「まだ元気なのに」と娘は反対。77歳で施設に住み替え
「お母さん、まだ一人で何でもできるじゃない。老人ホームなんて早すぎるよ」
77歳のとき、佐藤幸子さん(仮名)は娘からそう言われました。
夫に先立たれた幸子さんは一人暮らしをしており、年金の手取りは月16万円。預貯金は2,800万円ほどありました。持ち家に暮らしていたので家賃はかかりませんが、築40年を超え、庭の手入れや家の修繕を一人で続けることに少しずつ負担を感じるようになっていったのです。
そこで幸子さんは、住宅型有料老人ホームへ入居することに決めました。入居にあたって、自宅を約1,200万円で売却。仲介手数料や引っ越しなどの諸費用を差し引き、約1,100万円が手元に残りました。預貯金の2,800万円と合わせた3,900万円から入居一時金として300万円を支払い、残りを老後資金として確保することにしたのです。
3,900万円から入居一時金の300万円を差し引いた3,600万円が、幸子さんの老後資金です。
「介護されるためではなく、これからの時間を楽しむために住み替えたい」。それが幸子さんの考えでした。
「介護施設」ではなく「暮らしの場所」という選択
老人ホームというと、介護が必要になった高齢者が入る場所というイメージを持つ人も少なくありません。しかし、住宅型有料老人ホームは、生活支援などのサービスが付いた高齢者向けの住まいで、介護が必要になった場合でも、本人が選んだ訪問介護などのサービスを利用しながら生活を続けられます。
厚生労働省「有料老人ホームの現状と課題について(2025年)」によると、2024年時点で有料老人ホームは全国に17,246施設あり、住宅型有料老人ホームは12,667施設となっています。
住宅型有料老人ホームは施設の基本サービスに介護支援が含まれていないため、幸子さんのように住居の選択として施設への入居を決める人が多いことがうかがえます。
月18万円の入居費用を「高い」とは感じなかった理由
幸子さんが選んだ施設は、入居一時金300万円、基本月額利用料18万円でした。この18万円には、家賃、管理費、食費、基本的な生活支援サービスなどを含むものとし、介護保険サービスの自己負担額、医療費、薬代、日用品、趣味や外出にかかる費用などは含まれません。
仮に現在の月額費用と年金額で20年間暮らすと仮定した場合、月額利用料は18万円×12か月×20年=4,320万円です。一方、20年間で受け取る年金は、16万円×12か月×20年=3,840万円。月額利用料と年金の差額は、4,320万円-3,840万円=480万円です。
ただし、この480万円には、医療費や日用品、趣味、介護サービスの自己負担などは含まれていません。それでも幸子さんには、入居一時金を支払った後も約3,600万円の老後資金が残っています。
「家を維持する費用も、将来の修繕費も、自分で背負わなくていい。それなら、このお金は安心して暮らすための費用だと思いました」
幸子さんはそう話します。
20年間の施設暮らしで「自分の時間」が増えた
入居して最初に幸子さんが感じたのは、「思った以上に時間がある」ということでした。それまで自宅では、掃除、買い物、庭の手入れ、家の修繕などに多くの時間を使っていました。施設では身の回りの生活支援をしてもらえるため、家事の負担が減りました。
そこで幸子さんが始めたのが、ピアノです。若い頃に習っていたものの、結婚や子育てで中断していたピアノを再開することにしました。その後、ギターにも挑戦。数独や読書、通信講座にも取り組むようになりました。施設内のイベントにも参加するようになり、同年代の友人もできました。
「あのまま家にいたら、日常生活を維持することで精いっぱいになっていたと思います。でも、ここでは"今日は何をしよう"と考える時間があります」
幸子さんは21年間を施設で過ごし、98歳で亡くなりました。
【専門家の視点】元気なうちの住み替えも選択肢
老人ホームと聞くと、「介護が必要になってから入る場所」と考える人も多いでしょう。しかし、住み替えを検討する際は、介護の必要性だけでなく、「これからどのような環境で暮らしたいか」という視点を持つことも大切です。
厚生労働省「有料老人ホームの現状と課題について(2025年)」によると、2024年時点において、住宅型有料老人ホームの平均要介護度は2.8でした。また、住宅型有料老人ホームのうち、平均要介護度が3以上となるホームの割合は46.1%です。
つまり、入居時点では自立した生活ができても、入居後に介護が必要になる場合があるのです。だからこそ、元気なうちから住み替えを検討する場合は、「今の自分が暮らせるか」だけでなく、「将来、介護が必要になっても暮らし続けられるか」という視点で施設を選ぶことが大切です。外出や外泊のルール、食事、趣味活動、家族や友人との交流、介護が必要になった場合のサービスなどを、契約前に確認しておきたいところです。
施設に入居してから亡くなるまでの費用を賄えるか
そして、もう一つ重要なのがお金です。
今回の幸子さんは77歳で入居し、98歳まで21年間施設で暮らしました。入居時点で100歳まで暮らすと仮定し、現在の月額費用と年金額が23年間変わらない場合、月額費用は、18万円×12か月×23年=4,968万円となります。一方、年金は、16万円×12か月×23年=4,416万円です。
単純計算では、月額費用と年金の差額は、4,968万円-4,416万円=552万円となります。入居一時金300万円を加えると、基本的な施設費について年金以外から準備する金額は852万円です。
ただし、これはあくまで施設の基本月額利用料と年金が変わらないと仮定した試算です。実際には、物価や施設料金の改定、医療費、日用品、趣味、介護サービスの自己負担などによって必要な金額は変わります。
幸子さんの場合、入居時に約3,600万円の資金を残しています。仮に、基本月額利用料とは別に医療費や日用品、趣味などで月3万円を平均して使ったと仮定しても、21年間では、3万円×12か月×21年=756万円となります。
21年間の基本月額利用料と年金の差額は、以下のようになります。
・2万円×12か月×21年=504万円
入居一時金300万円を含めると、基本的な施設費の不足分は804万円。これに上記の追加費用756万円を加えても、合計1,560万円です。入居時に約3,600万円を残しているため、この仮定では98歳までの生活に必要な資金を確保できる算段です。
施設への入居を検討するときは、「現在の収入で払えるか」だけではなく、長生きした場合にも資金が尽きないかまで確認しておくことが重要です。
老人ホームへの住み替えは、介護への備えだけが目的ではありません。家事や住まいの維持管理にかかる負担を減らし、その分を趣味や人との交流、自分がやりたいことに使う。そうした「時間を買う」という考え方もできます。
「何歳になったら施設に入るか」ではなく、「これからどんな毎日を送りたいか」。元気なうちだからこそ、自分の希望を基準に住まいを選ぶことも、長い老後を自分らしく過ごすための一つの方法なのです。
新井智美
トータルマネーコンサルタント
CFP®
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