「その他の孫」が予期せぬ成功
一方、意外な姿を見せた孫がいました。次男の一番上の子、悠斗くんです。
悠斗くんは、翔太くんと同い年。公立高校卒業後、情報系の専門学校へ進学。一郎さんからの援助は一切なく、学費約260万円は、奨学金とアルバイト、両親の支援で賄いました。
在学中からアプリ開発を始め、卒業後はIT企業へ就職。26歳で独立し、中小企業向けの業務システム開発を手掛ける会社を設立します。売上は初年度2,000万円、3年後には年商8,000万円を超え、本人の年収も1,500万円ほどになりました。
「勉強だけが人生じゃない」――そう考え、自分の得意分野を磨き続けた結果でした。そんな悠斗くんの成功を、息子伝えで知ることになった一郎さん。
「悠斗……あの、ぼんやりした感じの子か?」
高校を卒業すると同時に、悠斗くんは一郎さんに会いに来ることはなくなりました。しかし、一郎さんは翔太くんが大学進学を諦めた途端に、孫という存在自体に無関心に。悠斗くんについて、ほとんど記憶になかったというのが正直なところでした。
それなのに、成功したという情報を知ると、一郎さんの中で悠斗くんが“特別な孫”になっていったのです。
妻の葬儀で気づいた「いつの間にか失っていたもの」
そんな中、一郎さんの妻・登美子さんが死去。葬儀を終え、久々に親族一同が集まった席で、一郎さんは悠斗くんにこう話しかけました。
「すごく成功しているらしいな。やっぱり、お前は俺の孫だったな」
「資金が必要なら相談しろよ、いつでも相談に乗るから」
悠斗くんは穏やかな、しかし極めて他人行儀な口調でこう返しただけでした。
「はい、仕事は順調です。でも、昔のことは忘れていませんよ」
それ以上会話は続きませんでした。
悠斗くんだけではなく、翔太くんも他の孫たちも一郎さんに必要以上に近づこうとせず、孫同士の会話もありません。一郎さんの子どもたちも、お互いどこか他人行儀です。一郎さんの“偏った援助”などから、深い溝ができていました。
昔から「翔太ばかりじゃなくて、ほかの子たちもちゃんと見てあげて」と言っていた登美子さん。話を聞かない一郎さんに代わり、“その他の孫”にこっそりとお年玉やお小遣いをあげていたのも、登美子さんでした。
登美子さんが亡くなり、一郎さんは一人の生活になります。しかし、子どもたちは自分ではなく妻に会いに来ていた。孫も、この様子では来てくれそうもない。では、この先は自分はどうなるのか――?
今や資産は運用で6,000万円を超え、老後資金という意味で困ることはありません。しかし、一郎さんは「家族との信頼関係」をとっくに失っていたことに気づいたのです。
