気持ちで1,800円で5,000株を信用取引でナンピン買いしました。
しかし数日後、Y社の急拡大を支えていた無理な資金繰りが限界に達したとの報道が流れ、事業継続への疑義からストップ安が続き、株価は1,000円を割り込みました。
結果として、トシゾウさんの保有株は最も株価が下がった「大底」の局面(800円)で、証券会社によって強制的に決済(売却)されてしまったのです。
現物取引の損失、信用取引の確定損、手数料等を合わせると、口座に残った資金はわずか数百万円。わずか数ヵ月で、退職金のほとんどが溶けてしまいました。
【1級FPが警告】市場退場者が続出…投資家を苦しめる「ナンピン買い」
トシゾウさんの事例は、決して特殊なケースではありません。「ナンピン買い」によって、市場からの退場を余儀なくされる個人投資家はあとを絶たないのです。
では、一体なぜナンピン買いは、それほどまでに危険なのでしょうか。
1.損失を確定させたくない「プロスペクト理論」の心理
人間には、利益を得る喜びよりも、損失を被る苦痛を何倍も大きく感じる心理傾向(プロスペクト理論)があります。
株価が下がったとき、損切りをして損失を「確定」させることは苦痛です。そのため、「平均単価を下げれば、少しの反発でプラマイゼロになる」という希望にすがり、ナンピン買いに走ってしまうのです。しかし、これは「自分のシナリオが外れた」という事実から目を背け、問題の先送りをしているに過ぎません。
2.長期投資における「塩漬け」のデメリット
もしトシゾウさんが現物取引だけでナンピンを止めていたとしても、厳しい状況は続いていました。下がった株を保有し続けることを「塩漬け」と呼びますが、これは投資において効率の悪い状態です。
多額の資金が長期間拘束されるため、他に有望な投資先があっても、投資するチャンスを逃してしまいます。「いつか戻るだろう」と信じて何年も待ち続けた結果、企業が上場廃止や、価値がゼロになるリスクすらあります。
3.信用取引でのナンピン買いがもたらす致命的なリスク
トシゾウさんの状況を決定的に悪化させたのは、信用取引を利用したナンピン買いでした。信用取引は自己資金以上の金額が動かせる(レバレッジをかけられる)ため、利益も大きい反面、損失の拡大スピードも速くなります。
予想外の下落が続くと、担保が不足して「追証」が発生します。追証が払えないと、証券会社は投資家の意思に関係なく強制決済を行います。相場が反発するのは、往々にしてこうした個人の信用買いが強制的に整理しつくされた「あと」なのです。
